良いお年を
年末の空気は冷たいけれど、静かに背中を押してくれるような気がした。最後の一歩を踏み出すには、これ以上ないほどのタイミングだ。そう考えながら、私はスマートフォンを手に取り、画面を見つめる。
連絡先の一覧が並ぶ。学生時代の友人、元彼女、職場の先輩。どれも過去の自分が刻まれた証だが、どれも今の私には関係のない名前ばかりだった。
LINEを開き、一人ひとりに同じ言葉を送ることにした。「良いお年を」。
絵文字も顔文字もなし。ただの五文字。それだけでいい。深く考える必要もないし、意味を込めるつもりもない。ただ、これで最後だという印をつけたかっただけだ。
最初のメッセージを送るとき、指が一瞬だけ震えた。でも、一度送信ボタンを押してしまえば、あとは惰性だった。同じ言葉をコピーして、次々に送り続ける。どれだけ送っただろう。途中で数えるのをやめた。
ふと、スマホが震えた。返信だ。
「ありがとう!来年もよろしくね!」
好きだった人からだった。でも、何も返さない。ただ、画面を閉じた。来年なんてものは死にゆくものには存在しない。
すべてのメッセージを送り終えたあと、私は立ち上がった。部屋には細い影だけが薄く伸びている。壁に掛けたロープが目に入る。その結び目は、何度もネットで確認して練習したおかげで、完璧な形になっていた。
脚立に乗り、ロープを首に掛ける。足元が少し不安定に揺れたけれど、もう怖くはない。これ以上生き続けるほうが、よほど怖いと思う。
「これでおしまい」
呟きが部屋に染み込むように消えた。
深呼吸を一つして、足を踏み外した。
何もかもが遠のいていく。頭の中に、さっき送った「良いお年を」という言葉が浮かんだ。なぜかその言葉だけが、最後まで脳内に反芻していた。
12/31/2024, 10:15:36 AM