『遠い日の記憶』2023.07.17
確かまだ子どもの時分だったと思う。
これぐらいの暑い日だった。叔父上が遊びにきて、縁側でなにかしらの書を読まれていた。
あの御曹司様の前ではトゲトゲした空気をまとっているが、こうして家にいると雰囲気は柔らかい。
構ってほしくて傍によると、叔父上は叔父上にしては優しい笑みを浮かべ手招いてくれた。
「この書は読んだか?」
そんな問いかけに、まだ読んでいないことを伝えると、叔父上はたしなめることなく、なら読んだ方がいいと言った。
差し出された書の一頁目を開く。
背中に叔父上の体温を感じながら、読み進める。難しいところは、叔父上が優しく教えてくれた。
そのうち、あたたかい眠気が襲ってくる。
ときおり吹く涼しい風と、叔父上の心地よく響く声がまるで子守唄のよう。
船を漕いでいるのを察した叔父上が、ひざ枕をしてくれた。
骨ばった硬い膝だが、今はそれが嬉しい。
「起きたらまた一緒に読もう」
誘いを聞きながら、夢に落ちていった。
そんな事を、ふと思い出した。
手元にあるのは、その時の書である。
あの大火の折に慌てて持ち出したので、焦げてもいないし煤けてもいない。
それを久しぶりに読んだために、あの夏を思い出した。
そんな、遠い日の記憶である。
7/17/2023, 11:51:34 AM