かのこ

Open App

『眠りにつく前に』2023.11.02


 おやすみなさい、と彼にメッセージを一つ入れる。
 彼が見るのは深夜を過ぎてからだから、それを知るのは朝目覚めてからだ。
 でもたまに、返事がくるのを待つ時がある。翌日がオフの時はそうしている。
 職業も生きる世界も違うから、いくらそういう仲であったとしても一緒にいることは少ない。
 会いに行こうと思えばいつだって会いにいける。だけど、おれの立場上、そう何度も会いに行くことはできない。
 お互いがオフでないかぎり、同じ時間を過ごすことはないのだ。
 だから、こうして眠りにつく前に、短いメッセージを送ることで会えない時間を埋めている。
 あの人から返信があるまで、おれは映画を見たり本を読んだり、それに飽きてくるとベッドに潜り込んで、スマートフォンを操作する。
 日付が変わって二時間ほどして、ポンッと軽い通知音。
 彼からの返信だ。同じように『おやすみ』と短いメッセージが送られてきた。
 返事をするべきかどうか迷っていると、着信が入る。すぐに既読になったので、おれが起きていることを確信したのだ。慌てて通話に応じると、電話の向こうの彼はすこしばかり驚いたようだった。
 起きてたんだね、と優しい声が聞こえてくる。久しぶりに聞いたその声に安心してしまい、途端に眠気がやってきた。
 久しぶりだねとか最近どんな感じとか、そんな話をしていたと思う。
 眠気の限界を超えていたおれは、半分寝ながら会話をしていた。
 もちろん聡い彼はすぐに気が付いて、電話越しに寝かしつけてくれる。
 それだけで、隣に彼がいるような気がして。
 気が付くとすっかり朝になっていた。ぐっすり眠れた気がする。
 通話は切れていて、代わりに『おはよう』というメッセージがつい数分前に入っていた。
 慌てて、おれも挨拶を返す。これもいつものことだ。
 眠りにつく前と、眠りから覚めたあとのメッセージのやりとりは、おれと彼の日課となっているのである。

11/2/2023, 1:09:06 PM