「たまには、こんな日があってもいいよね。」
今日、一日を振り返って、言い訳するように呟いた。
別に悪いことをした訳じゃないけど、なにもしなかった日には無意識に罪悪感が募るものだ。
時間をただただ浪費したみたいで少し後悔があった。
取るに足らないほどの感情だったけど、言い訳がわりの独り言ぐらいは言っとかないと、不満が喉に突っかかる気がして何となく不快だったのだ。
「別に、たまにでもしょっちゅうにでも、こういう日過ごしてもいんじゃないの。」
独り言のつもりだったけど、ルームメイトの彼女はご丁寧に返事をしてくれたらしい。
スマホから目線を外すことはしなかったけど。
冷たいのか優しいのかはっきりしないやつだな。
「別にいいんだろうけどさ。なんか、罪悪感湧かない?」
「いや?いつも私ら息してるだけで頑張ってるからいんじゃない。」
「確かに…。一理あるわ。」
「だろ。」
「うん。やっぱあんたと友達やってて正解だわ。」
「なに急に、キモイな。」
「……前言撤回。友達やめるかウチら。」
褒めてやってんのにキモイとは何事だこいつ。ムカつくな。
「別にそれでもいいよ。あたしが出ていくことなって、家賃折半する相手いなくなってもいーならね。」
さっきまで、こっちの方見なかったくせに、片方の口の端だけ上げて意地悪く笑う顔は心底憎たらしい。
ほんと、人のこと揶揄うの好きだな。
憎たらしいけど、軽口を言い合える彼女との関係が嫌いなわけではない。
さっき言った友達になってよかったって言うとこも本音だ。
恥ずいから、真剣には面と向かって言ってやんないけど。
「まじうざいお前。」
口論では勝てそうにないから、不満だけは言っておく。
「んな事言っても、好きなくせに。」
「黙れ、喋んな。」
口から出る言葉はほとんど悪態に近いけれど、やっぱり、私のしょうもない独り言を拾って肯定してくれる彼女と友人になれたことが良かったと思ってしまう。
やっぱこいつのこと人として好きだな、なんてことに気づいてしまう、少し悔しい、そんな一日の終わりだった。
―――親友
お題【たまには】
初々しいしくて、瑞々しいような青春時代のような恋とは、ずいぶんかけ離れているような私たちですけれど、あなたから花束を貰った時には、年甲斐もなく胸がときめいたんですよ。
そう言って笑う彼女の笑顔は、歳を重ねて顔にシワが刻まれてしまっても、花が綻ぶように綺麗で、可愛らしいものだった。
それにあなた、大好きな君へなんてメッセージまで。
ふふふと笑う彼女の笑みには、明らかにさっきよりもからかいの意が含まれている。
確かに、50年も寄り添った伴侶に送る言葉にしては、直接的で捻りもない言葉だったかもしれない。
でも、恋愛下手な私が、恥ずかしいながらどうにか考えたものだったから、そこら辺は大目に見て欲しかった。
そんなことをブツブツと言い訳しながら言うと、また彼女は笑う。
別にからかってるんじゃありませんよ。
十分からかってるじゃないか。
ふふ。だって、あまりにいじらしいものですから。
認めたな?
初めて言う私への愛情表現の言葉が"大好き"だなんて、誰が想像できたって言うんでしょうね?
頼むから、もうやめてくれ。
あまりにも面白そうに、楽しそうにする彼女の顔が見られるのは悪くはないが、これ以上は私の羞恥心が持たない。
恥ずかしくて、顔から火が出そうな程だが、それでも、この言葉をメッセージカードに書いたことを私は後悔していなかった。
なぜなら、さっき彼女が言っていたように、私も年甲斐もなく、目の前の伴侶が自分が送る愛の言葉を受け取ってくれることに胸を弾ませているからだ。
"大好き"という言葉は、確かに拙く、洒落た言葉ではない。
だが、この言葉は、正真正銘、一言一句、嘘偽りない私の心からの長年持ち続けた、真っ直ぐな想いだった。
―――綴る言葉 (2/24 ―結婚記念日への後日談にあたる)
お題【大好きな君に】
子供のことを、性別の固定概念に当てはめて育ててきたつもりはなかった。けれど、いざ、カミングアウトを受けてみると、大きな衝撃を受けた。
その時私は、受け入れるとか、突き放すとかいうことを前提に考えていた訳ではなく、ただただ単純に驚いていた。
私が生きてきた時代では、なんてことを語り始める時点で時代錯誤だなんだと批判されるのかもしれないけど、実際そういうのが差別されて当たり前だとかいう時代であったものだから、もしかしたら私は知らず知らずのうちに子供を女性という枠に当てはめて育てて、接していたのかもしれないと考えると、心臓がキュッと萎んで冷水に付けられたような感覚を覚えた。
もしかしたら、今日この日、毎年欠かせず祝っていたひな祭りも彼女、いや、彼にとっては自分が持つ違和感をただ単に増幅させるだけの苦痛の行事だったのかもしれないと思うと、自分の愚鈍さと無神経さに苛立って、酷く申し訳ない気持ちになった。
だから、心から私は娘いや、息子に謝った。
あなたの苦しみに気づいてあげられなくてごめんなさい。ずっと一人で辛い思いをさせて、無神経なことを言っていたのならごめんなさい。と。
子供の苦しみに気づけなかったことが、私は一人の子供の親として恥ずかしくて悔しかった。
そして、今日、例年通り行ってきたひな祭りの用意をやめて、準備していたもの全てをしまおうとした、
その時
横から伸びてきた息子の手に、それを拒まれた。
そして、驚くようなことを彼は言った。
「俺、母さんが準備するひな祭りが嫌いだったわけじゃないよ。用意してくれる豪華な料理も雛人形も、全部、俺のためのものでしょ。確かに、これは女の子のための行事なのかもしれないけど、母さんが用意してくれることに苦しく思ったことは一度もないよ。」
そう言う表情に、嘘は少しも見られないかった。
「でも、私、光が苦しんでるのも知らずに、ずっと、ずっと、振舞って、きたのよ。」
それでも、私は息子に懺悔せざるにはいられなかった。
無知は罪で、無意識に人を傷つけた傷口は傷つけた本人は知らずとも、深く、酷く痛むものだ。
私から発せられる声は情けなくも細かく震えて、途切れ途切れだった。
「どんなに謝ろうとも、無駄かもしれない。でも本当にごめんなさい。私は今、謝ることしか出来ないわ。」
「母さん。」
そう呼ばれると同時に、そっと私の肩に彼の手が置かれた。
ゆっくりと顔をあげると、息子は悲しそうに笑っていた。
「お願い、謝らないで。俺こそ、娘でいてあげられなくてごめんね。」
その笑顔は本当に、申し訳なさそうで、悔しげで、悲しい笑顔だった。
そんな笑顔を見て、咄嗟に私の体は動いていた。
今度は、私は謝らなかった。
謝ることよりも、親として今ここですべきことを悟ったからだ。
私は、謝らない代わりに、彼の身体を引き寄せた。
腕の中に入れ込んで、昔とは違う背丈にちょっとした感慨深さも感じながら、ゆっくりと背中を擦る。
彼の背中を擦りながら、そこで気づいた、私は驚いて、自分の行いに恥じて、怒ったけれど、目の前の子に注ぐ愛情は、1ミリも変わっていないことに。
息子が言ってくれたように、毎年準備していたひな祭りも、私なりの息子への愛情だった。
喜んでくれることが嬉しかったから。
宥めるつもりが、私は息子を抱きしめながら泣いていた。
そんな私につられるように、気づけば彼も私の腕の中で静かに泣いていた。
この涙を勘違いはして欲しくない。
そう思って、私は、思いを言葉にすることにした。
「あのね、私、気づけたのよ。光がこうやって伝えてくれることで、私が光をどれだけ大好きで、大事に思ってるのかを。」
「だからね、光。あなたも謝らないでちょうだい。光が光らしく生きることで、誰にも迷惑なんてかからないわ。現に私は迷惑どころが気づきを得たのだし。」
「大事な、勇気もあることを伝えてくれてありがとう。そして、気づかせてくれてありがとう。あなたのことは変わらず愛してるわ。」
これは一言一句、私が息子に伝える思い全てで、それはきっとこれからも変わらないものだ。
子供にかける私の愛情が、揺るがない強いものだと、今目の前で息子は私に教えてくれた。
だから、私は、そのお返しを。
これからの人生で、性別を変えて人生をあゆむ息子に、私は、揺るがぬ愛情をあなた注いでいくことは変わらないのだと、どうか、知っていて欲しかった。
―――不変の愛
お題【ひな祭り】
長く、彼の隣を歩いてきて、その瞬間が来る時はハッキリとわかった。
覚悟とかいう名ばかりのものがなかった訳でもないけど、やっぱりそれは名ばかりと言うだけあって、現実を目の当たりにしてしまっては、そんな覚悟が私に安寧を与えてくれることはなかった。
隣に居続ければ、長年の願いが叶うなんて都合のいいことが起こることはなく、あっさりと彼は私以外の女性を選んで行った。
結局、私が長年持ち続けていた希望は、現実を目の前にしてあっさりと瓦解していくほどに、脆く愚かなものだった。
―――失恋
お題【たった一つの希望】
人間の欲というのはどうしてこうも尽きないものなのか。ほとほと疑問に思う。
五体満足で生まれてきたことを感謝して生きていくべきだとか説教臭いことを言う訳では無いが、自分も含めて人の欲はどうしてここまで貪欲で尽きないものなのかと、度々痛感せざるを得ないことが定期的に起こる。
自分のお隣とかいうものがいない時は、隣人を欲しがって、隣人という名の恋人を得た時には彼らから今まで以上の愛情を得ることを望む。
自分でも驚く程に、わがままで勝手な願いだとは思うが欲望を満たすためにすぐさま積極的な行動を起こす癖みたいな私の衝動的な行動はなかなか治らなくて、今現在も自分を困らせていた。
「なんでだろうねえ。」
もう、返事をすることの無い彼に問いかける。
こんな風な過ちを起こすのは何回目だろうか。
まぁ、数え切れないほどではない回数なのだろうけど、一回でも起こしてしまえば麻痺するように繰り返してしまうようになったから、数えることは辞めてしまった。
自分の潜在的な欲求というのは怖いものだ、四六時中私に構って愛してくれる彼が出来た途端にそれでは満たされぬと言うように、こんな過ちを何度も起こしてしまうのだから。
そんな考えに、でもしょうがないよというような気持ちが言い訳するように湧いてくる。
彼が出来うる限りの愛情を注いでくれるのなら、私はその愛を永遠に閉じ込めるために、彼の全てを手に入れたいと思うのだからしょうがないよと。
でも、自分の中でどんなに言い訳しても世間とか法とか言うのは私のことを決して許してくれないのだろうなと思う。
だから、私はいつも後悔するのだ。
動かぬ身体を処理する手間と自分の起こしてしまった失態の尻拭いが欲望で自分を突き動かしたことの行動と釣り合わないことに不満を抱いて。
そして最初に言ったように思う。
どうしてここまで人の欲望というのは尽きないものなのか、と。
―――狂人
お題【欲望】