かのこ

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11/5/2023, 12:14:58 PM

『一筋の光』2023.11.05


 夜空の星のようなキラメキをあの人は持っている。オレとは違って、根っからの正義の人だ。
 あの人はみんなを笑顔にする。オレは、どうだろう。偽りの正義で、人を笑顔にすることが出来るだろうか。
 更生した、と自分で言うのもおかしいが、少なくとも以前までのような悪さはしていない。それをするとあの人は叱るし、悲しむ。
 それでも、不安の種はつきない。もともと、そういう産まれなので、いつその血が優って悪さをするかもわからない。
 だから、この地にいないほうがいいのかもしれないと、考えることもある。
 試しに遠くに行ってみる。オレを知らない土地へ。
 そこでホテル暮らしをしていると、きまってあの人はふらっとやってきた。
 奇遇だな、なんて言って。
 そんなときのオレは、決まって憂鬱をこじらせていて、ホテルの部屋に閉じこもってウジウジしている。
 一寸先は闇だと信じて疑わないオレに、あの人は光を降らせてくれる。
 お前がいるべき場所はこっちだと、オレの手を取って引っ張り上げてくれる。
 強く優しく気高い、燃える太陽のようなあの人は、オレにとって一筋の光なのだ。

11/4/2023, 10:55:59 AM

『哀愁をそそる』2023.11.04


 焚火の前で、美味そうにウィスキーを飲んでいるその背中。バーベキューを楽しんで、腹いっぱいになって、カメラも回っていないので、みんな好き勝手に過ごしている。
 ただ、彼だけは焚火の世話をしている。
 我がリーダーは、アラフォーと呼ばれる年齢になっている。自由すぎる俺たちをまとめてくれて、頼りになる人。
 家には奥さんと元気な男の子が二人、そして生まれたばかりの女の子が一人。
 家庭に入ると、頼れるパパとなって家族を支えている。
 外でも家でも頼れる人でいる彼は、疲れることはないのだろうか。
 こうして、一人で酒を飲みながらのんびりしている、その背中から哀愁をそそられる。
 もし、彼がいなくなったらどうなってしまうのだろう。
 きっと俺たちはうまくいかなくなって、空中分解してしまうかもしれない。それを考えると急に寂しくなってきた。寂しくなってきたどこではない。涙が溢れてきた。
 我慢できなくなって、その背中に抱き着く。彼は驚いたような声を上げて、危ないだろと怒ってきた。
「俺ら、なまらいい子にしてるからずっと一緒にいてくれ!」
「おい、この酔っぱらいをなんとかしろ!」
 迷惑そうにされるが、そんなこと関係ない。彼がいないと、俺たちはダメなのだ。
 その証拠に最年少の彼も、同じように抱き着いて、ずっと一緒にいてほしいと泣いている。他の三人は、俺たちのことなんてそっちのけだ。
 スタッフたちだけはおかしそうに笑ってて、カメラを回している。ひどい、俺たちは真面目なのに!
 というようなことがあったのだと、オンエアで知った。
 酔っぱらっていて、なにも覚えていない。

11/3/2023, 1:45:34 PM

『鏡の中の自分』2023.11.03


 鏡の中の自分が一番、ありのままの自分のように思える。
 寝る前と起きた時の二回しか、ありのままの自分を見ることはないが、その短い時間が好きなのだ。
 真っ赤なカラーコンタクトを入れていない、素の自分。日本人には珍しい純粋な黒い瞳。
 カラーコンタクトを入れているのは、別にもともとの瞳の色がコンプレックスというわけではない。むしろ、好んですらいる。
 なのになぜ、そうしているのかというと、若気の至りというやつだ。二十代の頃、髪を派手な色に染めたときにせっかくだから、瞳の色も変えてやろうと思ったからだ。
 瞳の色が赤かったらかっこいいんじゃないか、というそれだけの理由でカラーコンタクトを入れている。
 目立つしインパクトがある、ということは自分のような職業のものには大いに役に立つ。しかし、逆にそのイメージがついてしまうので、おいそれと変えることができなくなる。メリットでありデメリットだ。
 そういうわけなので、カラーコンタクトを外した自分というのは本当の自分というわけだ。
 寝る前と起きた後。鏡の中の自分を見て、まさしく自分だなと確認することで、切り替えができる。
 その二回の行為が、自分を自分たらしめる儀式というわけなのだ。

11/2/2023, 1:09:06 PM

『眠りにつく前に』2023.11.02


 おやすみなさい、と彼にメッセージを一つ入れる。
 彼が見るのは深夜を過ぎてからだから、それを知るのは朝目覚めてからだ。
 でもたまに、返事がくるのを待つ時がある。翌日がオフの時はそうしている。
 職業も生きる世界も違うから、いくらそういう仲であったとしても一緒にいることは少ない。
 会いに行こうと思えばいつだって会いにいける。だけど、おれの立場上、そう何度も会いに行くことはできない。
 お互いがオフでないかぎり、同じ時間を過ごすことはないのだ。
 だから、こうして眠りにつく前に、短いメッセージを送ることで会えない時間を埋めている。
 あの人から返信があるまで、おれは映画を見たり本を読んだり、それに飽きてくるとベッドに潜り込んで、スマートフォンを操作する。
 日付が変わって二時間ほどして、ポンッと軽い通知音。
 彼からの返信だ。同じように『おやすみ』と短いメッセージが送られてきた。
 返事をするべきかどうか迷っていると、着信が入る。すぐに既読になったので、おれが起きていることを確信したのだ。慌てて通話に応じると、電話の向こうの彼はすこしばかり驚いたようだった。
 起きてたんだね、と優しい声が聞こえてくる。久しぶりに聞いたその声に安心してしまい、途端に眠気がやってきた。
 久しぶりだねとか最近どんな感じとか、そんな話をしていたと思う。
 眠気の限界を超えていたおれは、半分寝ながら会話をしていた。
 もちろん聡い彼はすぐに気が付いて、電話越しに寝かしつけてくれる。
 それだけで、隣に彼がいるような気がして。
 気が付くとすっかり朝になっていた。ぐっすり眠れた気がする。
 通話は切れていて、代わりに『おはよう』というメッセージがつい数分前に入っていた。
 慌てて、おれも挨拶を返す。これもいつものことだ。
 眠りにつく前と、眠りから覚めたあとのメッセージのやりとりは、おれと彼の日課となっているのである。

10/31/2023, 1:09:07 PM

『理想郷』2023.10.31


 理想郷。ユートピア。そこにはなんでもあるし、どんな夢も叶う。苦しみもない。そんな歌があった。有名なバンドの曲で、いろんな歌手がカヴァーしていて、最近ではパスタのCMにも使われている。
 親世代の曲であるが、そのエキゾチックなメロディラインとセクシーなボーカルの歌声が耳に残っていて、ギターでコピーするくらいには好きな楽曲だ。
「みんなが行きたがる理想郷ってあるけど、どんなとこなんやろね」
 その曲を流しながら、オレはふと呟く。別に返事を求めているわけではないが、彼はうーんと悩むしぐさを見せた。
「そうだなぁ。なんでもあって、楽しいところなんじゃない?」
「例えば?」
「例えばって。そうだなぁ、焼肉食べ放題とか」
 四十歳も過ぎているのに、彼は男子高校生のようなことを言う。顎のヒゲをさすりながら、真面目な顔をしてさらに続けた。
「あとアルコール飲み放題もつけてほしいな。デザートも一品サービスで」
「……贅沢やな」
 そうツッコミを入れると、彼は不思議そうに首を傾げた。
「理想郷なんだろ? だったらそれぐらいしてもらわないと困る」
 彼は理想郷をなんだと思っているのだろうか。きっと、焼肉屋の名前かなにかだと思っているのだろう。
「お前はどう思う?」
 逆に問われて、答えに詰まってしまう。なにが自分にとっての理想郷だろうか。
「二時間食べ飲み放題でデザートが付いてて、さらに個室だったらええかな」
「あ、それ魅力」
「じゃあ、そんな理想郷に今からいかへん?」
「いいね。いざゆかん、ガンダーラへ!」
 結局のところ、オレも考えることは彼と同じなのだ。

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