赤月

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少女が怒りに震えながら涙するのを、男は少し困ったような表情で見つめた。

「泣かないでくださいお嬢様」
「違うわ!わたくしは怒っているのよ!」

普段から沈着冷静に振る舞うよう気を付けている彼女らしくもなく激情を露わにするのは、他ならぬ男の為。そして自分の愚かな浅はかさのせい。

「わたくしはただ、ただ…貴方のことが好きだから結婚を考えたくないと伝えただけですのに…それなのにお父様はっ!!」

男の身体に刻まれた真新しい手術跡を指でなぞりながら唇を噛み締める。

「…こんな非人道的な行いをするなんて…っ!」
「私には元々人権などありません。全ての権利は旦那様とお嬢様にありますのでお気になさらず」
「それでも…っ!」

そのつもりで最初男を買ったのは自分だった。
美しい見た目と賢さに「隣に置きたい」と父親に強請った、数年前の自分が呪わしい。

「わたくしと出逢わなければ、貴方ならきっと自由を得て家庭を持つことだって出来ましたでしょうに…」

普段の彼女を知る者は決して見ることはない、年相応の泣き顔。
未来しか見つめて来なかった真っ直ぐな瞳に宿る、後悔という闇。

それらを存分に観賞した男は、心の底から嬉しそうに、満足げに笑った。

「ええ、ですからさよならは言わないでくださいお嬢様。全ては貴女様の隣にずっといられる権利の為なのですから」

12/3/2023, 6:15:47 PM