「こんばんは名探偵。良い月夜ですね」
いつものように白衣の泥棒は口元に笑みを浮かべながら優雅に挨拶した。
「どういうつもりだ。この予告状は」
探偵が見せたのは、泥棒を象徴するマークが入った一枚のカード。
毎度予告状と称してターゲットへ知らぬ間に届けられるそれが、なぜか今回は探偵の元へ届いた。しかもご丁寧に暗号化されて。
そこに書かれていたのはたった一言。
『今宵、探偵の大切なものをいただきに参ります』
その『大切なもの』が探偵という職業にとってなのか探偵個人にとってなのか。
結局探偵は何一つ確信が持てないまま時間になってしまった。
ただ確かに言えるのは、この泥棒が誰かを傷つける気がないということ。ターゲットがいつものような宝石でない時ほど泥棒にとって緊急性が高いということ。
だから、誰にも言わずに探偵はたった一人で対峙している。泥棒の狙いを見定める為に。あわよくば捕まえるために。
「気になりましたか?私のことを考えてくれましたか?」
月を背にした泥棒の表情は読めないが、どうやら笑っているようだった。
「当たり前だ。だってオレは」
探偵だから、と最後まで言えなかったのは、急に泥棒が距離を詰めてきたからだ。
咄嗟のことに何も出来ず無防備になってしまった探偵に、触れてしまいそうなほど間近に迫った泥棒は満足げな笑顔で言った。
「その素晴らしい頭脳の中身をひとときでも私が独占出来た栄誉をいただけるなんて、恐悦至極」
「っ!」
ぽん、と音を立てて、そのまま泥棒は消えた。
神出鬼没の二つ名の通り、現れたのと同じ様に唐突に呆気なく。
探偵の唇に熱の余韻を残したまま。
「…っくそ…」
探偵が小さく悪態をついたのは、まんまと泥棒を逃してしまったからかそれとも。
先に囚われるのはどちらか。
12/1/2023, 10:17:07 PM