『一筋の光』2023.11.05
夜空の星のようなキラメキをあの人は持っている。オレとは違って、根っからの正義の人だ。
あの人はみんなを笑顔にする。オレは、どうだろう。偽りの正義で、人を笑顔にすることが出来るだろうか。
更生した、と自分で言うのもおかしいが、少なくとも以前までのような悪さはしていない。それをするとあの人は叱るし、悲しむ。
それでも、不安の種はつきない。もともと、そういう産まれなので、いつその血が優って悪さをするかもわからない。
だから、この地にいないほうがいいのかもしれないと、考えることもある。
試しに遠くに行ってみる。オレを知らない土地へ。
そこでホテル暮らしをしていると、きまってあの人はふらっとやってきた。
奇遇だな、なんて言って。
そんなときのオレは、決まって憂鬱をこじらせていて、ホテルの部屋に閉じこもってウジウジしている。
一寸先は闇だと信じて疑わないオレに、あの人は光を降らせてくれる。
お前がいるべき場所はこっちだと、オレの手を取って引っ張り上げてくれる。
強く優しく気高い、燃える太陽のようなあの人は、オレにとって一筋の光なのだ。
『哀愁をそそる』2023.11.04
焚火の前で、美味そうにウィスキーを飲んでいるその背中。バーベキューを楽しんで、腹いっぱいになって、カメラも回っていないので、みんな好き勝手に過ごしている。
ただ、彼だけは焚火の世話をしている。
我がリーダーは、アラフォーと呼ばれる年齢になっている。自由すぎる俺たちをまとめてくれて、頼りになる人。
家には奥さんと元気な男の子が二人、そして生まれたばかりの女の子が一人。
家庭に入ると、頼れるパパとなって家族を支えている。
外でも家でも頼れる人でいる彼は、疲れることはないのだろうか。
こうして、一人で酒を飲みながらのんびりしている、その背中から哀愁をそそられる。
もし、彼がいなくなったらどうなってしまうのだろう。
きっと俺たちはうまくいかなくなって、空中分解してしまうかもしれない。それを考えると急に寂しくなってきた。寂しくなってきたどこではない。涙が溢れてきた。
我慢できなくなって、その背中に抱き着く。彼は驚いたような声を上げて、危ないだろと怒ってきた。
「俺ら、なまらいい子にしてるからずっと一緒にいてくれ!」
「おい、この酔っぱらいをなんとかしろ!」
迷惑そうにされるが、そんなこと関係ない。彼がいないと、俺たちはダメなのだ。
その証拠に最年少の彼も、同じように抱き着いて、ずっと一緒にいてほしいと泣いている。他の三人は、俺たちのことなんてそっちのけだ。
スタッフたちだけはおかしそうに笑ってて、カメラを回している。ひどい、俺たちは真面目なのに!
というようなことがあったのだと、オンエアで知った。
酔っぱらっていて、なにも覚えていない。
『鏡の中の自分』2023.11.03
鏡の中の自分が一番、ありのままの自分のように思える。
寝る前と起きた時の二回しか、ありのままの自分を見ることはないが、その短い時間が好きなのだ。
真っ赤なカラーコンタクトを入れていない、素の自分。日本人には珍しい純粋な黒い瞳。
カラーコンタクトを入れているのは、別にもともとの瞳の色がコンプレックスというわけではない。むしろ、好んですらいる。
なのになぜ、そうしているのかというと、若気の至りというやつだ。二十代の頃、髪を派手な色に染めたときにせっかくだから、瞳の色も変えてやろうと思ったからだ。
瞳の色が赤かったらかっこいいんじゃないか、というそれだけの理由でカラーコンタクトを入れている。
目立つしインパクトがある、ということは自分のような職業のものには大いに役に立つ。しかし、逆にそのイメージがついてしまうので、おいそれと変えることができなくなる。メリットでありデメリットだ。
そういうわけなので、カラーコンタクトを外した自分というのは本当の自分というわけだ。
寝る前と起きた後。鏡の中の自分を見て、まさしく自分だなと確認することで、切り替えができる。
その二回の行為が、自分を自分たらしめる儀式というわけなのだ。
『眠りにつく前に』2023.11.02
おやすみなさい、と彼にメッセージを一つ入れる。
彼が見るのは深夜を過ぎてからだから、それを知るのは朝目覚めてからだ。
でもたまに、返事がくるのを待つ時がある。翌日がオフの時はそうしている。
職業も生きる世界も違うから、いくらそういう仲であったとしても一緒にいることは少ない。
会いに行こうと思えばいつだって会いにいける。だけど、おれの立場上、そう何度も会いに行くことはできない。
お互いがオフでないかぎり、同じ時間を過ごすことはないのだ。
だから、こうして眠りにつく前に、短いメッセージを送ることで会えない時間を埋めている。
あの人から返信があるまで、おれは映画を見たり本を読んだり、それに飽きてくるとベッドに潜り込んで、スマートフォンを操作する。
日付が変わって二時間ほどして、ポンッと軽い通知音。
彼からの返信だ。同じように『おやすみ』と短いメッセージが送られてきた。
返事をするべきかどうか迷っていると、着信が入る。すぐに既読になったので、おれが起きていることを確信したのだ。慌てて通話に応じると、電話の向こうの彼はすこしばかり驚いたようだった。
起きてたんだね、と優しい声が聞こえてくる。久しぶりに聞いたその声に安心してしまい、途端に眠気がやってきた。
久しぶりだねとか最近どんな感じとか、そんな話をしていたと思う。
眠気の限界を超えていたおれは、半分寝ながら会話をしていた。
もちろん聡い彼はすぐに気が付いて、電話越しに寝かしつけてくれる。
それだけで、隣に彼がいるような気がして。
気が付くとすっかり朝になっていた。ぐっすり眠れた気がする。
通話は切れていて、代わりに『おはよう』というメッセージがつい数分前に入っていた。
慌てて、おれも挨拶を返す。これもいつものことだ。
眠りにつく前と、眠りから覚めたあとのメッセージのやりとりは、おれと彼の日課となっているのである。
『理想郷』2023.10.31
理想郷。ユートピア。そこにはなんでもあるし、どんな夢も叶う。苦しみもない。そんな歌があった。有名なバンドの曲で、いろんな歌手がカヴァーしていて、最近ではパスタのCMにも使われている。
親世代の曲であるが、そのエキゾチックなメロディラインとセクシーなボーカルの歌声が耳に残っていて、ギターでコピーするくらいには好きな楽曲だ。
「みんなが行きたがる理想郷ってあるけど、どんなとこなんやろね」
その曲を流しながら、オレはふと呟く。別に返事を求めているわけではないが、彼はうーんと悩むしぐさを見せた。
「そうだなぁ。なんでもあって、楽しいところなんじゃない?」
「例えば?」
「例えばって。そうだなぁ、焼肉食べ放題とか」
四十歳も過ぎているのに、彼は男子高校生のようなことを言う。顎のヒゲをさすりながら、真面目な顔をしてさらに続けた。
「あとアルコール飲み放題もつけてほしいな。デザートも一品サービスで」
「……贅沢やな」
そうツッコミを入れると、彼は不思議そうに首を傾げた。
「理想郷なんだろ? だったらそれぐらいしてもらわないと困る」
彼は理想郷をなんだと思っているのだろうか。きっと、焼肉屋の名前かなにかだと思っているのだろう。
「お前はどう思う?」
逆に問われて、答えに詰まってしまう。なにが自分にとっての理想郷だろうか。
「二時間食べ飲み放題でデザートが付いてて、さらに個室だったらええかな」
「あ、それ魅力」
「じゃあ、そんな理想郷に今からいかへん?」
「いいね。いざゆかん、ガンダーラへ!」
結局のところ、オレも考えることは彼と同じなのだ。