なぜ泣くの?と聞かれたから
「お兄さん、なんで泣いてるの?」
そう聞かれたから、僕はこう答えた。
「嬉しいんだよ。心の底から。」
「嬉し泣き?でも、嬉しそうに見えないけど。」
僕はどんな表情をしている?と聞こうとしたが、話しかけてきた子供は友達に呼ばれて行ってしまった。
しかし、なんで泣いていたんだろう。なんで、公園の端っこで蹲っているんだろう。ここにずっといよう。もう、誰とも話したくない。家の場所も分からないのだから。
「なあ、室田ってこのあと暇?」
「すまん、このあと弟と公園に行って遊ぶ約束なんだ。じゃ、またな。」
学校が終わって階段を急いで駆け降りる。早く帰らないと、宏斗との約束の時間に間に合わない。駆け足で公園に向かった。
「お兄ちゃん、いた!」
宏斗が横断歩道を渡っていた。僕を見つけてはしゃいでいる。なぜ、公園で待っていないんだ。危ないから早く渡れ。気づくと、宏斗のすぐ近くまで車が来ていた。
「逃げろ、早く!」
弟が遠くまでふっ飛ばされた。頭から血を流していた。なぜかとっても、嬉しかった。頭がおかしくなったようで、涙も出なかった。そして、何も考えずに宏斗を連れて、遊ぶ約束をした公園に向かった。
ずっと、弟の面倒を見るのが嫌だったのかもしれない。だから、死んでくれて嬉しかった。のか?もう、どうでもいいや。何もかも忘れよう。考えないようにしよう。
「でも、嬉しそうに見えないよ。」
あの子供の言う通りかもね。弟が生き返らない、そのことを否定しようと必死なんだろうね。
足音
あれは、お兄ちゃんの足音だ。こっちに近づいてくる。
「さえ、朝ご飯だぞ。テーブルに行こう。」
「うん。」
朝ご飯は、何だろう。甘い味噌の香り。西京焼きかな。ってことは、和食?
「私、魚の骨苦手なんだけど。」
「サワラ、苦手か?」
そう言われて、とっさに口にサワラを放り込んだ。
「おはよう、さえちゃん。今日は空真っ青だよ。」
「やっぱりそうなの?なんか青空っていいね。」
学校は人がたくさんいる。遠ざかっていく足音、チョークで黒板に書く音、友達のひそひそ話。
その中でも足音には、悪意がよく現れる。悪意のある人が近づいてくるとき、足音は静かで不規則。
「なあ、目見えてるんだろ!なんだそのダサい眼鏡。」
たっくんかな。いつもちょっかいをかけてくる。どんな顔をしてるんだろう。意外とカッコよかったりして。
「何笑ってるんだ。ダサメガネ。」
「やめなよ。さえちゃん嫌がるよ。」
私を庇ってくれるのは、奈苗ちゃんだけだよね。
「ありがとう。奈苗ちゃん。」
学校終わった。早く帰ろう。
「小林さん。お兄さんが迎えに来ましたよ。」
お兄ちゃんの車に乗り込むと、必ずタバコの臭いがする。いつも迷惑かけてごめんなさいって、言いたいんだけどね。車の中では無言だから、言う機会を失っちゃう。でも、言いたくないな。だって、お兄ちゃんの足音、悪意たっぷりなんだもん。優しそうなふりをして、きっと何か企んでる。
『ガチャ』
家の玄関のドアが開く音と違う。別の場所に来たみたい。
「はい、家に着いたよ。階段あるから気をつけてね。」
終わらない夏
※長いので読みたくない人は飛ばしてください。
去年の冬に、飢え死にしかけている子供の狼を見つけた。しかし親の姿はどこにもなく、近くには寂れた小屋があった。
俺は、鹿の罠を仕掛けたところを確認しにいったのだが、まさか狼の子供がかかっているとは思いもしなかった。
狼を食べる…というのはやはり嫌悪感がある。それに、子供だ。可哀想に思えた。持っていた非常食のビーフジャーキーを与えたが、食べる気配すらない。相当衰弱しているようだ。
一時間ほど悩みに悩んで、その狼を連れて帰った。家族の反応は想像通りだった。汚いだの、捨ててこいだの、この子の気持ちを考えない自己中心的な理由だった。
結局、俺も追い出されてしまった。自分主義な奴らだよな。稼いでるのは俺だけだから、金だけ家族で共有して俺は物置き倉庫で晩飯。まあ、俺は優しいから気にしてないけど。
拾ってきた狼はすくすくと成長した。だいぶ体調も戻ったようだ。
その子は真っ白な毛色をしていて、絶滅したはずの山犬に似ていると思った。瞳は透き通った青色で、氷の膜を張っているようで、だからヒョウ(氷)と名付けてみた。
春になって、桜も一緒に見に行った。なかなか身体が大きくならないヒョウを抱っこして。通りすがる人は俺を見て逃げるように去っていった。獣でも見るような目で俺たちを見ていた。ヒョウは萎縮しているようだった。
しかし最近、あの子がなんだか元気がないように感じて動物病院に二時間かけて、車で向かった。病気にかかっていたようだった。五月の末にそう判明した。
薬や生活習慣の改善のためにだいぶお金がかかってしまった。どんどん痩せていくヒョウは春のときよりも身体が小さく見えた。
そして、夏になった。外を出歩くことができず、プールに入れてあげられる状況じゃなかった。家族も俺の元気がないのを心配してくれて家にあがらせてもらえた。妻の作る料理はとても懐かしかった。ヒョウなんて、拾ってこなければよかったのか、そう頭をよぎって、とっさに忘れようとした。
小屋に戻ると、死んだようにヒョウが寝ていた。その二日後にあの子は息を引き取った。終わるはずの夏は永遠に終わらないままになった。その次の日、初めてヒョウと会った場所の寂れた小屋の近くに埋めてあげた。
しかし、あの小屋が気になってしまい、中をのぞいた。そこには、ヒョウを抱く女性が写っていた。あんな幸せそうなヒョウを見たことがなかった。女性はどこへ行ったのか気になったが、聞くことはできないと村に戻った。
それから、夏と冬には必ずあの場所に来ることにしている。
遠くの空へ
空へと消えていった真っ白なボール。青天の空にボールの色がとても映える。しかし、それは一瞬の出来事。ほんの三秒だけの景色だ。
「ホームラーン!」
その言葉が球場に響き渡ると同時に、大きな歓声が起こる。しかし不思議なもので、誰もが打った瞬間にこれは入ると確信をする。打者はいつも急いで走るくせに、ホームランの時だけはゆっくりと余裕を持って走っている。
もしかしたら、入らないかもしれないのに、どうしてそんなにも堂々と走れるのだ。観客でさえもまだホームランと決まっていないのに大きな歓声や拍手が飛び交う。
バスケやサッカーは点が入るギリギリまで分からないものなのに、野球はそれが分かってしまう。普通は分からないほうが面白いと思うのだが。
私は野球についてあまり良く分からない。分からないなりに、色々な疑問が生まれるのだ。ホームランは珍しいものなのか、最近は一人の天才的な野球選手によって分からなくなってきた。しかしそれだけ、彼が強いということだろうけど。
ホームランで空高く飛んでいくボールは、何だか気持ち良さそうに見えて仕方ない。全てを吹っ飛ばしてくれるような、感覚的にしか言えないが本当にスカッとする。だからあんなにも観客は喜ぶのだろうと、野球をあまり知らない私はそう思う。
!マークじゃ足りない感情
母が京都に出張に行ってしまった。これから五日間どう過ごそうかと考えた。
学校に行ってその帰りに何かご飯を買っていこう。朝ご飯も買っていかなきゃ。などと考えつつ電車に揺られ、五日間の一人暮らし生活が始まった。
この五日間の食事は問題なさそうであった。しかし、買い物が難敵なのだ。私は極力、人と会うのを避けたい人間であった。レジの人と話すのもあまり好きではない。なので、五日間で買い物に行った回数は二日くらいだっただろうか。昔のことでもう忘れてしまったが、ほとんど買い物に行った記憶はない。家にあるもので、必死にしのいでいた。
そして、五日目まで頑張った。のだが、その夕方に事件が起こった。ふと、気づいたのだ。母が麦茶を作っておいてくれたことに。ちょうど喉が渇いていたためコップに注いで勢いよく飲んだ。
ん?何か丸っこいゼリーのようなものが歯に触った。コップにゼリーが入っていたのか。もうよく分からないが、気持ち悪かったので吐き出した。そして、そのゼリーのようなものを直視し、素手で触った。プニプニしていた…。
変な感じがして、ヤカンの蓋を開けてみた。ゾワッとした。もう驚きを通り越して声など出るはずもなかった。そこには、プニプニのゼリーの集合体が麦茶全体に広がっていた。タピオカミルクティーか?
『ガチャ』
玄関のドアが開く音がした。もう、嬉しくて仕方がなかった。一番最初に、このプニプニのゼリーの話をしよう!そう思った。
「これ、麦茶のカビじゃない?」
母にそう言われた。また、ゾワッとした。
買い物に行かなかった罰か…?