『海へ』2023.08.23
クリスマスの日に、彼女がいない仲間を集いブラックサンタ軍団と称して街を歩いて、そして、冬の海へ飛び込んだ。
そんな学生時代を唐突に思い出した。
あの頃は身も心も寒かった、と告げると彼は苦笑いを浮かべる。
「キミ、地元ではヤンチャだったんだね」
「貴方に言われたくないんですけど」
「あ、失礼なやつだ。俺は優等生だよ」
心外とばかりに彼は目を丸くする。それこそ心外である。
優等生なら、若い頃に「ワルイコト」なんてしないし、背中に大きな「鷹」を背負ったりしない。
そう告げると、彼は声をたてて笑った。
「それもそうだ。優等生サマはこんな仕事してないか」
嫌味のようなことを言って、ちらりとこちらを見る。赤信号で止まったのをいいことに、顔を近づけてきて、
「こんなワルイヤツに捕まったキミもワルイコだけどね」
と、囁き落とした。
途端に恥ずかしくなり俯くと、彼はまたおかしそうに笑う。
「なんてね。ほら、海につくよ」
青信号で動き出した先に、青い海が広がっていた。
あの頃は冬の海と同じく、身も心も寒かったが、今はどうだろう。
夏の海と同じく、熱いのかもしれない。
『裏返し』2023.08.22
「おいおい、お前。なにを持ってるんだ」
妖怪の総大将である彼が、驚いたような顔をする。
そして、形の良い眉をひそめて手を差し出した。
「その持ってるもんよこせ」
よこせと言われても、ボクは何も持っていない。
彼はイラついたように、ボクの背中に手を伸ばし何かをひったくた。
その手には、なにか御札のようなものがおさめられていた。
「よくこんなもん持ってて平気だな」
「なにそれ」
その御札のようなものは、彼が息を吹きかけると火がつき一瞬で燃え尽きた。
「知らないで持ってたのか」
「身に覚えないよ」
本当に覚えにない。なんなら、今の今まで気づかなかったのだ。
ボクの様子に、彼はため息をつきながら頭をかいた。
「あれは、裏返しの呪いの札だ」
「裏返し?」
「お前が俺様への嫌味みたいに持ってる、魔よけの効果を真逆にする効果がある。もっと言えば、寄って来やすくなるんだな」
複雑そうな顔をする彼には申し訳ないが、気分が悪くなった。
ボクの家系はそういったものが寄ってきやすい。それらを防ぐために、強い魔よけを持っている。しかし、それが反転するとなると、かなり危ない状態だったということだ。
それを彼は助けてくれた。魔よけがないほうがいいだろうに。
「ありがとう」
「礼なんて言うな、忌々しい。次からもっと用心しろよ」
ふん、と彼は鼻を鳴らして御札を持っていた手を、ボクの法被で拭った。
忌々しいと言いながら助けてくれた彼。そんな態度も、愛情の裏返しなのだろう。
『鳥のように』2023.08.21
鳥のように自由に空を駆け、からはじまる有名なセリフがある。
あのセリフから「彼女」の数奇な運命が始まる。とにかく縛られるのを嫌い、自由に生きる事を望んだその人を象徴するセリフだ。
鳥は自由だ。何にも縛られず、あるがままに生きている。
そのセリフを聞くたびに、なんとも言えない気持ちになる。
もし、自分がこうして俳優なんてやっていなかったら、今より自由だったのではないかと。
自由が無いわけではない。ほかの俳優に比べたら、わりかし、好き勝手やらせてもらっている。
しかし、そのなかでも制約というものがある。
恋愛が一番いい例だろう。誰かを好きになると、メディアだけでなくファンも大騒ぎをする。結婚なんてすれば、なおさらだ。
だが、これが一般人ならどうだ。
誰かを好きになったところで、だからどうしたで終わってしまう。
そこが少し羨ましい。「自由と言う名の神」を褒めたたえたくもなろう。
残念ながら、自分は一般人ではなく俳優だ。
狭い空を飛ぶ、ただの鳥なのだ。
『さよならを言う前に』2023.08.20
互いに腕を引いて、ガシッと抱き合い、背中をバンッと叩く。そして離れてから、そいじゃねと別れる。
これが、オレたちのさよならの儀式だ。
確か彼と親しくなってから始まった儀式のような気がする。
「お別れの挨拶ってこうだっけ」
彼はおもむろにハグをしてきた。突然のことに面食らっていると彼は不思議そうにする。
「あれ、違う? チークキスのほう?」
そしてまたハグしてこようとしたので慌てて止めた。
ハグもチークキスもあまりやらないと言うと、彼はおかしそうに笑った。
「意外」
たぶんオレの容姿を見てそう言ったのだろう。たしかに両親は外国人で、オレもその血を引いているからそうなのだが。日本びいきの両親は、ハグやチークキスといったことをする人たちではない。なので、自分も馴染みがないのだと言うと、彼はそっかと言ってまた笑った。
「やらない?」
両手を広げる。この人はどうあってもハグがしたいらしい。オレより背が高くて年上のくせに、こんなところは子どもっぽいのだ。
素直に従うのもシャクなので彼の腕を引っ張って、ガシッと抱き合い、背中をバンッと叩いてやった。
「情熱的だなぁ」
彼も同じようにオレの背中を叩く。
この時から、オレと彼がバイバイをするときはこの儀式をしている。
『空模様』2023.08.19
ことの成り行きの様を、空の様子に例えた人は天才だと思う。
晴れもあれば、曇りもあり、雨も降る。そうした移り変わりは、人の心とよく似ている。
普段は優しくても、機嫌を損ねることもある。
今の彼がまさにそれで。
「業界人である前に社会人なんだから、もっと自覚を持たないとダメだよ」
後輩たちを前に、普段は穏やかな彼が強い口調で言う。
彼はテレビでは「いじられキャラ」として通っている。しかし、それはあくまでキャラクターであって、実際の彼は礼儀に厳しいところがある。
そんな彼に後輩たちは遠慮なく接していった。最初は笑っていたが、彼の「笑って許せる範囲」を超えてしまったため、こうして怒っているのだ。
怒鳴ったり物を投げたりはしない。ただ、何が悪いのかを淡々と言う。あの柔和な顔で。
「ちょっとやりすぎじゃない?」
と最初に言った時から、彼はイラついていたように見えた。しかし、そこは普段の彼だったので付き合いの短い後輩たちは気付かなかった。それは仕方がないことだ。
だんだん悪くなる雲行きを晴らすにはどうするか。
ここは俺が悪役になるしかないだろう。
「まあまあ、こん子らも反省しとるみたいだし。そん辺にしておいたらどう?」
俺が普段通りのテンションで助け舟を出す。当然、彼はさらに機嫌を悪くする。
雷でも落ちそうな雰囲気に、後輩たちはハラハラしているが、そこは俺の腕の見せ所というやつだ。
「ぐらぐらこくのも分かるけど、許してやるのも先輩のつとめばい」
彼の両肩に手を置いて、揉んでやる。ついでによしよしと頭を撫で繰り回した。
「俺のこのイケメンの顔に免じて、許してやってくれん?」
かわいーくぶりっ子気味に言うと、彼は困ったように笑う。そして、後輩たちに「これから気をつけて」と柔らかく言って解放した。
「甘いんですから」
「なーに言うとるか。俺が年下を甘やかすのは、今に始まったことやなか」
お前も例外じゃないよ、と付け足すと彼は普段の笑顔を取り戻した。
どうやら、曇っていた空は晴れたようだ。