『鏡』2023.08.18
二リットルのミネラルウォーターのペットボトル、卓上の加湿空気清浄機、クエン酸の粉末とシェイカー、ペンケースに台本、メイク道具にフェイスタオルを数枚。
これで鏡前の完成である。
どんな舞台でも、これらは必ず用意するようにしている。ミュージカルともなると、ここに楽譜が追加されるが、おおむねこのようなかたちだ。
メイク道具は眉を整えたり、ヒゲを剃ったりするもので女優さんらのように多くはない。
鏡に向かって口を開けたり閉じたりと、顔周りの筋肉をほぐすマッサージをする。
とても人には見せられない顔もするが、ほかの皆もやっていることなので気にしない。
普段の自分でいられるのは、今この時だけ。
メイクさんに舞台メイクを施されると、その瞬間から違う自分になる。
それをお客さんより先に見ることが出来るのだから、楽屋の鏡というものは贅沢なやつだ。役得と言ってもいい。
普段の自分、役に入った自分、泣いた自分、笑った自分、怒った自分。
それら全部を受け入れて見せつけてくるこの板は、ある意味誰よりも正直者なのかもしれない。
『いつまでも捨てられないもの』2023.08.17
インタビューでよく聞かれる質問に、「捨てられないものはありますか?」というものがある。
自分はそこまでものに執着をしないから、いらないものはあっさり捨てるのだか、唯一、大切にしているものがある。
一通のファンレターだ。
それは、私が今の地位についた時に送られた手紙だ。
楽屋の鏡前に置かれていたその手紙。白い封筒に、フグのシールの貼られたもの。
『あなたのファンです』という、ありきたりな書き出しからはじまり、出会った時のことや音高時代のこと、これまで出演してきた作品のことが書かれている。枚数にして七枚。
そして『貴方と添い遂げたい』と熱烈な文章で締められていた。
まだ始まったばかりだというのに、ずいぶん気が早いことだと笑ってしまった。実に彼女らしい。
彼女とは子どもの頃からずっと一緒だった。幼稚園も小学校、中学校。中学卒業と同時に音楽学校に入り、卒業して同じ組に配属された。
この地位についたのも一緒。同期同士がトップになることは珍しいらしい。だから、運命なのだと。
彼女の手紙にはそう書かれていた。彼女は『一番近くで貴方を見れるなんてラッキー』とも書いていて、そんなところも、らしいなと思う。
親友であり相棒である彼女からのファンレターは、時が経っても捨てられないだろう。
『誇らしさ』2023.8.16
――誇らしいと思うことはどんなことですか?
うちのタレントたちがいろんなところで活躍していると、うちの子たちすごいだろって思います。
事務所の名前の意味ご存知ですか? 名誉とか誇りって意味なんですよ。
タレントだけでなく、社員も「誇りを持ってほしい」という意味で名付けました。
仕事だけではなくて、生き方。そう、生き方に誇りを持ってほしい。
なんでもいいんですよ。歌やダンス、芝居もそうなんですけど、大食いだとか寝るのが早いとか、そういうことに誇りを持ってほしい。さすがに、遅刻や寝坊は勘弁ですけどね。
私としましても、タレントと兼業をやらせていただいていますが、社長業とタレント業でそれぞれ別の誇りをもっています。
社長としては、やっぱりみんなを食べさせていかなくてはいけないので、マネジメントもそうですが営業も頑張っています。
良くないことは良くない。良いことは良い。この切り分けを使うように心がけています。
タレント業としましては、記者さんのほうがご存知かと思いますが、僕はずっとあんな感じなので……。
まあ、のびのびやらせてもらっています。そこもうまく切り分けているので、ファンや視聴者のみなさんに少しでも楽しんでいただけるよう努力しています。
ですので、そうだなあ。
誇らしいと思うのは、そんな私についてきてくれる人たちと、あたたかく見守ってくださる方たちの存在ですね。
『夜の海』2023.08.15
ベランダの外に出ると、夜風が頬を撫でる。
目の前には暗い海が広がっており、空に登る月がほのかな灯りを落としている。空には星が瞬き、星座も確認することができる。
東京ではこうはいかない。周りに高いビルがない沖縄だからこその光景だ。
手すりにもたれてぼんやり海を眺める。
酒も入ってることもあり、波音が眠気を誘いこのまま眠ってしまいそうだ。
「落ちるよ」
声をかけられる。声の主は隣室の彼だった。
「それはどうも。……いい夜ですね」
「こんな夜は海辺を散歩してみたいねぇ」
同じ劇団のメンバーであり、高校時代の先輩でもある彼は同意してくれる。
「せっかくだし、みんなで散歩してみない?」
「冗談。男五人で行ったって色気なさすぎです」
美女が隣にいるなら別だけど、と付け足すと彼は、
「君がいるじゃん」
とからかってくる。あいにく、自分にそんな趣味は無い。女役は芝居の時だけでじゅうぶんだ。
そんな他愛もない話も、この綺麗な景色の前ではただのバカ話にしかならない。
しばらくの間、そんな海を二人で鑑賞した。
『自転車に乗って』2023.08.14
稚内の宗谷岬を出発し、二日目。
途中、ロードバイクのチェーンが外れることが何度があったが、なんとか中間地点の士別市までやってきた。
ちょっといいホテルに泊まれるのは、社長が同行しているからだろうか。全員、シングルルームに泊まれるのは社長様々、といったところだ。
夕食はレストランで、ステーキセットを頼んでやった。
ビールは飲まない。明日もまたロードバイクを漕がなくてはならないからだ。
夕食を食べたあとは、部屋でくつろぐ時間だ。
今日もたくさん漕いだ。慣れないロードバイクに最初はどうなるかと思ったが、なかなかどうして気持ちいいものだ。
車のなかでは感じることのできない北海道の空気。下り坂の風の心地良さ。
悪くない、と思えてきた。
果たして、あと二日で札幌に着くことができるのか。不安ではあるが、楽しめる余裕も出てきたので、明日からはペースを上げていけるだろう。いや、上げていかなくてはいかないのだが。
緑色のロードバイク、まだまだ先は長い。
明日もよろしくね。