『嵐が来ようとも』2023.07.29
〽︎嵐が来ようとも、怖くないわ
この物語の主人公が歌い上げる。その歌は数奇な運命を辿った皇后の切なる願いだ。
束縛を嫌い、自由に生きたいと言う彼女の物語は、こうして後世で語り継がれている。
オレが演じるのは、そんな彼女の命を奪う男である。時にはストーリーテラーとして、時には雑踏の一人として。彼女の人生を共に歩み、そして老年となった彼女の命を奪う。
そんな男も、彼女を語る上では無くてはならない存在である。
オレはこんな役を演じるのが好きだ。主演を演じるのも好きではあるが、主演の影でキラッと光る二番手を演じることは、たまらなく気持ちいい。
今思うと、これまで演じてきた役は、ひとくせもふたくせもある役ばかりだった。多少の嵐ならなんとも思っていないような。
主人公とその夫が歌い終わるとオレの出番だ。
からかいまじりに、新婚の二人を皮肉りながら物語を先に進める。それに合わせて、もう一人の主人公がやってくる。
皇后の運命に無くてはならない存在。
それこそ、彼女の運命に嵐を巻き起こし、番狂わせを引き起こす存在なのだ。
果たして、本当に怖くないと言えるのか。
答えは彼女の運命が教えてくれる。
『お祭り』2023.07.27
二年に一度開催される事務所のイベント。そのイベントを明日に控えて、タレント陣は浮き足立っている。
歌に芝居に寸劇。とにかく何でもありで、バカ騒ぎをしようというコンセプトのもと、この時期に開催されるのだ。
「社長、明日はよろしくお願いします」
関西訛りで彼が声をかけてくる。王子様風の衣装は、悔しいほど彼によく似合っていた。
彼は明日、自分の出演したミュージカルのナンバーを歌うらしい。王子様風の格好をしているのもそのためだ。彼と同級生の男が、絶対似合うからと鼻息を荒くしていたのを思い出す。
「似合うなぁ」
素直にそう褒めると、彼は肩を竦めてみせた。
「あのバカの趣味っすよ。アイツ、オレのファンなんで」
そう彼があのバカと指す男は、今年のイベントの主催である。主催なので何をしてもいいと思っているらしく、全編を通して己の趣味を優先しているのだ。
バカだとくさする彼も、自分が主催の時はミュージカル色全開だったので、似た者同士である。
「まぁ、そんなバカの祭りなんで別にええんやけど」
「そうそう。祭りじゃないと、そんないかにも王子様! って衣装は着ないよ」
二年に一度のバカの祭り。
この日限りは、無礼講。多少の悪ふざけも許される。
普段は厳しくしている僕も、彼らと一緒にこの祭りを楽しむつもりだ。
『神様が降りてきて、こう言った』2023.07.27
『神様が降りてきて、こう言った。なんて言った?』
たまたま見ていたバラエティ番組の大喜利のコーナーで、そんなお題が出た。
「えー。なんやろ。明日の競馬の三連単はこれです、みたいな」
うちに遊びに来ていた後輩は、難しそうな顔でそんな事を言う。
「お前、競馬なんてしたことないだろ」
笑いながらつっこむと、彼はムッとしてわざとらしく頬を膨らませた。
「間違ってへんやろ。あるやろ、三連単」
「あるけど。なんつうか、面白くないなぁ」
そう言ってやれば、彼はますますむくれてしまう。
面白くないのは事実だ。彼も関西人なら、気持ちの良いボケをかましてもおかしくはない。もっとも、これは完全に俺の偏見だ。
むくれた彼はビールをグイッと飲むと、キッと俺を睨んでくる。
「じゃあ、アンタはなんて言うと思う?」
「俺は、そうだなぁ……」
あらためて言われると、困ってしまう。急かされながら導き出したのは、
「神様が降りてきて、こう言った。なんて言ったと思う?」
彼は風邪をひきそうなくらいの冷たい目をしてきて、大きなため息をついたのだった。
『誰かのためになるならば』2023.07.26
今の仕事をする前、僕は教師をしていた。そんなに長くやっていたわけではない。ほんの数年間だけだ。
それでも、その短い間に生徒を持ったこともあるし、珍しい苗字ということもあって、それなりに愛されていたと自負している。
担当教科は歴史。元々、歴史が好きなこともあり、教えることも好きだった。他の教科もある程度は出来るので、担当教師がいない時は、僕が教えることもあった。
教師をやめ、今の仕事になった時。
教師時代の経験が生かされている。僕のファンは学生さんが多い。なので、よく「受験が近くて不安だ」「勉強方法が知りたい」といったファンレターをいただく事が多い。
最初のうちこそ、一人一人に返事を書いていたが、それも数が増えると厳しくなる。
そこで僕は考えた。動画配信サイトで、生配信をすればいいと。
そうすれば、リアルタイムで学生さんたちにアドバイスが出来るし、希望をすれば生電話も出来る。
やるのはテスト期間。テストに出そうなところ、つまづきやすいところを、予備校のように授業をするのだ。
周りの人は、そんなことをやって大変じゃないのかと言うが、僕は別に苦ではない。
勉強を教えることは、完全に僕の趣味なのだ。なので、ギャラも発生しない。
僕の趣味が、誰かのためになるならば後悔はしない。
『鳥かご』2023.07.25
ある日、家に帰ると妙に娘がニコニコしていた。妻も同様にニコニコとしている。
これはなにかあるな、と察したが何も知らないふりをしてどうしたのかと聞いた。
すると娘は俺をリビングまで引っ張っていく。エスコート上手なのは、妻の血を引いているからだろうか。
果たしてリビングのテーブルの上には、鳥かごがドンとあった。中には当たり前のように、文鳥らしき鳥が大人しく鎮座している。
あまりにも堂々とした出で立ちをしているので、思わず笑ってしまった。
妻の話を聞くと、買い物の帰りにペットショップを訪れたさい、この妙に貫禄のある文鳥がほぼタダのような値段で売っていたらしい。
それに目を奪われた娘が「欲しい」と言ったので、妻はあっさり買ってきたのだという。
別に文句はない。仕事柄、長期の公演となると、なかなか帰れないこともあるから、寂しくなくてもいいだろう。
「よかったね。大事にするっちゃん」
そういうと、娘は元気よく返事をした。
知らない人間、知らない環境にもかかわらず、文鳥はキリッとしたようにみえる顔で、こちらを見つめてくる。
「名前はあると?」
聞くと、娘はもちろんと頷く。
娘のことだ、ピーちゃんとかブンちゃんとか、そんなかわいい名前を付けている事だろう。いや、この貫禄だ。妻あたりが、部長と名付けているかもしれない。
ワクワクしながら、促すと娘と妻は口を揃えてこう言った。
「ヨツミ!」
いつか、この文鳥が食われないことを願うばかりだ。