海月クラゲ

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11/9/2023, 12:16:36 PM

◤絆の連鎖◢

辛い記憶、衝撃的な場面が脳裏に焼き付くことはまあありがちで、それは私も例外ではなかった。

スローモーションで見えたその景色は私の記憶に影を落とした。その日の天気も、気温も、季節も、覚えていない。いつあったのかなど、調べればすぐに分かることで。でも何度調べたって忘れてしまう。それ程に強烈な景色だった。

二人の絆なんて甘い言葉に酔いしれたあの日々を鮮烈な朱に染めるその出来事は、連鎖するものだった。ずっとずっと、その闇に近づき続けた一年だった。

学校の屋上に立つ。フェンスの向こう側の開放感は心地よくて、少し怖いけれどあの日と同じなのだと考えれば特別恐れることもなかった。

目から零れるそれは確かな温度を持った雫だった。涙などではない、何の意味も持たない雫だ。それは意味を持ってはいけなかった。

トン

と地面を蹴って、身体を宙に投げ出す。空は血のような夕焼けだった。


テーマ:脳裏

11/8/2023, 10:53:00 PM

◤意味◢

「勉強ってなんの為にするの?」

そう聞かれたら、将来の為と答える。将来なんて、そのいつかの為に私たちは今を押し潰すのだ。将来の為、将来の為、もう要らないだろう。勉強など。

「必要ですよ」

分からない。生活保護というクソみたいな制度がなくなれば私も頑張るかもしれない。アレは働ける人間の意欲も下げる。

「屁理屈だろ」

それは自分が一番分かっているというやつだ。

「じゃあ、頑張ったらご褒美一個」

やっぱり一番効率的なのはコレだね。いつかの本人の為に周りが飴を用意するのは意味があるようにも思う。やってる本人の意欲をあげるより楽なことだ。


テーマ:意味がないこと

11/7/2023, 1:15:53 PM

◤詭弁◢

あなたと一緒にいるためなら何を失ってもいいと思った。思っただけだった。

あなたとわたしの関係は、恋人でも友人でもない。しかし顔見知りと言うには親しい。お互いに興味のある観察対象、という言葉がピッタリな関係であった。

何時からだろう。この関係が変わり始めたのは。おそらく、初めて身体の関係を持ってしまった日だと思う。その日から、観察対象以上の感情が生まれた。彼は酷くモテて、それに私も当てられた。彼のためなら全て捧げられると思った。

その思いが自分の中で否定されるのに時間はかからなかった。

やっぱり嫌だと、自分の腕の中の書類を抱きしめた。どうしたって好きだったって、私の一番は研究だった。仕方ないのだ。サイエンティストだもの。

「何でも捧げるって言ったよね」
「ごめん、無理」

彼の失望の表情が脳に焼き付いた。


テーマ:あなたとわたし

11/6/2023, 1:28:36 PM

◤秋雨と先輩◢

秋の雨というのは、冷たく刺々しい印象である。今日も今日とて冷たい雨に当てられて帰る私は傘をさしても足先が濡れ、温度が冷えてゆくことを感じた。小雨でこれなのだから、早く帰らなくては行けないことは明らかである。また生理が重くなるな、なんて考えれば憂鬱な気持ちになる。顔をあげれば信号が赤に変わる。とことんついてない日である。

一個前の信号で渡ったのか、先輩が向こうを歩いていた。同じ傘の中には私の親友が収まっている。何とも小さくて可愛らしい彼女は私なんかよりよっぽど先輩の隣が似合っている。二人で身を寄せ合っている姿は羨望と諦めを私に齎した。

いつの間にか土砂降りに変わった雨は私の心に追い討ちをかけるかの如く濡らしていった。涙とも雨ともつかない何かが流れ落ちて、既に濡れきった地面の水溜まりの一部となる。重くなった足を引き摺るようにして家に帰る。

マンションの前に辿り着いた。途端に雨はまた小雨になる。例えば何か、私は悪いことをしたのだろうかと心配になる。余りの運のなさには正直悲しみを通り越して呆れしか回ってこない。

「大丈夫?」

珍しく、良いことが起きた。さっきの今で良いことという私はどうかと思うが、先輩からの心配にはそれほどの価値がある。ニコリと笑えば先輩は心配そうな表情が一層深まった。

ああ、こんな程度で気持ちは軽くなってしまうのだ。今降っている雨が柔らかいかのように錯覚する。先輩がどんなクズでも、色んな女に手を出す黒い噂の絶えない人であったとしても、いいのだ。一時の優しさに愚かにも溺れていればそれでいいと。思ってしまえる程の人なのだ。

「言われたのでしょう?」

あの可愛い親友に。そんな含みを持たせて、目の前の先輩と同じ、計算的な女誑しの笑顔を纏った。


テーマ:柔らかい雨

11/2/2023, 9:55:59 PM

◤王子ではないから◢

俺の彼女は病を患っていた。いずれ、意識も失い植物状態になってしまう病だ。俺には君の病を治せるほどのお金はない。あればよかったのにと何度思ったことか。

君の病を治そうと動いている男がいることは知っている。そいつは君が好きだった。多分君が眠りにつく頃にはその準備は整って君は彼と愛し合うのだろう。大病を患った人が助けられて恋に落ちる、なんて王道的なストーリー。

君が目を覚ます頃、僕はもう君の彼氏じゃない。だから君が眠りにつく前に、その前にキスをした。君と俺の最後の思い出を。


テーマ:眠りにつく前に

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