『降り止まない雨』
ザアザアと降る雨を、恨めしく見つめる。
ちゃんと予報を確認すれば良かった。
それか、折りたたみ傘をカバンに入れておけば良かった。
ゲリラ豪雨だから、そのうち止むだろうと、壁に寄りかかる。
「傘、無いの?」
適当に暇をつぶそうと、スマホのゲームアプリを開いたところで、声をかけられた。
聞き間違えるはずもない、彼女の優しい声だ。
「あー、うん」
「そっか、私も」
照れくさそうに笑う彼女の周りには、花が咲いているようだ。
「すぐに止むと良いね」
「あと五分くらいで止むっぽい」
すぐさまスマホのゲームアプリを閉じ、雨雲レーダーの予測を見る。
「そうなんだ。じゃあ、ちょっと待ってようかな」
「俺もそうする」
雨が止むまで、彼女と一緒だ。
どうせなら、もう少し降ってくれと願う。
「教育係、大変そうだな」
「いろんなことに気を遣うから大変だけど、結構楽しいよ」
「そっか。まあ、あんまり無理しないで頑張って」
「ふふ、ありがとう」
強く降る雨を見ながら、彼女と他愛もない話をする。
この穏やかな時間に、このままずっと、雨が降り止まなければ良いのにと思った。
『あの頃の私へ』
ねえ、今、幸せ?
もちろん幸せよね。
大好きな人が傍にいるのだから。
でもね、その幸せは、長く続かないの。
あの人は、遠くに行ってしまうの。
それが、私の心を壊してしまった。
大好きで大好きでたまらない彼女を、悲しませてしまうの。
どんなに後悔しても、彼女が私に笑いかけることは、無くなってしまうわ。
だから、今のその幸せを続けたいのなら、彼女を逃がさないことよ。
ずっと、自分の手の中に置いておくの。
何処へも行けないように手足を繋いで、誰のことも視界に入れないように光を奪って。
そして、私無しじゃ生きていけなくするの。
そうしたら、未来永劫、彼女とずっと幸せでいられるわ。
『逃れられない』
あなたは私のもので、私はあなたのものでしょう?
そこに、戸惑いも疑問もいらないの。
その事実から、目を背けないで。
私から、逃げられると思わないでね?
『また明日』
「はあ〜」
昇降口には、オレンジ色の光が差している。
生徒がそれぞれの帰路に着いて行く様子を、大きなため息を吐きながら、ぼんやりと見つめる。
今日も、何も出来なかった。
チャンスはいくらでもあったのに。
一言話しかける勇気が、いつまで経っても出てこない。
こんな調子じゃ、明日も何も出来ないだろうな。
「あれ、帰らないの?」
「っ!」
また一つ、大きなため息を吐きそうになった時、声をかけられた。
あれほど話したいと思っていた想い人が、緩やかに笑いながら、私の返答を待っている。
「誰か待ってるとか?」
「あ、いや……」
話しかけるイメージトレーニングはたくさんしたのに、話しかけられるのは予想外で、しどろもどろになってしまう。
「暗くなるの早いから、気をつけてね」
「う、うん」
「じゃ」
さらりと手を振って、自分の靴箱に向かう彼を、名残惜しく目で追う。
今、絶好のチャンスでしょ!
心の中で、もう一人の自分が、喝を入れる。
ぎゅうっと拳を握り締めて、息を長く吐く。
「あ、あの!」
「ん?」
思ったよりも大きな声は出なかったけれど、彼はちゃんとこっちを見てくれた。
「また、明日ね」
恥ずかしさから、少し俯いてしまった。
心臓がドクドクして、口から飛び出してきそうだ。
「うん、また明日」
オレンジ色の光を浴びながら、彼はにっこりと笑った。
嬉しさで、踊り出してしまいそうなのを堪えて、小さく手を振る。
すると、彼も手を振り返してくれた。
去って行く彼の背中を見送りながら、喜びを噛み締める。
明日は「おはよう」を言おうと決めた。
『透明』
「透明になる花って知ってる?」
「何それ。知らない」
「サンカヨウって言うんだよ。普段は白いんだけど、雨に濡れると透明になるの。とっても綺麗なんだ」
「へー、そうなんだ」
「もうちょっと興味持ってよぉー」
そんなことを話したのは、いつだったか。
きみが言っていた透明な花、見つけたよ。
花言葉は、「自由奔放」とか「幸せ」なんだってね。
でも、一番きみに合う花言葉は、「清楚」かな。
線香の煙が、ふわっと不自然に動いた。
きみが笑ってくれたような気がした。