◤隣の花は赤い◢
隣の花は赤い。それに対してこちらの庭は荒地のようなものである。随分と前から空き家となったこの家は大量の雑草が生え、ボウフラが湧き、人の寄り付かぬ場所となってしまった。
隣の芝生は青い。こちらは茶色の地面が露出して、目も向けられないような汚さである。朽ちた家の木の板が剥がれ落ち、地面にバンとぶつかる。少しだけ、ほんの少しだけ痛いと思った。
昔はご近所付き合いが盛んだった。何時からか離れ離れになり今では見向きもされない。この家の主は死去して、それからそのボンクラ息子が所有者となった。まあ、予想通り荒地になった訳である。思い出の家は空き家として問題とされるようになった訳である。
ショベルカーが家を崩していく。市がようやく対策に乗り出したらしい。今日でこの家ともお別れだ。最後に一輪の花を咲かせた。真っ白な真綿のようなヤツデの花を。
離れ花れ
テーマ:はなればなれ
◤少女漫画的◢
「可愛い子猫ちゃん」
目の前でそう囁く男は俺様なイケメン。少女漫画でよく見るヤツ。私は可愛い子が好きなので特にキュン、なんて反応はしない。無視に限る。
「俺の子猫ちゃん、どこに行くの」
どうやらコイツは大分メンタルが強いようで、無視した程度じゃいなくならないらしい。仕方ない。これは友だちと編み出した最終手段なのだが使うしかないだろう。
「へ〜、おもしれー男」
決まった。イケボでこんなこと言われたら大抵の男はプライドがズタボロにやられてどこかへ行く。そう、これが私の必殺技。少女漫画返しだ。
「はっ、」
のはずが、なぜか顔を赤く染める男。存外かわい、
いや、ないない。こんな男に可愛いだなんて、ありえない。こんな、可愛げの欠片もないやつなんて。
「お前なんかには、絶対落ちないんだからな」
相手の男はなぜか、負け犬の遠吠え的な叫び方でどこかへ行った。自分の頬も熱くなっている気がする。
もしかしてこれ、アイツがヒロイン?
テーマ:子猫
◤百人一首◢
秋風に たなびく雲の 絶え間より
もれいづる月の 影のさやけさ
左京大夫顕輔が詠んだ句ですね。百人一首にもある有名な句です。私は月だとか、夜だとか、影だとか、好きなんですよ。絶賛厨二病拗らせ中なもので。
絵とか、下手くそですけど描かなくてはいけないときってあるじゃないですか。美術の授業とか。そういうときの八割が夜で月で星なんですよ。絵の具も黒と紫と青だけ切れてまして。
そんなこんなで、夜が好きなので、秋風と夜で一句。
月が綺麗ですね 涙のごと 秋風よ
テーマ:秋風
◤してはいけない約束をした◢
優しい人だ。昔も、今も。傍に居ると、私だけが汚れているように感じてしまう。今だって、悲しげな瞳を浮かべる君は、一度も私を否定しなかった。
「優しすぎるから別れたいの」
こんな馬鹿げた一言を、真剣に受けとってくれる。こんな人を手放して、多分私は幸せになれない。それでも、彼の傍に居るべき人間が私でないことくらいは分かる。もっと、可愛くて、心の綺麗な子が居るべきだと。
「分かった」
長い沈黙の後、告げられたのは肯定の言葉。否定できないのは怖いからだと彼は言ったけれど、それでも私はやっぱり優しさの証だと思う。
「じゃあ、またいつか会ったらそのときは初めましてから始めましょう」
「ああ、また会おう」
ドラマやアニメなら、こんな形で終わったカップルが出会うことは二度とないのだろうか。いや、フィクションなのだから希望を持たせる形で終わらせるのだろう。でも、ここは現実だ。
「さようなら、もう二度と会わない人」
心の中で呟いて、その場所を後にした。彼の顔を見てしまわないようにしながら。
テーマ:また会いましょう
◤誤った行為を◢
人々は在り来りな日常の内にスリルを求める。遊園地や旅行に行って、そのスリルを味わうのは良い。それはこの世界において正常なスリルの感じ方だろう。
そんなものでは足りなくて、もっともっとと手を伸ばす少年少女はスリルの炎に身を投げた。自らの身体が焼けていることにすら気づかないまま。
☆。.:*・゜
ふわふわとした心地に包まれて目を覚ます。自分を抱き留める手がどこにも行っていないことに安堵して、それでもこの後本当の愛を抱きしめに行くのだと思うと心は締め付けられた。涙は出ない。そういう約束だったから。
彼の胸に軽く頭を擦り付けた。私の匂いがついて、それに気づかれて、破局してしまえばいいのにと思った。彼は聡い人だから、そんな私のことも見越して、帰る前に風呂に入って、服を正して、ちゃんとキスマークがつけられていないか確認して、それから帰る。
愛しい妻と子どもが待つ家へ。
行かないで、なんて言えない。それでも、今だけは自分が一番近くにいる女なのだと優越感に浸った。今だけは、好きを心の中にいっぱい注げた。
「好き」
音にならない、口の動きだけの愛を彼へ捧げた。
☆。.:*・゜
何時からスリルが好きだったかと聞かれれば、物心ついた時からと答える。だから、こんな危険な仕事に就いた。
空爆警報が辺りに響く。俺はカメラを片手にシェルターへと逃げ込んだ。身に着けてはいるがどうにも心許ない防弾チョッキとヘルメットが、俺の所属を示していた。テレビ局所属の、紛争地域への特派員。
特派員になると言ったとき、親には辞めろと泣きつかれ、友だちには正気かという目で見られた。自分の精神が、一般と比べて異端に当たるのは分かっている。それでもこの仕事がしたかった。
すぐ先、目に見えるところに着弾する。必死に走っていなければ当たっていただろう。胸の高鳴りは緊張と恐怖だ。ここに来てから辞めたいという思いばかりで、なって良かったことというのは取り立てて思いつかない。それでも、この選択を間違っていたとも思わない。
右腕を見る。そこには血濡れの腕があった。たぶん、どこかで誰かの血が付着したのだと思う。手を握りしめて、直後に話を聞きに行くことにした。自分の後ろにうずたかく積まれた遺体を見ぬふりしながら。
テーマ:スリル