『終わりなき旅』
ずっと、探している。
あなたの欠片を――。
彼は、偉大な魔法使いだった。
他を寄せつけない強さと、花を愛でる優しさと、動物を愛する心を持った、唯一無二の存在だった。
親に捨てられた僕を拾ってくれたのも、全てのものに慈しみを持つ彼らしい行動だった。
彼と過ごす日々は、とても穏やかで、それはそれは素晴らしいものだった。
僕が、あの禁書を開かなければ、それは未だに続いていたことだろう。
僕を助ける為に、僕の代わりに呪いを受けた彼は、粉々に弾けて世界中に散らばってしまった。
その欠片を、一つ一つ探す旅をして、もう三十年になる。
彼の欠片は、まだ小さな袋に半分ほどしか集まっていない。
欠片がどのくらいあるのか、今どのくらい集まっているのか、全く検討もつかない。
欠片を全て集めたところで、彼が元通りになるのかも分からない。
けれど、この旅を続けることが、僕ができる唯一の償いだ。
たとえ、この身が朽ち果てようと、彼を復活させるまで、僕は旅を終わらせるつもりはない。
『「ごめんね」』
どうして、あんなこと言っちゃったんだろう。
ちょっとイライラしてただけで、本当はあんなこと思ってないのに。
時間が経って、冷静になったら、すごくすごく後悔した。
早く謝って、仲直りしたかったのに。
「ねえ、あたし、まだ、ごめんって言えてないよ?」
まるで眠っているかのように棺に横たわる彼に、問いかける。
でも、彼が目を開けることも、私の問いかけに応えてくれることもない。
彼の顔の横に、名前も知らない真っ白な花を置く。
「ごめんね。酷いこと言って。本当は、大好きだよ」
止まることを知らない涙が、ぼたぼたと彼の彼に落ちていく。
それでも、彼の心臓が動き出すことはない。
「ごめんねっ……。ごめっ、ね……、ごめんねぇえ」
私は、流れ出す涙と共に、口からはごめんねが溢れ出た。
号泣しながら、何度も何度も謝罪を繰り返しても、彼に届くことは無かった。
『半袖』
彼の様子がおかしいことに、全く気づけなかった。
いや、気づいていたけれど、大したことじゃないと、知らないふりをした。
「彼は、自分で、自分の命を、絶ちました」
教壇に立つ教師が、重苦しい空気を纏って、ひどくゆっくりと話す。
ざわざわとするクラスに、私は、なぜか妙に落ち着いていた。
全校集会が開かれて、校長が何やら長ったらしく話していた。
その間、私はずっと、彼が何故自殺したのか考えていた。
学校でいじめにあっていたのでは無かったように思う。
では、家庭内で何か問題があったのだろうか。
そんなに関わりがあった訳でもない彼のことを、ずっとぐるぐると考えていた。
校長の話は全く耳に入っていなかったが、すすり泣く女子生徒の声は、うるさいくらいに耳に入ってきた。
――彼と特別仲が良かった訳でもないのに、よくそこまで泣けるな。
そんな薄情なことを思ったとき、数ヶ月前のことをふと思い出した。
彼の、半袖から覗く細い腕に、包帯が巻かれていたのだ。
それは、両腕の手首から肘までぐるぐるに巻かれていた。
――ああ、あれはきっと自傷行為の痕だったんだ。
今さら気が付いても、遅すぎる。
彼は、苦しんでいたのだ。
あの時、何か声をかけていたら、彼は生きてくれただろうか。
あの時、怪我をしたんだな程度のことしか思わなかった自分に、忸怩たる思いが溢れる。
そこで、ようやく鼻の奥がツンとした。
じんわりと瞳に溜まっていく涙を、歯を食いしばって、流れ出すのを我慢する。
彼を見殺しにした私に、泣く資格など、あるはずも無いのだから。
『天国と地獄』
おや、お目覚めですか?
なかなか目を覚まさないので、心配しましたよ。
ああ、この美しい景色に驚いているのですね。
ここは、とても綺麗な場所でしょう?
おや、私の美貌に驚いていたのですか。
それはそれは、ありがとうございます。
ここは天国かって?
ふふふ、そう思いますか?
この世のものとは思えない程の美しい景色と、人間にしては整いすぎている顔立ちの私。
これを見れば、ここが天国だと思ってしまうのも、仕方ありません。
ですが、よく考えてください。
あなたは、天国へ行くに値する人間でしたか?
そう、よく思い出して。
あなたが相応しいのは、天国ではありませんよね?
ここは、地獄ですよ。
『月に願いを』
「お月さまにはね、うさぎさんがいるんだよ!」
屈託のない笑顔でそう言うあの子の頭を、ぽんぽんと優しく撫でたのは、いつのことだったか。
あの柔らかな髪の感触と、私の手に収まってしまうほど、小さな頭の形を、今でも覚えている。
「大きくなったら、お月さまにいるうさぎさんに、会いに行くの!」
無邪気なあの子の未来は、ずっと続くと思っていた。
もし、本当に月に兎がいるのなら、あの子を連れ去ってしまったのですか?
会いたいと言っていたあの子を、迎えに来てしまったのですか?
綺麗な円を描く大きな月に、「あの子を還して」と、何度も何度も強く願った。