かのこ

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『理想郷』2023.10.31


 理想郷。ユートピア。そこにはなんでもあるし、どんな夢も叶う。苦しみもない。そんな歌があった。有名なバンドの曲で、いろんな歌手がカヴァーしていて、最近ではパスタのCMにも使われている。
 親世代の曲であるが、そのエキゾチックなメロディラインとセクシーなボーカルの歌声が耳に残っていて、ギターでコピーするくらいには好きな楽曲だ。
「みんなが行きたがる理想郷ってあるけど、どんなとこなんやろね」
 その曲を流しながら、オレはふと呟く。別に返事を求めているわけではないが、彼はうーんと悩むしぐさを見せた。
「そうだなぁ。なんでもあって、楽しいところなんじゃない?」
「例えば?」
「例えばって。そうだなぁ、焼肉食べ放題とか」
 四十歳も過ぎているのに、彼は男子高校生のようなことを言う。顎のヒゲをさすりながら、真面目な顔をしてさらに続けた。
「あとアルコール飲み放題もつけてほしいな。デザートも一品サービスで」
「……贅沢やな」
 そうツッコミを入れると、彼は不思議そうに首を傾げた。
「理想郷なんだろ? だったらそれぐらいしてもらわないと困る」
 彼は理想郷をなんだと思っているのだろうか。きっと、焼肉屋の名前かなにかだと思っているのだろう。
「お前はどう思う?」
 逆に問われて、答えに詰まってしまう。なにが自分にとっての理想郷だろうか。
「二時間食べ飲み放題でデザートが付いてて、さらに個室だったらええかな」
「あ、それ魅力」
「じゃあ、そんな理想郷に今からいかへん?」
「いいね。いざゆかん、ガンダーラへ!」
 結局のところ、オレも考えることは彼と同じなのだ。

10/31/2023, 1:09:07 PM