「エプロンの君」
静かな夜に街灯揺れて
一日の終わりを告げるように
重たい足音を引きずりながら
扉の前で深呼吸ひとつ
鍵を回せば広がる香り
あたたかな光、僕を包み込む
「おかえりなさい」と微笑む声が
疲れた心を癒してくれる
エプロン姿の君がそこに
キッチンで立つ、幸せの景色
煮立つ鍋が小さく踊り
君の手が紡ぐ、僕の帰る場所
この瞬間、何もいらない
君がいるだけで満たされるから
ひと皿の温もりに映る愛が
僕をそっと抱きしめる
テーブル囲んで交わす言葉
当たり前がこんなに愛しい
「ありがとう」って伝えたいけれど
その背中見つめてるだけでいい
エプロン姿の君がくれる
何気ない日常の特別
その手が作る小さな奇跡
僕の世界を輝かせるよ
疲れた日々も、この場所がある
君がいるから歩いていける
扉を開けるたび感じる幸せ
僕はずっと守りたい
エプロンの君が教えてくれた
愛はこんなにも静かで深い
今日も明日も帰るよこの場所に
君と一緒にいる未来へ。
未来への鍵
暗闇の中で見つけた光
それはかすかな希望のカケラ
足元に散らばる夢の破片
それでも手を伸ばし続けた
何度倒れても立ち上がるたび
心の奥に小さな灯が灯る
見えない未来が怖くても
信じたい、自分の力を
鍵を探して彷徨う日々
握りしめた痛みも宝物
涙で滲んだ道の先に
必ず扉が待っているから
未来への鍵を手にするまで
不安と希望が交差する街で
胸の鼓動が道を刻む
置き去りにした昨日の後悔も
背中を押す風に変えていく
いつか届くと信じた夢は
心の中で形を変えながら
迷いながら進むその先に
きっと答えが待っている
鍵を探して彷徨う日々
心の声が道を照らす
孤独に染まった夜の果てに
きっと明日が笑っているから
未来への鍵を手にするまで
どんなに遠く見えても
どんなに挫けそうでも
この手で掴む、あの日の誓い
閉ざされた扉を開けるため
鍵を探して彷徨う日々
全ての傷が意味を持つ
光が溢れるその瞬間に
新しい世界が待っているから
未来への鍵を手にするまで
未来への扉を開ける鍵は
この心の中にいつだってある
気づいた瞬間、走り出した
終わらない旅路へと続く道を
冬晴れの空に澄む音は
白く吐く息のひとひら
枯れた枝に舞う陽の影
静寂を纏う街路樹の影
凍える風は心を穿ち
透明な痛みが胸を走る
それでも青く果てる空は
何かを許すようにただ広がる
歩む足跡は雪を刻み
遠くに響く鳥の声
冬の命が眠る下で
次の息吹が目を覚ます
良いお年を
年末の空気は冷たいけれど、静かに背中を押してくれるような気がした。最後の一歩を踏み出すには、これ以上ないほどのタイミングだ。そう考えながら、私はスマートフォンを手に取り、画面を見つめる。
連絡先の一覧が並ぶ。学生時代の友人、元彼女、職場の先輩。どれも過去の自分が刻まれた証だが、どれも今の私には関係のない名前ばかりだった。
LINEを開き、一人ひとりに同じ言葉を送ることにした。「良いお年を」。
絵文字も顔文字もなし。ただの五文字。それだけでいい。深く考える必要もないし、意味を込めるつもりもない。ただ、これで最後だという印をつけたかっただけだ。
最初のメッセージを送るとき、指が一瞬だけ震えた。でも、一度送信ボタンを押してしまえば、あとは惰性だった。同じ言葉をコピーして、次々に送り続ける。どれだけ送っただろう。途中で数えるのをやめた。
ふと、スマホが震えた。返信だ。
「ありがとう!来年もよろしくね!」
好きだった人からだった。でも、何も返さない。ただ、画面を閉じた。来年なんてものは死にゆくものには存在しない。
すべてのメッセージを送り終えたあと、私は立ち上がった。部屋には細い影だけが薄く伸びている。壁に掛けたロープが目に入る。その結び目は、何度もネットで確認して練習したおかげで、完璧な形になっていた。
脚立に乗り、ロープを首に掛ける。足元が少し不安定に揺れたけれど、もう怖くはない。これ以上生き続けるほうが、よほど怖いと思う。
「これでおしまい」
呟きが部屋に染み込むように消えた。
深呼吸を一つして、足を踏み外した。
何もかもが遠のいていく。頭の中に、さっき送った「良いお年を」という言葉が浮かんだ。なぜかその言葉だけが、最後まで脳内に反芻していた。
冬の朝、凍えるような寒さの中、僕は古びたアパートの一室で目を覚ました。外は薄曇りで、窓越しに見える街並みはどこか眠そうだった。この部屋は相変わらず殺風景で、家具は最低限しかない。古いこたつと、その上に乗った茶色い皿。そこに、みかんが一つだけ、ぽつんと置かれていた。
なぜそこにみかんがあったのか、正直わからない。僕はみかんを買った覚えもないし、昨日までその皿の上には何もなかったはずだ。でも、みかんは確かにそこにあった。鮮やかなオレンジ色が部屋の中で妙に浮いて見える。
ぼんやりとした頭でこたつに足を突っ込み、みかんを手に取った。手に馴染むその感触と、ほのかに香る甘い匂いが、僕の記憶を不思議な方向へと引っ張る。幼い頃、祖母の家で食べたみかんの味や、寒い日に炬燵に潜り込んで家族と笑い合った記憶が蘇る。
「…なんだこれ」
独り言をつぶやいてみたけれど、答えは返ってこない。みかんをじっと見つめていると、どうしても食べてみたくなった。爪を立てて皮をむき始めると、みかん特有の香りが一気に広がり、部屋の冷たい空気をほんの少しだけ柔らかくした。
ひとかけら口に運ぶと、甘酸っぱい味が口の中に広がった。まるで記憶の中にあった味そのものだった。自然と、涙が一筋こぼれ落ちた。自分でも驚いた。泣く理由なんてないと思っていた。でも、みかんの味が僕の心に触れたのだ。
そのみかんを食べ終えたあと、僕はふと気づいた。心の中のどこか、少しだけ温かくなったような気がする。この小さな果実が、ただそこにあっただけで、僕の一日は少しだけ変わった。
それが、誰が置いたのか、どこから来たのかを考えることはやめにした。ただそこにみかんがあった。それだけで十分だった。