その涙を見ると、どうしたらいいのかわからなくなる。
慰めればいいのは分かっている。
ぼろぼろと零れ落ちる雫を拭ってやればいいことも分かる。
けれども、それをしてやりたくない気持ちも確かに存在して。
「泣かないで」
その一言だけで精一杯だった。
それは、せめてもの警告。
これ以上自分以外の誰かのために泣くというのなら、こちらにも考えがあるという密かな警告。
己に意外にも存在していた仄暗い独占欲に内心驚きを覚えながら、どうやって涙を止めようかと思案する。
「まだ泣くんなら、キスして何も考えられなくなるまで犯すから」
結局口に出たのは、真っ直ぐな欲望だけだった。
毎年のことだけど、この時期のあたし達はちょっと忙しい。
彼氏作って、お互いに紹介して、ダブルデートしてみたり、時には彼氏交換したりして。
年の変わる頃にはお互いの彼氏のいいとこ自慢したり、相手の彼氏のこと気にしてみたり。
キスが上手いとかテクニックがどうとかお金の使い方とか、コタツでみかん頬張りながらそんな下世話な話で盛り上がる。
年が明けたら、また次の冬に逢おうねって約束してバイバイする。
次も同じ彼氏だといいねとか、もしかしたら旦那さんかなとか、今度は彼女かもねって笑い合いながら。
冬のはじまり。
あたしと親友のあの子の大好きで大切な時間のはじまり。
ぎゅ、と強くしがみついた。
もっともっとと強請るように。乞い願うように。
「ッ、急にそんな締め付けんなって」
「だっ、て」
互いの息は荒い。限界が近いのはお互い様だ。
「これで最後なのに、終わっちゃう…っ」
ゆらゆらと揺れるのは、視界か二つの身体か。
「ン…ッ」
「あ…ッッ」
終わらせないで欲しかった望みとは裏腹に、二人は同時に絶頂を迎えた。
一口に愛情と言っても、様々な形があるだろう。
当然目には見えないものだから、わかりやすくなるように別の形に変えて。
例えば、どれほどたくさんのお金を使ったとか、時間を費やしたとか、言葉を与えたとか。
人にそれぞれによって変化された愛情を、受け取る側が正確に感じ取れるかはまた別の話だ。
そして同じように愛情を返すことが出来るかどうかも。
ただ、受け取ってもらう前提ではない、見返りを求めない無償の愛情というやつも時には存在するので、なかなか厄介である。
一方的に与えられるだけで、相応のものを返せない返させてもらえないというのは、案外居心地の悪いものだ。
意外とこの無償の愛情というやつが一番恐ろしいものかもしれない。
このように愛情とは様々な側面があり、与える立場も受け取る立場も角度によっては非情に映っても実際どうであるかは当人にしかわからないものなのである。
「それはつまり?」
「浮気のように見えたかもしれないけど浮気じゃないのです」
とりあえずこれをと差し出されたのは、丁寧にアイロンがけされた真っ白なハンカチ。
礼を言いながらそれを受け取り濡れた顔にあてると、柔軟剤の柔らかな匂いがした。
タオルを持ってこようとしたその執事を引き止め先程の修羅場の一部始終を撮影出来たか問いかけると、映像音声共にとだけ答える。
本当に、優秀な男である。
聞いたこと以上の情報と結果をたった一人で淡々と成し遂げる所は、今も昔も変わらない。
そこが一番好きなところだと彼女は常々思っている。
幼い頃から結婚した今でも愛している彼が、ずっと隣にいてくれる。
それがどれほど尊いことなのか彼女はよく知っている。
だから彼女は結婚した。二番目の男と。
だから彼女は身体を重ねない。一番愛する男と。
いつまでもずっと、微熱に浮かされたようなこの関係で繋がっていたいがために。
「あなたが好きよ。誰よりいちばん」
「存じております」
口付けを受け入れてもそれ以上を求めはしない男を、少しだけ憎たらしく思いながら。