夢を見たんです。
ずっと、ずっと憧れていた人になる夢を。
私は彼女になれたからには、なんでも出来ると思ってました。
だって彼女は、容姿が特段に優れていましたから。
彼女になれば人生が上手くいくと思いました。
荒れた肌を隠すために前髪を伸ばす必要も無いし、腫れぼったく重たい瞼をどうにかマシに見せるために努力なんてする必要も無い。
低い鼻も必要以上に肉のついた重い身体も無い。
それだけできっと人生はいい方向へと変わるのだと私は信じて止みませんでした。
私が見たのはあくまでも夢です。
でもそれは、現実世界と大差がない酷く現実味に溢れた夢でした。
現実に近いので、私望むものがすぐに手に入ったりすると言ったようなことはなく、夢の中でもきちんと社会は成立し、皆に平等なものでした。
それでも、夢の中の朝に目覚めて、元の身体とは1ミリも似つかない、違うものが鏡に映る。
それだけで私の気持ちは一気に上がりました。
私は浮かれた気持ちで学校へと登校しました。
学校に着いた途端に私はみんなに構って貰えるものだと浅ましく思っていました。
なぜなら、私のよく知る憧れの彼女の周りにはいつも人がいたからです。
でも、そんな幸せな願望は叶うことなく、私が登校しても話しかけてくれる友達はいませんでした。
夢の中で何日と過ごしても私に話しかける同級生はいませんでした。
そんな日を夢の中で過ごして、私は直に目を覚ましました。
朝起きた時に姿見に映る自分を見て絶望し、俯く気分のまま学校へと行くと彼女は夢の中の私とは違って、仲のいい素敵な友達に囲まれていました。
そこで私は現実をやっと理解しました。
私の容姿がいくら完璧になろうとも私にあんな風に明るく振る舞うことはできないからです。
綺麗にしゃんと背筋を伸ばし、ハキハキと喋って積極的に人と関わることなど私の中身ができそうにもありませんでした。
結局、私は姿形が変わろうと私で、中身すらよくできている彼女にはなり得ない。
私が見た願望を形にした夢は、ないのもねだりのただの堕落したただた浅ましい欲、
そのものでしかありませんでした。
―――ないものだり
お題【ないものねだり】
もう、思い出せないくらい昔で、遠くの記憶のはずなのに。あるものをきっかけに定期的に私は彼を思い出した。
彼とはずっと前に別れて、私には彼より大切な人ができて、彼よりも頼りがいのある、優しい、自立した包み込んでくれるような人と私は結婚した。
可愛い子供もいて、毎日苦しくて泣いてたあの頃よりずっと今の人生の方がきっと、幸せだって言い切れる。
でも、思い出すのだ。
コンビニで、駅前で。
白く濁った煙たい匂いを嗅ぐたびに。
それを私は、お世辞にも好きだとは言えない。吸うだけで酷く咳き込みそうになって顔を顰めてしまう。
一度、興味本位で彼から一本奪ってひとくち吸ったことはあったけど、苦くて臭いばかりで私はそこに魅力を感じることは出来なかった。
煙くて肺に入り込むのが苦しくてまずい。
そんな毒にしかなり得ないものを彼は好んで毎日吸っていた。
なんでそんなに好きなのか、聞いてみたことがあった。
返ってきた返事は意外なもので、別に好きじゃないとか言うなんだか矛盾した変なものだった。
こんなに毎日好んで吸ってるのにそんなことがあるのかと少し小馬鹿にするように笑ったら、少しムッとするように、言い訳するように彼は言った。
"一度口にしたら忘れられなくなったんだよ。"
――その頃の私は、その言葉を理解することは出来なかった。
その彼とは、数年も経たないうちに当たり前のように噛み合わなくなって関係も自然と消えた。
そもそも彼と私の間には、最初からあとから残るような大層なものなんてなかったように思う。
それなのに、私は思い出してしまうのだ。
今なら、彼の言っていた矛盾がわかる気がした。
苦く、毒にしかならないものほど、一度味をしたら忘れられない。人を惹きこんで離さないような、嫌な魅力を持っているのだと私はもう、この身をもって知ってしまった。
何年経っても私は、あの頃の苦さを忘れられそうにない。
―――嵌る
お題【好きじゃないのに】
こめかみが軋むほどの怒りを覚える。
世の中の不条理さに俺一人が嘆き、怒り狂ったとて世は変わらない。
"それでも、許されぬべきことが今どこかで起こって、その度に、傷つく誰かがいることが俺は許せない。"
いつかの英雄は語った。
理不尽で淘汰されるべきの弱者だと諦めず、彼は世に抗った。
その結果、彼は不条理な定理の多くを覆し、代償として、美しく散った。
そして今、その英雄は世間に石を投げつけられている。
彼は命を賭してまで俺たちのために働き、犠牲となったというのに。
結局、人は利益の追求ばかりを考える醜い生き物だ。
救われた恩など知ったものかと、それは昔の話だと棚に上げ、救われた身でありながら平気でその墓石に唾を吐きかける。
どうせ、こうなるんだ。
命を懸けてまで、こいつらを救う価値などなかった。
お前が死んでもなお、世の中など何も変わりやしない。
緑の茂みに身を隠しながら俺はかつての友であり、もう会うことは叶わない英雄に悪態をつく。
男は、彼の墓に供えてあった花を踏み荒らされ、蘇らぬ墓の主である友の彼を罵られようとも、息を殺しながら怒りと恐れに身を震わせることしか出来ない。
ほら、お前一人が不条理に立ち向かっても、何も変わらない。
俺たちのような愚か者は、お前が身を犠牲にしても、まだ震えて、その場で足踏みすることしか出来ないのだ。
だから、不条理な世のままで良かったから、それで構わなかったから、まだ、せめてお前は、俺の良き友人として生きていて欲しかった。
男は、体を震わせながら、叶わぬ望みを、墓に眠る英雄にぶつけるほかなかった。
それしか、目の前の男には出来なかった。
―――変わらぬ世
お題【不条理】
風邪をひいた。
季節の変わり目で、寒さも和らいだと思って薄着でいたのが裏目に出てしまった。
一人暮らしの部屋で気怠い熱にうなされるのはどうにも物寂しくて、なんだか精神に堪えるものがある。
ベッドに横になりながら寒気と喉の痛みに顔を顰めて、八つ当たりするように天井を睨みつけていたら段々とさっき飲んだ風邪薬が効いてきたようで、眠気に引きずられるようにして私は夢の中へと沈んでいった。
『…ぐみ、つぐみ。』
声が聞こえる。
名前を呼ばれて目を覚ます。
『辛いだろうけどお薬飲みなさい。』
目の前にいたのは母だった。
――そういえば小さい頃は看病してくれる親がいたんだったなぁ。
私はそれが瞬時に夢だとわかった。
なぜなら、話しかけられているはずの小さな私を、宙に浮かぶように第三者目線で見つめていたからだ。
幼い私は高熱で顔を真っ赤にしている。
――可哀想に。私、夢の中でも熱出してるなんて。
そんな小さな私に、母は優しく語りかけていた。
『まだ、お熱高いね。今日の夕飯は食べやすいよううどんにしようか。』
母は小さな私の飲んだ薬のゴミと水の入っていたコップを持ってきたお盆に乗せる。
『もう少し、寝てなね。』
そう言って、母は部屋から出ていこうとする。
と、小さな私はそれを引き止めるように母の袖口をキュッと引っ張った。
『行かないで。怖いの。』
訴える声は弱々しくて、母を見つめる目は少し赤く、潤んでるようにも見えた。
――怖い??幼いながらにおかしなことを言うな自分。
そう、一瞬思いかけたが私は幼き自分がどんな生き物だったのか思い出した。
重度の怖がりで一人で夜にトイレに行くこともままならないほどだったことを。
――思い出してみれば、この時は寝てしまったらなんだか一生目覚められないような怖さがあったな。まぁ、私程怖がりでなくとも風邪の時はなんだか心細く涙脆くなるものだ。しょうがないとも言える。
私は、そうやって、言い訳するように一部始終を見守った。
そんな、怖がりな風邪っぴきの小さな私に母がなんと言ったか思い出したかったからだ。
袖口を握りしめる私の手に、母はそっと手を添えた。
『怖いかぁ。じゃあ怖くなるなるまで手、繋いどいてあげる。』
小さな私の手を母は慈愛に満ちた顔で、ゆっくりと包み込んだ。
よく覚えてないが、きっとその手は暖かく、私の恐怖を和らがせてくれたのだろう。
そう感じた。
――なんだか羨ましい。
微笑ましいような小っ恥ずかしいような幼き頃の私と母を見て私は思った。
暖かく優しい母の手が、純粋に懐かしくて恋しかった。
暖かい夢の中から目覚めて、私は部屋に一人という現実を目の前にして、目を閉じる前よりも寂しい気持ちになった。
熱はまだ下がって無さそうだ。
思い立って、ベッドサイドから放置してあった携帯を取り出す。
母とのトークルームを開いて、風邪をひいたので看病に来て欲しいことを伝えた。
既読はすぐについて、来てくれるとの連絡が入った。
年甲斐もない、甘ったれた行動だと思われるかもしれない。
でも、幼い頃の寂しい私を慰めてくれたように、大きくなった私も母の優しさの温もりがどうしようもなく欲しくなってしまったのだから許して欲しい。
それに、怖がりの私にとって、風邪は寂しくて怖いものなのだから。
―――母の手
お題【怖がり】
延々と宙に点在している、瞬く星は私たちに夢を与えてくれた。
遠い宇宙でも星が今でも輝いて暗い宇宙の中で懸命に光っているのだと私たちは信じてやまなかった。
――地球が滅ぶまであと一時間を切った。
あれほど私たちに希望を与えてくれた星たちはもう宙にひとつも見当たらない。
数週間前、宙には今にも零れ落ちて来そうなほどの多くの星が溢れる程にあって、それぞれに強い光を放って燃え尽きるようにして輝いていた。
星たちは数日間、夜に煌めき続け、少しずつ数が減るようにして消えていった。
私たちの宙に永遠にあると思っていた星たちは突如としてその生命を終えた。
何億光年と光り続ける星たちにも寿命がある。
その事実があることを私たちは見ぬふりをして、自分たちの領分である星も生き続けると信じてやまなかった。
そして、今、寿命を終える星の中で、あの燃え盛るように輝いた星のように人々は自分の生きた証と人生の最後の輝きを出せるようもがき始めた。
星たちのように美しく最期を迎え、どこかの惑星にその輝きが届くようにと。
―――滅亡前の煌めき
お題【星が溢れる】