◤亡国の王子◢
敗戦国の扱いというのは往々にして酷いものである。国民の殆どは奴隷落ちし、王族の扱いは苛烈を極めることが殆どである。略奪や強姦は普通に行われ、労働力にならない女子どもやお年寄りは殺される。
とある国と国で戦争が起こった。片側は獣人の国、片側は魔法大国。この戦争の発端は魔法大国が獣人の国に法外な貿易を持ちかけたところから始まる。魔法大国が悪いというのが全ての国の共通認識ではあったが魔法大国より強い国はなく、どの国も獣人の国に哀れみの目線を送るだけでこの戦争は続いた。
初めの方こそ獣人の国も善戦したものの、圧倒的な武力の前に敗れ去った。そして、大量の奴隷が生まれたという訳だ。
「その男の羽をもげ」
「羽をもげば血が回らなくなり死んでしまいます」
「なら飛べないようにしろ」
その国の王子は鳥の獣人で、自由に空を飛ぶ翼があった。しかし逃げられては困ると、王子によってその羽がもがれてしまった。王子は悲しみに暮れる。もう二度と青い空を飛ぶことはできないのだと。
「一生俺の奴隷だ」
悪趣味な国王の奴隷として生きていかなくてはならないその事に絶望し、しかし逃げれば自国の国民の扱いが酷くなることを案じ、逃げられずにいた。そうして死ぬまで奴隷として生きた王子は、この国に強い呪いをかけてその一生を終えた。
「お前たちは、天に嫌われる」
そうして魔法大国は滅び、周辺国はまた獣人たちに国を与えた。それが、私たちの今住むこの地である。
「へー、」
子どもは興味なさそうに相槌を打った。現在、子どもたちへのこの国の成り立ちについての話をしていたのだ。獣人の国はどうして作られたのか。彼らだっていつか、人間が、魔法使いが如何に残酷な存在か分かるときが来る。
「だから、人間に近づいてはいけないよ」
「はーい」
当たり前だとでも言うように、子どもたちは返事をした。
テーマ:飛べない翼
◤秋らしさ◢
秋と言えば皆さんは何をしますか。お月見なんかは良いですね。美味しいお餅と揺れるススキ。正に秋だって感じがします。最近は秋と春が、夏に侵食されていまして、中々季節や風情といったものが感じられなくなってきました。が、それでも人々は秋が好きなもので。銀杏を食べ、柿を食べ、秋刀魚を食べ、食べてばかりですね。他にも、読書の秋やら睡眠の秋やらなんて言葉もあります。我々はただ、秋が消えないことを願うばかりです。ということで、ここで一句。
むら薄 おさなさ残る 子ら拾う
テーマ:ススキ
◤絆の連鎖◢
辛い記憶、衝撃的な場面が脳裏に焼き付くことはまあありがちで、それは私も例外ではなかった。
スローモーションで見えたその景色は私の記憶に影を落とした。その日の天気も、気温も、季節も、覚えていない。いつあったのかなど、調べればすぐに分かることで。でも何度調べたって忘れてしまう。それ程に強烈な景色だった。
二人の絆なんて甘い言葉に酔いしれたあの日々を鮮烈な朱に染めるその出来事は、連鎖するものだった。ずっとずっと、その闇に近づき続けた一年だった。
学校の屋上に立つ。フェンスの向こう側の開放感は心地よくて、少し怖いけれどあの日と同じなのだと考えれば特別恐れることもなかった。
目から零れるそれは確かな温度を持った雫だった。涙などではない、何の意味も持たない雫だ。それは意味を持ってはいけなかった。
トン
と地面を蹴って、身体を宙に投げ出す。空は血のような夕焼けだった。
テーマ:脳裏
◤意味◢
「勉強ってなんの為にするの?」
そう聞かれたら、将来の為と答える。将来なんて、そのいつかの為に私たちは今を押し潰すのだ。将来の為、将来の為、もう要らないだろう。勉強など。
「必要ですよ」
分からない。生活保護というクソみたいな制度がなくなれば私も頑張るかもしれない。アレは働ける人間の意欲も下げる。
「屁理屈だろ」
それは自分が一番分かっているというやつだ。
「じゃあ、頑張ったらご褒美一個」
やっぱり一番効率的なのはコレだね。いつかの本人の為に周りが飴を用意するのは意味があるようにも思う。やってる本人の意欲をあげるより楽なことだ。
テーマ:意味がないこと
◤詭弁◢
あなたと一緒にいるためなら何を失ってもいいと思った。思っただけだった。
あなたとわたしの関係は、恋人でも友人でもない。しかし顔見知りと言うには親しい。お互いに興味のある観察対象、という言葉がピッタリな関係であった。
何時からだろう。この関係が変わり始めたのは。おそらく、初めて身体の関係を持ってしまった日だと思う。その日から、観察対象以上の感情が生まれた。彼は酷くモテて、それに私も当てられた。彼のためなら全て捧げられると思った。
その思いが自分の中で否定されるのに時間はかからなかった。
やっぱり嫌だと、自分の腕の中の書類を抱きしめた。どうしたって好きだったって、私の一番は研究だった。仕方ないのだ。サイエンティストだもの。
「何でも捧げるって言ったよね」
「ごめん、無理」
彼の失望の表情が脳に焼き付いた。
テーマ:あなたとわたし