酸素不足

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『また明日』


「はあ〜」

昇降口には、オレンジ色の光が差している。
生徒がそれぞれの帰路に着いて行く様子を、大きなため息を吐きながら、ぼんやりと見つめる。

今日も、何も出来なかった。
チャンスはいくらでもあったのに。
一言話しかける勇気が、いつまで経っても出てこない。
こんな調子じゃ、明日も何も出来ないだろうな。

「あれ、帰らないの?」
「っ!」

また一つ、大きなため息を吐きそうになった時、声をかけられた。
あれほど話したいと思っていた想い人が、緩やかに笑いながら、私の返答を待っている。

「誰か待ってるとか?」
「あ、いや……」

話しかけるイメージトレーニングはたくさんしたのに、話しかけられるのは予想外で、しどろもどろになってしまう。

「暗くなるの早いから、気をつけてね」
「う、うん」
「じゃ」

さらりと手を振って、自分の靴箱に向かう彼を、名残惜しく目で追う。

今、絶好のチャンスでしょ!

心の中で、もう一人の自分が、喝を入れる。
ぎゅうっと拳を握り締めて、息を長く吐く。

「あ、あの!」
「ん?」

思ったよりも大きな声は出なかったけれど、彼はちゃんとこっちを見てくれた。

「また、明日ね」

恥ずかしさから、少し俯いてしまった。
心臓がドクドクして、口から飛び出してきそうだ。

「うん、また明日」

オレンジ色の光を浴びながら、彼はにっこりと笑った。
嬉しさで、踊り出してしまいそうなのを堪えて、小さく手を振る。
すると、彼も手を振り返してくれた。

去って行く彼の背中を見送りながら、喜びを噛み締める。


明日は「おはよう」を言おうと決めた。

5/22/2024, 12:11:10 PM