『飛べない翼』2023.11.11
翼とは本来、空を飛ぶためのものである。飛べない翼はないものと同じだ。
しかし、はたしてそうだろうか。
今、この背にある大きな翼は、確かに空は飛べないが、夢を与えることはできる。
歓声も拍手も、その対価である。
この翼を背負うと決めたとき、なんと重いのかと思った。
それと同時に、翼に託された想いも受け取った。それも含めて『重い』のだ。
私の背負っている翼は、重い。
最後の日まで、この翼にかけられた想いを背負わなければならない。
だけど、果たして一人で背負いきれるだろうか。不安で押しつぶされそうになる。
でも、同じ重みを背負ってくれる子がいる。
私の幼馴染であり同期。彼女も私と同じなのだ。
重すぎる翼も、二人で背負えば重くはない。
想いのつまった翼は、もう飛べない翼でないのだ。
『ススキ』2023.11.10
春に七草があるように、秋にも七草がある。
奈良時代の歌人、山上臣憶良が万葉集に『秋の野の花を詠みし歌二首』として、次の二つの歌を詠んだ。
『秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花』
『萩の花尾花葛花嬰麦の花姫部志また藤袴朝貌の花』
この朝貌であるが、桔梗だったり牽牛子や木槿と諸説ある。
などと言うことを、元高校教師をしていた彼がなんの脈絡もなくそんな話をしてきた。
さらに続けて、五七七五七七となっていることから、こういった歌を旋頭歌と言うのだとも教えてくれた。
それがどうしたのかと聞くと彼は、呑気に秋だねと宣った。
彼の唐突な授業は今に始まったことではない。自分たちの間に会話がなくなると、思い出したかのように授業を始めるのだ。
「ススキと言えば、まさしく秋って感じだもんな」
心優しい我らが最年長はそんな彼の授業を聞いて、うんうんと頷いている。高身長の彼は興味なさそうにスマートフォンを弄っているし、金髪の彼は目を閉じている。もちろん、自分もあまり興味はない。
「七草ってことは食えるのか?」
「秋の七草は観賞用らしいよ」
食べられない、と分かって余計に興味がそがれた。
秋の月夜に映えるススキも素晴らしいが、やはり腹が膨れねば意味がない。
芸術より読書より、食欲の秋こそ至高なのである。
『脳裏』2023.11.09
脳裏に浮かんだのは、この黒ずくめの男がただものではないというヴィジョンだ
己の力で勝てる見込みはないし、逃げ遂せることも出来ないだろう。
なので、慇懃に「こんにちは」と話しかけてきた男に、同じように挨拶を返すことしかできない。
厄介なヤツに好かれてしまった。
オレがこうして「ここ」にいることが面白いらしく、男は小難しい言葉を並べながらニコニコと笑う。
よくよく話を聞くと、オレの古巣にいたリーダー格とこの男は遠い親戚のようなものらしい。
そんな気はしていた。文字を多く並べたような言い回しも、紳士然とした態度も。そして、辞書に載っているような「笑顔」も。
胡散臭いと形容するにふさわしい男は、オレが気に入ったようで、食事にでもいかないかと誘ってきた。きっと断ることを是としないだろう男は、上手く表情筋を動かして、ニッコリと笑った。
女の子なら卒倒しそうなぐらいの完璧な笑顔。端正な顔立ちからそんなものを繰り出されては、否とは言えないだろう。
男の魅力はともかく、今のオレに否と応えるだけの猶予は無い。
脳裏に浮かんだヴィジョンには、男が良からぬことをするイメージもいたからだ。
だから、オレは甚だ不本意ではあるが是と応えることしか出来なかった。
『意味がないこと』2023.11.08
恋慕うという感情に意味はあるのだろうか。
背の高い後輩はこちらを恋慕ってくれている。
ただ、まっすぐに好きだと伝える正直さは、いっそ羨ましくもある。
彼の愛情はとても心地よい。人間破綻とすら揶揄される自分を、まるっと受け入れてくれる。
遊びで付き合ったことはあれど、彼ほど素直で純粋な愛情はこれまで感じたことはない。
これまで付き合ってきた女たちとは違うそれに、最初は戸惑いもした。
だが、今はそれを嬉しいと感じる。
意味があるのかと自問していた、恋慕うという感情を受け入れつつあるのだ。
これは我ながら大きな成長だと思うし、誇らしくも思う。
周囲の人間もそうだと言ってくるのだから、目に見えた成長なのだろう。
第一印象も第二印象も最悪だった彼。第三印象あたりから、愛嬌のある憎めないやつだと感じたのだから、彼に対しての「なにかしらの感情」を抱いたのかもしれない。
それがなんなのかは、知りたいとは思わない。きっと悪い感情ではないのだろう。
深堀することこそが、意味のないことなのかもしれない。
『あなたとわたし』2023.11.07
気が付いたらいた存在だったので、彼のことを義兄だと思ったことはない。
当然、血など繋がっていようはずもない。再婚するから義兄ができるのだ、と聞かされたときはなんとなく受け入れて、かの人と初めて会った時も、なんとなく受けいれた。
ただ私と義兄の違う点と言えば、事前にそういう話があったか否かぐらいだ。
前述したとおり、私は事前に伝えられていたので、受け入れることができたが、義兄はなにも知らされていなかったので、何とも言えない複雑そうな顔をしていた。
一緒に家で過ごしたのはほんの数か月。高校を卒業と同時に、義兄は家を出てしまったので、そこにいたことすら忘れてしまうほどだった。
しかし、場所は違えど同じ板の上で生きる人間となってからは、よく連絡を取るようになった。
立場上、おいそれと会うわけにはいかないが、それでもお互いの舞台を見に行く程度には仲がいいつもりである。
たまに血がつながっていないので、そういう感情はあるのかと下世話なマスコミに訊かれることもあるが、どういった経緯があればそういう感情を抱くのか逆に知りたくなった。実にバカバカしい話である。
彼を義兄と思っていないのは事実である。
ただ戸籍が一緒なだけの他人、と言ってしまえば冷たく聞こえるだろうが、事実そうなので私も彼も同じ認識だ。
もし、無理やり表現するのならば、そう。
アナタと私は親友であり、戦友である。