酸素不足

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5/30/2024, 12:13:27 PM

『終わりなき旅』


ずっと、探している。
あなたの欠片を――。

彼は、偉大な魔法使いだった。
他を寄せつけない強さと、花を愛でる優しさと、動物を愛する心を持った、唯一無二の存在だった。
親に捨てられた僕を拾ってくれたのも、全てのものに慈しみを持つ彼らしい行動だった。
彼と過ごす日々は、とても穏やかで、それはそれは素晴らしいものだった。
僕が、あの禁書を開かなければ、それは未だに続いていたことだろう。

僕を助ける為に、僕の代わりに呪いを受けた彼は、粉々に弾けて世界中に散らばってしまった。

その欠片を、一つ一つ探す旅をして、もう三十年になる。
彼の欠片は、まだ小さな袋に半分ほどしか集まっていない。

欠片がどのくらいあるのか、今どのくらい集まっているのか、全く検討もつかない。
欠片を全て集めたところで、彼が元通りになるのかも分からない。
けれど、この旅を続けることが、僕ができる唯一の償いだ。

たとえ、この身が朽ち果てようと、彼を復活させるまで、僕は旅を終わらせるつもりはない。

5/29/2024, 11:50:15 AM

『「ごめんね」』


どうして、あんなこと言っちゃったんだろう。
ちょっとイライラしてただけで、本当はあんなこと思ってないのに。
時間が経って、冷静になったら、すごくすごく後悔した。
早く謝って、仲直りしたかったのに。


「ねえ、あたし、まだ、ごめんって言えてないよ?」

まるで眠っているかのように棺に横たわる彼に、問いかける。
でも、彼が目を開けることも、私の問いかけに応えてくれることもない。

彼の顔の横に、名前も知らない真っ白な花を置く。

「ごめんね。酷いこと言って。本当は、大好きだよ」

止まることを知らない涙が、ぼたぼたと彼の彼に落ちていく。
それでも、彼の心臓が動き出すことはない。

「ごめんねっ……。ごめっ、ね……、ごめんねぇえ」

私は、流れ出す涙と共に、口からはごめんねが溢れ出た。
号泣しながら、何度も何度も謝罪を繰り返しても、彼に届くことは無かった。

5/28/2024, 1:39:38 PM

『半袖』


彼の様子がおかしいことに、全く気づけなかった。
いや、気づいていたけれど、大したことじゃないと、知らないふりをした。

「彼は、自分で、自分の命を、絶ちました」

教壇に立つ教師が、重苦しい空気を纏って、ひどくゆっくりと話す。
ざわざわとするクラスに、私は、なぜか妙に落ち着いていた。

全校集会が開かれて、校長が何やら長ったらしく話していた。
その間、私はずっと、彼が何故自殺したのか考えていた。
学校でいじめにあっていたのでは無かったように思う。
では、家庭内で何か問題があったのだろうか。
そんなに関わりがあった訳でもない彼のことを、ずっとぐるぐると考えていた。

校長の話は全く耳に入っていなかったが、すすり泣く女子生徒の声は、うるさいくらいに耳に入ってきた。
――彼と特別仲が良かった訳でもないのに、よくそこまで泣けるな。
そんな薄情なことを思ったとき、数ヶ月前のことをふと思い出した。

彼の、半袖から覗く細い腕に、包帯が巻かれていたのだ。
それは、両腕の手首から肘までぐるぐるに巻かれていた。

――ああ、あれはきっと自傷行為の痕だったんだ。

今さら気が付いても、遅すぎる。
彼は、苦しんでいたのだ。
あの時、何か声をかけていたら、彼は生きてくれただろうか。
あの時、怪我をしたんだな程度のことしか思わなかった自分に、忸怩たる思いが溢れる。
そこで、ようやく鼻の奥がツンとした。
じんわりと瞳に溜まっていく涙を、歯を食いしばって、流れ出すのを我慢する。
彼を見殺しにした私に、泣く資格など、あるはずも無いのだから。

5/27/2024, 3:06:38 PM

『天国と地獄』


おや、お目覚めですか?
なかなか目を覚まさないので、心配しましたよ。
ああ、この美しい景色に驚いているのですね。
ここは、とても綺麗な場所でしょう?
おや、私の美貌に驚いていたのですか。
それはそれは、ありがとうございます。

ここは天国かって?
ふふふ、そう思いますか?
この世のものとは思えない程の美しい景色と、人間にしては整いすぎている顔立ちの私。
これを見れば、ここが天国だと思ってしまうのも、仕方ありません。

ですが、よく考えてください。
あなたは、天国へ行くに値する人間でしたか?
そう、よく思い出して。
あなたが相応しいのは、天国ではありませんよね?


ここは、地獄ですよ。

5/27/2024, 6:40:23 AM

『月に願いを』


「お月さまにはね、うさぎさんがいるんだよ!」

屈託のない笑顔でそう言うあの子の頭を、ぽんぽんと優しく撫でたのは、いつのことだったか。
あの柔らかな髪の感触と、私の手に収まってしまうほど、小さな頭の形を、今でも覚えている。

「大きくなったら、お月さまにいるうさぎさんに、会いに行くの!」

無邪気なあの子の未来は、ずっと続くと思っていた。

もし、本当に月に兎がいるのなら、あの子を連れ去ってしまったのですか?
会いたいと言っていたあの子を、迎えに来てしまったのですか?

綺麗な円を描く大きな月に、「あの子を還して」と、何度も何度も強く願った。

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