龍海

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冬の朝、凍えるような寒さの中、僕は古びたアパートの一室で目を覚ました。外は薄曇りで、窓越しに見える街並みはどこか眠そうだった。この部屋は相変わらず殺風景で、家具は最低限しかない。古いこたつと、その上に乗った茶色い皿。そこに、みかんが一つだけ、ぽつんと置かれていた。

なぜそこにみかんがあったのか、正直わからない。僕はみかんを買った覚えもないし、昨日までその皿の上には何もなかったはずだ。でも、みかんは確かにそこにあった。鮮やかなオレンジ色が部屋の中で妙に浮いて見える。

ぼんやりとした頭でこたつに足を突っ込み、みかんを手に取った。手に馴染むその感触と、ほのかに香る甘い匂いが、僕の記憶を不思議な方向へと引っ張る。幼い頃、祖母の家で食べたみかんの味や、寒い日に炬燵に潜り込んで家族と笑い合った記憶が蘇る。

「…なんだこれ」

独り言をつぶやいてみたけれど、答えは返ってこない。みかんをじっと見つめていると、どうしても食べてみたくなった。爪を立てて皮をむき始めると、みかん特有の香りが一気に広がり、部屋の冷たい空気をほんの少しだけ柔らかくした。

ひとかけら口に運ぶと、甘酸っぱい味が口の中に広がった。まるで記憶の中にあった味そのものだった。自然と、涙が一筋こぼれ落ちた。自分でも驚いた。泣く理由なんてないと思っていた。でも、みかんの味が僕の心に触れたのだ。

そのみかんを食べ終えたあと、僕はふと気づいた。心の中のどこか、少しだけ温かくなったような気がする。この小さな果実が、ただそこにあっただけで、僕の一日は少しだけ変わった。

それが、誰が置いたのか、どこから来たのかを考えることはやめにした。ただそこにみかんがあった。それだけで十分だった。

12/29/2024, 10:43:51 AM