◤僕と君◢
子どもの頃の宝物を思い出して欲しい。キラキラとした石だろうか、たくさんのカードだろうか。それが今も宝物だという人はどれ程居るのか考えてみれば、極少数派だ。
僕はどうかって。勿論、変わっていないからこの質問をしたんだよ。僕は大切なものは自分の手の中に閉じ込めておきたい質だから見せてあげることは出来ないんだけど。
どうしてもダメか?
ダメだね。あれはもう僕のものだ。誰にも渡さない。
噂?ああ、少女が行方不明になった事件かい。非常に痛ましい限りだね。早く見つかることを祈っているよ。
やっと帰った。たぶんアイツら僕のこと疑ってやがる。幼馴染だって全てを知ってるわけでは当然ないんだからやめて欲しいよね。
ん?出してって?
出すわけないじゃん。君は僕のものだよ。それにそうやって、何とか抜け出そうとして、でも無理で絶望する顔も可愛いよ。
テーマ:宝物
◤火を灯した◢
私の親友の心に宿るのは業火だ。絶対にやり遂げると誓った使命感がずっと燃え盛り続けている。自分とは違うと、常に思わされている。
「そんなことないよ」
そんな一言が私の心を抉ることなど、ずっと知らないままなのだろう。優しくて、鈍感で、人を意の外で傷つけて、その度に直ぐに謝れる彼女は多分一生気づかない。私みたいな、隠すことが得意な人間は、傷ついたことをアピールしないから。
でも、なんでそれでもそばに居るかって。彼女が傷つけていることを認識しないまま、その傷ついた心を救ってしまっているからに他ならない。ほら今だって。
「業火っていうのは分かんないけど。冷ちゃんにだって火は灯ってるよ。キャンドルみたいな小さな火かもしれない。それでも優しくて温かくて思いやりに溢れた火だよ」
だから彼女の傍から離れられない。
テーマ:キャンドル
◤失恋していた◢
思えば、失恋はずっと前からしていたのかもしれない。別れようと言う彼女を目の前にそう思った。好きになって、告白して、そのときから彼女の気持ちが俺の元になかったとしたら、それは最早失恋と同義である。
「同情?」
彼女は答えない。
「哀れみ?」
何故か彼女が傷ついた顔をして俯いた。傷ついているのはこちらだというのに、何故そんな顔をするのか。寧ろ好きでもない男と別れられて清々するのは其方ではないのか。
「嘘が上手だったんだね」
彼女と紡いだたくさんの想い出が頭に溢れる。あれら全ても嘘だったというなら、とんだペテン師である。俺では敵わない。
こうなってしまえば、別れの言葉すらも要らない。俺は何を告げるでもなく彼女から離れた。
「ごめん」
彼女のか細く震えた声と目尻から零れた一粒の涙に俺は気づけなかった。
テーマ:たくさんの想い出
◤隣の花は赤い◢
隣の花は赤い。それに対してこちらの庭は荒地のようなものである。随分と前から空き家となったこの家は大量の雑草が生え、ボウフラが湧き、人の寄り付かぬ場所となってしまった。
隣の芝生は青い。こちらは茶色の地面が露出して、目も向けられないような汚さである。朽ちた家の木の板が剥がれ落ち、地面にバンとぶつかる。少しだけ、ほんの少しだけ痛いと思った。
昔はご近所付き合いが盛んだった。何時からか離れ離れになり今では見向きもされない。この家の主は死去して、それからそのボンクラ息子が所有者となった。まあ、予想通り荒地になった訳である。思い出の家は空き家として問題とされるようになった訳である。
ショベルカーが家を崩していく。市がようやく対策に乗り出したらしい。今日でこの家ともお別れだ。最後に一輪の花を咲かせた。真っ白な真綿のようなヤツデの花を。
離れ花れ
テーマ:はなればなれ
◤少女漫画的◢
「可愛い子猫ちゃん」
目の前でそう囁く男は俺様なイケメン。少女漫画でよく見るヤツ。私は可愛い子が好きなので特にキュン、なんて反応はしない。無視に限る。
「俺の子猫ちゃん、どこに行くの」
どうやらコイツは大分メンタルが強いようで、無視した程度じゃいなくならないらしい。仕方ない。これは友だちと編み出した最終手段なのだが使うしかないだろう。
「へ〜、おもしれー男」
決まった。イケボでこんなこと言われたら大抵の男はプライドがズタボロにやられてどこかへ行く。そう、これが私の必殺技。少女漫画返しだ。
「はっ、」
のはずが、なぜか顔を赤く染める男。存外かわい、
いや、ないない。こんな男に可愛いだなんて、ありえない。こんな、可愛げの欠片もないやつなんて。
「お前なんかには、絶対落ちないんだからな」
相手の男はなぜか、負け犬の遠吠え的な叫び方でどこかへ行った。自分の頬も熱くなっている気がする。
もしかしてこれ、アイツがヒロイン?
テーマ:子猫