私は私が嫌い。
たくさんの色の中で自分だけが孤立している感覚。
目に見えないのに心で感じてしまうそんな性別が嫌いだった。
小学生の頃から自分に違和感があった、性別に相応しくない服、色を言うだけで笑われ、そいつの思う正しいに直される。
どうせ傷ついてしまうなら、そいつらの正しいに合わせようと思って自分を殺した。
小学生の頃は異性に恋をした、中学生の時は同性の先輩や友達、高校では誰にも恋をしなかった。
分からなかった。授業では同性に恋することに背中を押すのではなく優しく慰めた理由が。
知りたかった。なぜ好きなように生きるだけで笑われてしまうのかを。
愛して欲しかった。偽りのない自分を。
教えて欲しかった。言った瞬間今までの態度を忘れたように傷付かせないよう振る舞ったことを。
友達の中の誰かが言った。みんなは男女どっちもいける?
沈黙が漂い誰か言えと言わんばかりの空気に耐えられなくなった私は口を開いてしまった。
私の放った一言でその瞬間一気に視線が注目した。
さっきまでの空気がより冷たくなった。でも後悔はしなかった。というかどうでもよかった。
どうして自分だけこうなんだろう、どうして私はみんなみたいに普通になれないんだろう。だから私は私が大嫌い。
「慰めてくるやつが1番嫌だったっ…理解があるようなふりをして1番理解してないから」
泣きながら呟いたその言葉は誰かに届くのでしょうか
待ちに待った大会、僕たちはこの日のために血も汗も、時には涙も流してきた。
悔しさで握りしめた手のひらから出た血。
練習の大変さも必死さも表した汗。
分かっていてもできないことの苦しみの涙。
そんな経験が僕たちをここまで登らせた。
努力が僕を裏切ろうが僕は僕を、仲間を裏切らなかった、信じ続けていた。
だからできる。大丈夫。絶対にできる。
幸せとは?
暖かい布団で寝れること?
誰も怒らせず静かに生きれること?
恐怖に勝つのではなくそもそも恐怖の原因を作らないこと?
幸せなんて人それぞれ、生きてるだけで偉いというアルコールに酔いジャンク品のように壊れてくそんな人生が幸せだっていうのもあれば
馬鹿でまぬけのレッテルをあえて貼るような馬鹿もいる。
私だって好きで生きてるわけではない、望んで産まれたわけでもない。
かと言って死にたいわけでもない、脳は常にフル回転なのに関係も解答欄も埋まらない。
過去を忘れようと思えば思うほど薬をやっているかのように楽になる分失う代償が大きかった。
未来があることの安心と踏み外せば落ちてしまうような綱渡りの状態が怖くて怖くて仕方がなかった。
見えている未来が見えなくなる気がして、思い出もなくしてしまうような気がして
やらなきゃなんて分かってる、でもできないの、
周りは出来るのに自分だけは出来るのにしない、
私とあの子は違うからなんて言い訳は自分が悪いということを再確認させるだけの言葉にしかすぎない。
確実に前に進んでいるのに、首に掛けられた紐が私を離してくれない。
そんな中で心は痛いのに体は嘘のようにまだ出来るなんて言い出すから、幸せ者だねなんて言われるんだよ。
見えない未来へ何を願うも何を期待しようも、結局叶えるのはサンタでも妖精でも神でもなく結局は自分自身なんだってこと。
心の境界線は歳を重ねるごとに厚く重ねられていった。
親への拒絶。
友人との亀裂。
恋人とのすれ違い。
社会への恐怖。
できない自分への恨み。
時間への執着。
そんな思いから逃げて逃げて逃げた。
気づけば分からなくなっていた。