赤月

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12/5/2023, 3:41:49 PM

いったいどれほどのものだろうか
眠れないほどの想いというやつは



充血した目で眼下に酷いクマを作った顔は見るに耐えない。
けれど相変わらず何事かを呟きながら思考する姿には頭が下がる。

「恋だな」

知らず口をついて出た言葉に、疲労もなんのその濁った瞳のまま不気味に笑って、

「ええ。絶望に悶え苦しんで死ぬ姿を大衆に晒す計画を練っている今が一番愛しいひとときですよ」

最悪の殺戮者として後世に名を残すことになるそいつの唯一の愛情表現が「殺人」であることを、この先どれだけの人間が理解してやれるだろう。

難しいことなのはわかっている。
だからせめて、今夜はゆっくり眠れるといい。何も考えることなく眠って欲しい。

そしていつか殺してくれる日を夢見て、今日も自分は眠りにつく。
眠る想いを口にせぬまま。


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12/4/2023, 5:56:39 PM

「いつかきっと、願いは叶いますよ」

その占い師の言葉は曖昧で、何の根拠も確信もなかった。
それはそうだ。占いは確率と統計の積み重ねであって予知ではない。
そんな一言に一喜一憂するなんてばかのすることだ。夢と現実の区別もつかないばかの。

けれど。

「ありがとう!その言葉で勇気が持てたよ!」

屈託のないばかの笑顔に、もう少しだけこの仕事を続けてもいいかと占い師は思った。

12/3/2023, 6:15:47 PM

少女が怒りに震えながら涙するのを、男は少し困ったような表情で見つめた。

「泣かないでくださいお嬢様」
「違うわ!わたくしは怒っているのよ!」

普段から沈着冷静に振る舞うよう気を付けている彼女らしくもなく激情を露わにするのは、他ならぬ男の為。そして自分の愚かな浅はかさのせい。

「わたくしはただ、ただ…貴方のことが好きだから結婚を考えたくないと伝えただけですのに…それなのにお父様はっ!!」

男の身体に刻まれた真新しい手術跡を指でなぞりながら唇を噛み締める。

「…こんな非人道的な行いをするなんて…っ!」
「私には元々人権などありません。全ての権利は旦那様とお嬢様にありますのでお気になさらず」
「それでも…っ!」

そのつもりで最初男を買ったのは自分だった。
美しい見た目と賢さに「隣に置きたい」と父親に強請った、数年前の自分が呪わしい。

「わたくしと出逢わなければ、貴方ならきっと自由を得て家庭を持つことだって出来ましたでしょうに…」

普段の彼女を知る者は決して見ることはない、年相応の泣き顔。
未来しか見つめて来なかった真っ直ぐな瞳に宿る、後悔という闇。

それらを存分に観賞した男は、心の底から嬉しそうに、満足げに笑った。

「ええ、ですからさよならは言わないでくださいお嬢様。全ては貴女様の隣にずっといられる権利の為なのですから」

12/2/2023, 5:58:19 PM

目に見えてるものが光であるならば、見えてない部分が闇であるのだろう。

たとえばテレビやネットで見る人物の姿は光で、実際に見る姿は闇。
ゲームの世界では勇者が光で魔王が闇という話もある。

光と闇は対という考えは間違いではないが、どちらが欠けてもどちらも存在出来ないという性質からするに、善と悪と断ずるのは早計であると言えよう。
そもそも善悪の基準は個々によって違うものだから。

この世は、光だけでも闇だけでも成立しない。
そのどちらも等しく必要で、そうでない曖昧な狭間である存在も必要だ。

黄昏や東雲のような。
泡沫や陽炎のような。

うすぼんやりとした曖昧なそれらこそが、実は世界の要なのではないかと、私は思っている。

12/1/2023, 10:17:07 PM

「こんばんは名探偵。良い月夜ですね」

いつものように白衣の泥棒は口元に笑みを浮かべながら優雅に挨拶した。

「どういうつもりだ。この予告状は」

探偵が見せたのは、泥棒を象徴するマークが入った一枚のカード。
毎度予告状と称してターゲットへ知らぬ間に届けられるそれが、なぜか今回は探偵の元へ届いた。しかもご丁寧に暗号化されて。
そこに書かれていたのはたった一言。

『今宵、探偵の大切なものをいただきに参ります』

その『大切なもの』が探偵という職業にとってなのか探偵個人にとってなのか。
結局探偵は何一つ確信が持てないまま時間になってしまった。
ただ確かに言えるのは、この泥棒が誰かを傷つける気がないということ。ターゲットがいつものような宝石でない時ほど泥棒にとって緊急性が高いということ。

だから、誰にも言わずに探偵はたった一人で対峙している。泥棒の狙いを見定める為に。あわよくば捕まえるために。

「気になりましたか?私のことを考えてくれましたか?」

月を背にした泥棒の表情は読めないが、どうやら笑っているようだった。

「当たり前だ。だってオレは」

探偵だから、と最後まで言えなかったのは、急に泥棒が距離を詰めてきたからだ。
咄嗟のことに何も出来ず無防備になってしまった探偵に、触れてしまいそうなほど間近に迫った泥棒は満足げな笑顔で言った。

「その素晴らしい頭脳の中身をひとときでも私が独占出来た栄誉をいただけるなんて、恐悦至極」
「っ!」

ぽん、と音を立てて、そのまま泥棒は消えた。
神出鬼没の二つ名の通り、現れたのと同じ様に唐突に呆気なく。
探偵の唇に熱の余韻を残したまま。

「…っくそ…」

探偵が小さく悪態をついたのは、まんまと泥棒を逃してしまったからかそれとも。



先に囚われるのはどちらか。

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