『視線の先には』2023.07.19
久しぶりに共演するコイツは、惚れ惚れするほど、いい男だと思う。
同じ舞台に立つ高校からの友人は、観客の視線を一斉に集めている。
西洋人らしい整った顔は嫌でも目に入るし、長い手足から繰り出されるダンスはダイナミックだ。
今回の役は軍人を束ねる主人公の双璧役である。
友人は正義感に溢れる美丈夫、自分は一匹狼を気取っている隻眼の男。最初はバチバチしているが、最終的には志を同じくし、主人公を支えるという役柄だ。
ストリートプレイではあるが、ダンスもあり実に華やかだ。
友人が手を伸ばし、軽くステップを踏んでから、くるくるとまわる。それの見事なこと。
溌剌とした声量でセリフを吐けば、観客の視線が動く。
自分も客席にいれば、間違いなく友人を目で追うだろう。
簡単に言ってしまえば、ファンなのである。
ここにいる観客の誰よりも熱烈な自信がある。なんといったって、自分は彼を高校の時から見ていたから。
今も、自分の視線の先には、友人がいる。
『私だけ』2023.07.18
「お前にこれが何かわかるか?」
彼はテーブルに積まれたジュラルミンケースを差す。
分からないと首を振ると、彼は口の端を上げるようにして、嘲笑う。
「バカなお前に教えてやろう。これは先の戦争で、かの国から持ち込まれた神なる炎だ」
それが何を意味するのか、ようやく察する。昔に還ったこの国を、それを使うことで更に「綺麗」にしようというのだ。
だから、こうして自分や友だちのようなものが集まっている。『どこにでもいるありふれたもの』をもつ者たちだけが。
彼はジュラルミンケースの表面を優しく撫でる。
「これを見せたのは今はお前だけだ」
静かな声で彼は言って、こちらを向いた。
「神の前だ。跪きなさい」
言われるまま、片膝をつき頭を垂れる。不快ではない。彼が言うのなら、ソレは尊ぶべきモノなのだ。
頭を垂れたことよりも、彼が自分にだけソレを見せてくれた悦びが勝っている。
彼と巫女が目的を達成できるよう、護り支えることが出来るのは、自分だけなのだ。
『遠い日の記憶』2023.07.17
確かまだ子どもの時分だったと思う。
これぐらいの暑い日だった。叔父上が遊びにきて、縁側でなにかしらの書を読まれていた。
あの御曹司様の前ではトゲトゲした空気をまとっているが、こうして家にいると雰囲気は柔らかい。
構ってほしくて傍によると、叔父上は叔父上にしては優しい笑みを浮かべ手招いてくれた。
「この書は読んだか?」
そんな問いかけに、まだ読んでいないことを伝えると、叔父上はたしなめることなく、なら読んだ方がいいと言った。
差し出された書の一頁目を開く。
背中に叔父上の体温を感じながら、読み進める。難しいところは、叔父上が優しく教えてくれた。
そのうち、あたたかい眠気が襲ってくる。
ときおり吹く涼しい風と、叔父上の心地よく響く声がまるで子守唄のよう。
船を漕いでいるのを察した叔父上が、ひざ枕をしてくれた。
骨ばった硬い膝だが、今はそれが嬉しい。
「起きたらまた一緒に読もう」
誘いを聞きながら、夢に落ちていった。
そんな事を、ふと思い出した。
手元にあるのは、その時の書である。
あの大火の折に慌てて持ち出したので、焦げてもいないし煤けてもいない。
それを久しぶりに読んだために、あの夏を思い出した。
そんな、遠い日の記憶である。
『空を見上げて心に浮かんだこと』2023.07.16
腹立たしくなるぐらいに晴れた北海道の空。見上げた心にふと浮かんだのは、
「どうしてこうなった」
である。
何が悲しくて、稚内から札幌まで自転車で移動しないといけないのか。
理由は単に『己が出演する舞台の公演が札幌であること』と『せっかくだから、己が出演する番組をロケをしよう』とこの二つである。
目の前を、事務所の社長ともあろう男が走り、後ろをカメラ係と新入社員が運転するバンが追いかけてきている。ちなみにカメラ係と新入社員は、どちらかが潰れた時の交代要員である。
稚内の宗谷岬を出発してどれぐらい経ったのかも分からない。
インカムのようなマイクでやり取りをしてはいるが、慣れないロードバイクに気を取られ、とても喋るどころではない。
そもそも、最初から無茶だったのである。思えば、三ヶ月前に社長から、
「ちょっと三ヶ月ぐらい身体を鍛えておいてくれる? 足腰を重点的に」
と何気なく言われたことがきっかけだった。
わけが分からかいまま、自身と同じ劇団の筋トレが趣味の男にサポートをしてもらい、言われるまま身体を鍛えたのだ。
その結果が、これである。
時間は余裕をみて四日とってあるが、果たして無事にたどり着くことが出来るのか。
ただ、不安であると、北海道の広い空に向かってそう思った。
『終わりにしよう』2023.07.15
「終わりにしよう」
そう静かに告げて、彼はぐるりと一同を見渡した。
そして、こちらに向かって指を差す。
「お前がこの惨劇の犯人だ」
まるでヒーローか何かのように言い放った。実に気持ちのいい啖呵だが、顔がニヤついているので締まりがない。
周りもそう思っているようで、呆れたように肩を竦めたりため息をついたりしている。
彼はこういった場では、とにかく格好を付けたがる。背が高いからかなり絵にはなるのだが、いかんせん残念すぎるのだ。
残り少なくなった人数で、もう後がないことはいくら残念な彼でも分かっているはずだ。
だからこそ、格好をつけたいのだろう。
あとはどうにでもなれ、と降参の意味を込めて両手を挙げる。
彼がドヤ顔をキメたその時――。
「人間と人狼が同数になりましたので、人狼の勝利です」
笑いを噛み殺したような声で、成り行きを見守っていた男が結果を述べる。
「なしてさ!」
ドヤ顔から一変して情けない顔になった彼。
ガックリ崩れ落ちる彼に、人間サイド人狼サイドからからかいまじりの慰めの声がかけられたのだった。