かのこ

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8/3/2023, 12:54:44 PM

『目が覚めるまでに』2023.08.03


 俺の妻はイケメンである。カッコイイ系女子ではなく、イケメンなのだ。
 どこがイケメンかと言われると、全てとしか言いようがない。
 それは彼女の経歴から来るもので、かの劇団で世の女性を魅了してきたのだ。
 俺がプロポーズした時だってそうだった。
「普段は王子様なキミをお姫様にしたい」
 一世一代のプロポーズの言葉。彼女に似合う言葉を三日三晩、悩んで告げたのだ。
 すると彼女は照れるかなにかするかと思ったが、俺に左手を差し出しながら、
「もちろん、貴方は私の王子様でいてくれるんでしょ」
 と一言。これではどちらが王子様か分からない。娘に対してですら、王子様オーラをバシバシ出しているのだ。
 しかし、そんな彼女も可愛らしい面はある。寝顔だ。
 寝顔が本当に可愛い。寝起きももっとかわいい。
 朝に弱く、ぐずっているのを娘に起こされている様はたまらなくかわいい。
 今も彼女は普段のイケメンぷりとはかけ離れた、言ってしまえばマヌケな顔で寝ている。起きる時間はとっくに過ぎた。
 そろそろウチの小さな女の子が、ぷりぷりしながら起こしに来ることだろう。
 なので、俺は彼女の目が覚めるまでに、これから始まる愉快な出来事を記録するべく、カメラアプリを起動した。

8/2/2023, 11:21:37 AM

『病室』2023.08.02


 いささか適当に渡された紙袋。その中には一冊の雑誌が入っていた。
 確かに暇は潰れるかもしれない。病室という閉鎖された空間で、気晴らしというのも必要だろう。
 しかし、その手段がエロ本というのはいかがなものだろうか。しかも、ナース服をはだけさせた綺麗なお姉さんが表紙というのは、新手の嫌がらせのつもりだろうか。
 そんな文句を言うと、雑誌をもってきた彼はまるで心外だとでも言いたげな顔をした。
「みんなやってるんだから仕方ないだろ」
 彼の言うみんなが誰を指しているのか。きっと彼より前に来て、同じようにお姉さんの雑誌を渡してきたあの男の事だと察した。しかも、雑誌の内容も被っていないのだから、すごいとしか言いようがない。
 これでナースもののエロ本が二冊。他にこういった『気遣い』をしてきそうな男が四人ほどいる。彼らもきっと、同じジャンルのエロ本を差し入れてくることだろう。
「手を折らなくてよかったね」
 にっこりと彼は笑う。何が言いたいんだか。
 こっちは足を骨折して、あちこち打撲をしているというのに。
 ネチネチ言うと、彼は困ったように笑って頭を撫でてきた。
「そのぐらいの怪我で済んで良かったよ。早く治るといいな」
 そんな優しい言い方をされては、それ以上文句を言うこともできず、頷くことしか出来なかった。
 そして最終的にエロ本は六冊になった。

8/1/2023, 12:09:54 PM

『明日、もし晴れたら』2023.08.01


 ツルんでいた仲間たちとわかれて、コイツと二人で帰路につく。
 雨音が傘をリズミカルに叩く。こんなに天気が悪いと、ゲーセンに行く気にもならない。
 コイツのツンツンした髪もぺたりと寝てしまい、どこか幼さを感じてしまう。
「雨、やだね」
「梅雨はあけたはずなんだけどな」
 そんな他愛のない会話をしていると、いつもわかる公園の前まできてしまっていた。
「じゃあね」
「おう」
 傘をあげて挨拶をする。ふと思い立ち、こちらに背を向けたアイツの腕を掴んだ。
「明日、晴れたらよ。映画でもいかねぇ?」
 我ながらベタな誘い文句だと思う。別に映画でなくても、カラオケやそれこそゲーセンでもいい。
 とにかくこの憂鬱な雨を吹き飛ばしたくてそう言うと、コイツは「ふはっ」と笑った。
「いいよ。オレ、今流行りの鳥の映画観たい」
 そうねだるコイツに、俺は同意した。
 

7/31/2023, 12:03:34 PM

『だから、一人でいたい』2023.07.31


 無意識にタバコを買って無意識にタバコに火をつける。
 口にくわえて、煙を吸ってからその事に気がついた。
 タバコを吸うなんて久しぶりだ。こんな珍しい銘柄のタバコなんて、そうそう売っているわけが無いから、どこかで意識した部分もあったのだろう。
 せっかく火をつけたし消すのが勿体ないから、そのカカオの味がするタバコを楽しむ。
 番組のロケで連れ回されて、気がつけばどこかの山の中にある道の駅で休憩している。
 他の連中はトイレに行ったり、買い物をしたり散らばっていて、今は僕一人だ。
 長い時間、車の中でいい歳した男が四人もいると、ギスギスすることもある。
 僕が「僕」を演じている時は、カメラも回るし気難しいあの人も「あの人」を演じているから、空気も悪くならない。
 問題はカメラが回っていない時だ。見知らぬ土地で慣れない道を運転すれば、誰だってストレスが溜まる。
 だからこうして、各々が好きな時間を取れるのが、救いとなっている。
 せめてこのタバコ一本が終わるまで一人でいたいのだが。
「おやおやぁ、先生。美味そうにタバコ吸ってますなあ」
 ドラ声のカメラマンが、にやにや笑いながらやってきた。
 カメラはばっちりRECのボタンが点灯している。
「だから、一人でいたかったのに」
 そんな僕の呟きも、カメラマンのガハハと言った笑い声にかき消されてしまった。

7/30/2023, 12:21:11 PM

『澄んだ瞳』2023.07.30


 あのスカイブルーの瞳にライトが当たると、キラキラと輝く。どこまでも澄んだそれは、太陽をめいっぱい抱きしめた青空のようだ。
 綺麗だなと褒めると、彼は照れくさそうにそっぽを向く。
 そうやって照れていても、スカイブルーはその色を変えることは無い。
 離れていてもはっきりと彼だと分かるそれに、ファンが夢中になる気持ちも分かる。目立つから、視線の動きひとつにも注目がいくのだ。
 だから彼は意識して目を開いているらしい。
 どの角度を向けば、瞳がキラキラと輝くか。どんなふうに動かせば、空気を支配できるか。全て分かっている。
 伏せた目が上がり、正面から見据えられると落ち着かない。
 この後輩は、そうやって共演者すらも魅了する。
 人間が青空を見て心地よいと感じるように、彼の瞳にはそれと同じ効果がある。
 澄んだスカイブルーの瞳は、今日も誰かを惹き付けて離さない。

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