◤百人一首◢
秋風に たなびく雲の 絶え間より
もれいづる月の 影のさやけさ
左京大夫顕輔が詠んだ句ですね。百人一首にもある有名な句です。私は月だとか、夜だとか、影だとか、好きなんですよ。絶賛厨二病拗らせ中なもので。
絵とか、下手くそですけど描かなくてはいけないときってあるじゃないですか。美術の授業とか。そういうときの八割が夜で月で星なんですよ。絵の具も黒と紫と青だけ切れてまして。
そんなこんなで、夜が好きなので、秋風と夜で一句。
月が綺麗ですね 涙のごと 秋風よ
テーマ:秋風
◤してはいけない約束をした◢
優しい人だ。昔も、今も。傍に居ると、私だけが汚れているように感じてしまう。今だって、悲しげな瞳を浮かべる君は、一度も私を否定しなかった。
「優しすぎるから別れたいの」
こんな馬鹿げた一言を、真剣に受けとってくれる。こんな人を手放して、多分私は幸せになれない。それでも、彼の傍に居るべき人間が私でないことくらいは分かる。もっと、可愛くて、心の綺麗な子が居るべきだと。
「分かった」
長い沈黙の後、告げられたのは肯定の言葉。否定できないのは怖いからだと彼は言ったけれど、それでも私はやっぱり優しさの証だと思う。
「じゃあ、またいつか会ったらそのときは初めましてから始めましょう」
「ああ、また会おう」
ドラマやアニメなら、こんな形で終わったカップルが出会うことは二度とないのだろうか。いや、フィクションなのだから希望を持たせる形で終わらせるのだろう。でも、ここは現実だ。
「さようなら、もう二度と会わない人」
心の中で呟いて、その場所を後にした。彼の顔を見てしまわないようにしながら。
テーマ:また会いましょう
◤誤った行為を◢
人々は在り来りな日常の内にスリルを求める。遊園地や旅行に行って、そのスリルを味わうのは良い。それはこの世界において正常なスリルの感じ方だろう。
そんなものでは足りなくて、もっともっとと手を伸ばす少年少女はスリルの炎に身を投げた。自らの身体が焼けていることにすら気づかないまま。
☆。.:*・゜
ふわふわとした心地に包まれて目を覚ます。自分を抱き留める手がどこにも行っていないことに安堵して、それでもこの後本当の愛を抱きしめに行くのだと思うと心は締め付けられた。涙は出ない。そういう約束だったから。
彼の胸に軽く頭を擦り付けた。私の匂いがついて、それに気づかれて、破局してしまえばいいのにと思った。彼は聡い人だから、そんな私のことも見越して、帰る前に風呂に入って、服を正して、ちゃんとキスマークがつけられていないか確認して、それから帰る。
愛しい妻と子どもが待つ家へ。
行かないで、なんて言えない。それでも、今だけは自分が一番近くにいる女なのだと優越感に浸った。今だけは、好きを心の中にいっぱい注げた。
「好き」
音にならない、口の動きだけの愛を彼へ捧げた。
☆。.:*・゜
何時からスリルが好きだったかと聞かれれば、物心ついた時からと答える。だから、こんな危険な仕事に就いた。
空爆警報が辺りに響く。俺はカメラを片手にシェルターへと逃げ込んだ。身に着けてはいるがどうにも心許ない防弾チョッキとヘルメットが、俺の所属を示していた。テレビ局所属の、紛争地域への特派員。
特派員になると言ったとき、親には辞めろと泣きつかれ、友だちには正気かという目で見られた。自分の精神が、一般と比べて異端に当たるのは分かっている。それでもこの仕事がしたかった。
すぐ先、目に見えるところに着弾する。必死に走っていなければ当たっていただろう。胸の高鳴りは緊張と恐怖だ。ここに来てから辞めたいという思いばかりで、なって良かったことというのは取り立てて思いつかない。それでも、この選択を間違っていたとも思わない。
右腕を見る。そこには血濡れの腕があった。たぶん、どこかで誰かの血が付着したのだと思う。手を握りしめて、直後に話を聞きに行くことにした。自分の後ろにうずたかく積まれた遺体を見ぬふりしながら。
テーマ:スリル
◤亡国の王子◢
敗戦国の扱いというのは往々にして酷いものである。国民の殆どは奴隷落ちし、王族の扱いは苛烈を極めることが殆どである。略奪や強姦は普通に行われ、労働力にならない女子どもやお年寄りは殺される。
とある国と国で戦争が起こった。片側は獣人の国、片側は魔法大国。この戦争の発端は魔法大国が獣人の国に法外な貿易を持ちかけたところから始まる。魔法大国が悪いというのが全ての国の共通認識ではあったが魔法大国より強い国はなく、どの国も獣人の国に哀れみの目線を送るだけでこの戦争は続いた。
初めの方こそ獣人の国も善戦したものの、圧倒的な武力の前に敗れ去った。そして、大量の奴隷が生まれたという訳だ。
「その男の羽をもげ」
「羽をもげば血が回らなくなり死んでしまいます」
「なら飛べないようにしろ」
その国の王子は鳥の獣人で、自由に空を飛ぶ翼があった。しかし逃げられては困ると、王子によってその羽がもがれてしまった。王子は悲しみに暮れる。もう二度と青い空を飛ぶことはできないのだと。
「一生俺の奴隷だ」
悪趣味な国王の奴隷として生きていかなくてはならないその事に絶望し、しかし逃げれば自国の国民の扱いが酷くなることを案じ、逃げられずにいた。そうして死ぬまで奴隷として生きた王子は、この国に強い呪いをかけてその一生を終えた。
「お前たちは、天に嫌われる」
そうして魔法大国は滅び、周辺国はまた獣人たちに国を与えた。それが、私たちの今住むこの地である。
「へー、」
子どもは興味なさそうに相槌を打った。現在、子どもたちへのこの国の成り立ちについての話をしていたのだ。獣人の国はどうして作られたのか。彼らだっていつか、人間が、魔法使いが如何に残酷な存在か分かるときが来る。
「だから、人間に近づいてはいけないよ」
「はーい」
当たり前だとでも言うように、子どもたちは返事をした。
テーマ:飛べない翼
◤秋らしさ◢
秋と言えば皆さんは何をしますか。お月見なんかは良いですね。美味しいお餅と揺れるススキ。正に秋だって感じがします。最近は秋と春が、夏に侵食されていまして、中々季節や風情といったものが感じられなくなってきました。が、それでも人々は秋が好きなもので。銀杏を食べ、柿を食べ、秋刀魚を食べ、食べてばかりですね。他にも、読書の秋やら睡眠の秋やらなんて言葉もあります。我々はただ、秋が消えないことを願うばかりです。ということで、ここで一句。
むら薄 おさなさ残る 子ら拾う
テーマ:ススキ