酸素不足

Open App

『半袖』


彼の様子がおかしいことに、全く気づけなかった。
いや、気づいていたけれど、大したことじゃないと、知らないふりをした。

「彼は、自分で、自分の命を、絶ちました」

教壇に立つ教師が、重苦しい空気を纏って、ひどくゆっくりと話す。
ざわざわとするクラスに、私は、なぜか妙に落ち着いていた。

全校集会が開かれて、校長が何やら長ったらしく話していた。
その間、私はずっと、彼が何故自殺したのか考えていた。
学校でいじめにあっていたのでは無かったように思う。
では、家庭内で何か問題があったのだろうか。
そんなに関わりがあった訳でもない彼のことを、ずっとぐるぐると考えていた。

校長の話は全く耳に入っていなかったが、すすり泣く女子生徒の声は、うるさいくらいに耳に入ってきた。
――彼と特別仲が良かった訳でもないのに、よくそこまで泣けるな。
そんな薄情なことを思ったとき、数ヶ月前のことをふと思い出した。

彼の、半袖から覗く細い腕に、包帯が巻かれていたのだ。
それは、両腕の手首から肘までぐるぐるに巻かれていた。

――ああ、あれはきっと自傷行為の痕だったんだ。

今さら気が付いても、遅すぎる。
彼は、苦しんでいたのだ。
あの時、何か声をかけていたら、彼は生きてくれただろうか。
あの時、怪我をしたんだな程度のことしか思わなかった自分に、忸怩たる思いが溢れる。
そこで、ようやく鼻の奥がツンとした。
じんわりと瞳に溜まっていく涙を、歯を食いしばって、流れ出すのを我慢する。
彼を見殺しにした私に、泣く資格など、あるはずも無いのだから。

5/28/2024, 1:39:38 PM