『友情』2023.07.24
頼りにしてる。なんて言われて、喜ばないやつがいるだろうか。否、いない。俺はなまら嬉しい。
彼は大学時代からの付き合いで、同じ演劇部に所属していた。そして、今は同じ事務所で同じ演劇ユニットを組んでいる。
ここまでくると腐れ縁である。
昔の彼は有り体にいえば、暴君でガキ大将だった。よくメンバー間で衝突していた。
ある時、うちの最年少と意見が真っ向からぶつかり、大喧嘩になったことがある。胸ぐらを掴みあって、乱闘でもしそうな雰囲気だった。俺や他のメンバーもそれを見て、今までたまりにたまった憤懣をぶつけ、みんなでやいのやいの言い合ったのだ。
結果的に、スタッフに止められるカタチで喧嘩はおさまりはしたものの、その日は稽古どころではなくなった。
いい歳をした大人が、情けないものである。
しかし、そのすぐあと彼から飲みの誘いが来た。しかも、二人きりで。虫のいい話だとは思ったが、こういう時の彼はなにか真面目な話をしたい時だと察した。だから、受けた。
二人で飲みながら、様々な話をした。先のことはお互いに謝らなかった。
激情に任せることなく、まるで世間話をするかのように、つとめてフランクに。
そして、閉店まで語り合って、彼が奢ってくれることになったから、素直に甘えた。
店を出て、駅で分かれる直前、彼は
「頼りにしてる」
と、ポツリと言った。
だから、俺も
「頼りにしてる」
と、答えた。
それ以上言うのは、野暮というものである。
『花咲いて』2023.07.23
きらびやかな舞台上に、大輪の花が咲いている。
ひときわ大きな花は、頂点の証。両脇の花も見事なものである。
そのうちの片方、二番手の証を背負った花がこちらに気付いた。
パチン、と音がしそうなウインクを飛ばしてくる。やめてほしい。
ファンなら卒倒ものだが、残念なことに自分は彼女の義兄にあたる。彼女らの特技を見せつけられても、キュンとはしない。
トップは皆に平等に視線を送っている。相方は両親でも見つけたのか、パッと華が咲くような笑顔を見せた。
二番手は観客に微笑みかけながら、銀の橋を渡る。そして、またこちらにウインクを一つ。
その度に自分の周りに座っている観客が、手拍子をしながら声にならない悲鳴をあげている。確か隣の女性は、今日が初観劇だと話していた。これで二番手のファンが一人増えた。
そうやって、いわゆる一本釣りを得意とする者が、いた気がする。すごく身近に。
それはともかく、我が義妹ながら罪作りな女性だと思う。
闇の深い、俗な言い方をすればヤンデレな役を得意とし、愛する人に熱心に愛を向ける様に、ファンは自己投影する。
私もあんなふうに想われたい。こんなぐあいに。
それをさらりとやってのけるのだから、たいしたものだ。
花園で花咲く彼女は、義妹であり、尊敬に値する役者である。
『もしもタイムマシンがあったなら』2023.07.22
テレビで『もしもタイムマシンがあったら』という特集をやっていた。専門家の先生を交えて、芸人やタレントが面白おかしくトークしている。
内容は難しくてほとんど分からなかったが、時間を早く遅く進めることは可能らしい。ただ、そのためには、光の速さと重力が必要になってくるそうだ。そして、未来に行くことも、理論的には出来ないわけではなくて云々。
そこまで聞いて寝落ちてしまった。
翌日、学校でそんな番組があったことを話すと、彼はおかしそうに笑う。
「お前にしては難しい番組見てんだな」
なんて笑いながら言って涙を拭った。
「お前ならどうする?」
ひとのことを笑ったくせに、興味深そうにオレを見つめる。
どうするもこうするも、考えたことなかった。
素直に言えば、彼はまたゲラゲラと笑う。
失礼なやつだと憤りながら、逆にどうするのか問えば、彼はそうだなあと考え込む。
「わかんね」
そう一言。今度は眉を下げて笑った。
「ああ、でも」
急に思い立ったように、彼はぽんっと手を打った。
「今日の晩飯は知りてぇな」
タイムマシンをつかって知りたいことが、そんなことだなんて。
全面的に同意せざるを得なかった。
『今一番欲しいもの』2023.07.21
きらめく夜景よりも、豪華な花束よりも、一番欲しいものは貴方が傍にいてくれる事である。
なんて、そんな事を歌ったアイドルソングがあった気がする。
あの頃はなんとも思わなかったけど、今ならその歌の意味が分かる気がする。
お互い違う職種で働いていると、デートの時間なんて取れる筈もない。昼と夜は交わらない。別のきらびやかな世界で生きているから、世間の目というものもある。
知り合って初めて迎えたおれの誕生日。
あの人は、なにか欲しいものはないか、と聞いてきた。
アクセサリーでも服でもなんでもいいよ、と電話越しでなんでもないように言ってくる。
だから、おれはアクセサリーが欲しいと言った。
あの人は一言、
「そう」
と言って電話を切った。
本当は傍にいて欲しいと言いたかった。
物より貴方が欲しいと言いたかった。
でも、言えなかった。
悔しくて情けなくて、泣きそうになっていると、電話がかかってくる。あの人からだった。
慌てて電話に出ると、あの人はなんでもないことのように、
「俺としては、一日俺と過ごせる券をプレゼントしたいんだけど、どう?」
と言った。
あの人は、いつだっておれが今一番欲しいものをくれる。
『私の名前』2023.07.20
わたしの名前は、家族で考えた。
というより、本科になる前から決めていた名前だ。つまり芸名である。
苗字はわたしが敬愛する両親の芸名から、名前は本名から。
これで「わたし」の完成である。むしろ、宿命と表現してもいい。
わたしの幼なじみで同期である大親友は、彼女のパパが演じた役から苗字を、名前は本名に一字足している。
学校を出て、本格的に劇団に所属してから、本名よりその名前で呼ばれることになる。
お客様はもちろん、先生方、スタッフのみなさん、先輩に同期に後輩たち。愛称で呼ばれることもあるが、だいたいは芸名で呼ばれている。
わたしが両親と同じ道を歩むと決めた時に、彼らは反対しなかった。むしろ、喜んでくれた。そして、そのまま「名前」を決めた。
その甲斐あってか、わたしは一回目で入学することができて、優しい先輩と楽しい同期と出会うことになり、卒業から何年か経って、幼なじみとおとめの頂点へ立った。
わたしは「わたし」の名前が好きだ。
もちろん、「わたし」もわたしの名前が好きだ。
わたしに与えられた二つの名前を携え、今日も舞台に立つ。