『目が覚めるまでに』2023.08.03
俺の妻はイケメンである。カッコイイ系女子ではなく、イケメンなのだ。
どこがイケメンかと言われると、全てとしか言いようがない。
それは彼女の経歴から来るもので、かの劇団で世の女性を魅了してきたのだ。
俺がプロポーズした時だってそうだった。
「普段は王子様なキミをお姫様にしたい」
一世一代のプロポーズの言葉。彼女に似合う言葉を三日三晩、悩んで告げたのだ。
すると彼女は照れるかなにかするかと思ったが、俺に左手を差し出しながら、
「もちろん、貴方は私の王子様でいてくれるんでしょ」
と一言。これではどちらが王子様か分からない。娘に対してですら、王子様オーラをバシバシ出しているのだ。
しかし、そんな彼女も可愛らしい面はある。寝顔だ。
寝顔が本当に可愛い。寝起きももっとかわいい。
朝に弱く、ぐずっているのを娘に起こされている様はたまらなくかわいい。
今も彼女は普段のイケメンぷりとはかけ離れた、言ってしまえばマヌケな顔で寝ている。起きる時間はとっくに過ぎた。
そろそろウチの小さな女の子が、ぷりぷりしながら起こしに来ることだろう。
なので、俺は彼女の目が覚めるまでに、これから始まる愉快な出来事を記録するべく、カメラアプリを起動した。
『病室』2023.08.02
いささか適当に渡された紙袋。その中には一冊の雑誌が入っていた。
確かに暇は潰れるかもしれない。病室という閉鎖された空間で、気晴らしというのも必要だろう。
しかし、その手段がエロ本というのはいかがなものだろうか。しかも、ナース服をはだけさせた綺麗なお姉さんが表紙というのは、新手の嫌がらせのつもりだろうか。
そんな文句を言うと、雑誌をもってきた彼はまるで心外だとでも言いたげな顔をした。
「みんなやってるんだから仕方ないだろ」
彼の言うみんなが誰を指しているのか。きっと彼より前に来て、同じようにお姉さんの雑誌を渡してきたあの男の事だと察した。しかも、雑誌の内容も被っていないのだから、すごいとしか言いようがない。
これでナースもののエロ本が二冊。他にこういった『気遣い』をしてきそうな男が四人ほどいる。彼らもきっと、同じジャンルのエロ本を差し入れてくることだろう。
「手を折らなくてよかったね」
にっこりと彼は笑う。何が言いたいんだか。
こっちは足を骨折して、あちこち打撲をしているというのに。
ネチネチ言うと、彼は困ったように笑って頭を撫でてきた。
「そのぐらいの怪我で済んで良かったよ。早く治るといいな」
そんな優しい言い方をされては、それ以上文句を言うこともできず、頷くことしか出来なかった。
そして最終的にエロ本は六冊になった。
『明日、もし晴れたら』2023.08.01
ツルんでいた仲間たちとわかれて、コイツと二人で帰路につく。
雨音が傘をリズミカルに叩く。こんなに天気が悪いと、ゲーセンに行く気にもならない。
コイツのツンツンした髪もぺたりと寝てしまい、どこか幼さを感じてしまう。
「雨、やだね」
「梅雨はあけたはずなんだけどな」
そんな他愛のない会話をしていると、いつもわかる公園の前まできてしまっていた。
「じゃあね」
「おう」
傘をあげて挨拶をする。ふと思い立ち、こちらに背を向けたアイツの腕を掴んだ。
「明日、晴れたらよ。映画でもいかねぇ?」
我ながらベタな誘い文句だと思う。別に映画でなくても、カラオケやそれこそゲーセンでもいい。
とにかくこの憂鬱な雨を吹き飛ばしたくてそう言うと、コイツは「ふはっ」と笑った。
「いいよ。オレ、今流行りの鳥の映画観たい」
そうねだるコイツに、俺は同意した。
『だから、一人でいたい』2023.07.31
無意識にタバコを買って無意識にタバコに火をつける。
口にくわえて、煙を吸ってからその事に気がついた。
タバコを吸うなんて久しぶりだ。こんな珍しい銘柄のタバコなんて、そうそう売っているわけが無いから、どこかで意識した部分もあったのだろう。
せっかく火をつけたし消すのが勿体ないから、そのカカオの味がするタバコを楽しむ。
番組のロケで連れ回されて、気がつけばどこかの山の中にある道の駅で休憩している。
他の連中はトイレに行ったり、買い物をしたり散らばっていて、今は僕一人だ。
長い時間、車の中でいい歳した男が四人もいると、ギスギスすることもある。
僕が「僕」を演じている時は、カメラも回るし気難しいあの人も「あの人」を演じているから、空気も悪くならない。
問題はカメラが回っていない時だ。見知らぬ土地で慣れない道を運転すれば、誰だってストレスが溜まる。
だからこうして、各々が好きな時間を取れるのが、救いとなっている。
せめてこのタバコ一本が終わるまで一人でいたいのだが。
「おやおやぁ、先生。美味そうにタバコ吸ってますなあ」
ドラ声のカメラマンが、にやにや笑いながらやってきた。
カメラはばっちりRECのボタンが点灯している。
「だから、一人でいたかったのに」
そんな僕の呟きも、カメラマンのガハハと言った笑い声にかき消されてしまった。
『澄んだ瞳』2023.07.30
あのスカイブルーの瞳にライトが当たると、キラキラと輝く。どこまでも澄んだそれは、太陽をめいっぱい抱きしめた青空のようだ。
綺麗だなと褒めると、彼は照れくさそうにそっぽを向く。
そうやって照れていても、スカイブルーはその色を変えることは無い。
離れていてもはっきりと彼だと分かるそれに、ファンが夢中になる気持ちも分かる。目立つから、視線の動きひとつにも注目がいくのだ。
だから彼は意識して目を開いているらしい。
どの角度を向けば、瞳がキラキラと輝くか。どんなふうに動かせば、空気を支配できるか。全て分かっている。
伏せた目が上がり、正面から見据えられると落ち着かない。
この後輩は、そうやって共演者すらも魅了する。
人間が青空を見て心地よいと感じるように、彼の瞳にはそれと同じ効果がある。
澄んだスカイブルーの瞳は、今日も誰かを惹き付けて離さない。