誰にも言えない秘密
「ってもさ」
「ん?」
「誰にも言えないから、誰にも言えないわけじゃん」
「? まあ、そう、ね?」
「てことは誰かに言ったらもう誰にも言えない秘密なわけじゃないわけでさ」
「難しい話してる?」
「してない。お前が好きって話してる」
「それ秘密なの?」
「いや?」
「誰にも言えないことなの?」
「いいや?」
「じゃあ別によくない?」
「そう。別にいいんだよ。いいんだけどさぁ」
「俺も好きだよ?」
「そうだよね? 知ってる」
「なんかったの?」
「何もないの。なーんもないんだよ、秘密も何も、ないんだよ」
「あー、もしかして秘密を抱える男はカッコいい的なやつだ」
「そう! でもそれってさぁ! 誰にも言わないし、知られないからカッコいいわけじゃん? 秘密があるっぽい動きしたらダメじゃん? 違うじゃん? 難しくない?」
「やっぱ難しい話?」
「違うー!」
君と出逢ってから、私は・・・
「あ、懐かしい写真」
「それねぇ、お気に入りなの」
俺が手にした写真立てを横から覗き込んできた××は、けらけらと笑った。写真の中と変わらない笑顔が隣にあるのは変な感じだけど、考えてみればずっと××はこんな感じだ。
「この後食べた回鍋肉がさぁ、美味しくてさぁ」
「しばらくハマってたよな」
「そー。母さんにずっと作ってもらってた」
テレビ台に写真立てを置く。横には去年の誕生日に二人で作った謎の置物がある。一応シーサーを作ったんだけど、どっちもそこまで手先が器用じゃなかったので不思議な生き物になった。
「そういやシーサーってそのまま置くだけじゃ意味なかった気がする」
「え? そうなの?」
「なんだっけな、目覚めさせる方法がどうのって」
近くに置いていたスマホで検索をかける。
前まではこういうことは全部誰かに任せていた。××がぱぱっと調べているのを見てる間に「俺もスマホ持ってるんだよな」と思い出して、自分でも検索するようになった。今までもずっと持っていたのにね。
「塩かけたりするっぽい」
「へー?」
「片付け終わったらやるか」
おー、とゆるい拳を××が掲げる。
隣の部屋からうちへの引っ越しは変な感じだ。
「お昼は僕が回鍋肉作るからね」
「得意料理の」
「そー!」
ごろにゃん、とご機嫌な××が俺の頬にキスをして立ち上がった。まだ運んでいない荷物がある。××はうちから出て隣の実家に戻っていった。
残された俺はシーサーと写真立ての写真を撮る。同棲記念日、ということで何年か経ったときにこの写真を見たときにさっきの会話を思い出すのだろうか。
うん、そうだといいな。
大地に寝転び目を閉じる
100均で買ってきたレジャーシートを広げて寝転ぶ。さやさやと揺れる葉が辺りに影を作り、遠くを走り回る子どもの声が良い子守唄になる。リュックを枕にすれば貴重品が盗まれる心配もない。
はー、最高。素晴らしい休日の過ごし方だよな。
鳴り止まないスマホさえなければ。
正直気になる。ずっと気になる。なんでこんなに鳴ってるのか意味が分からないぐらい鳴っている。しかし今日の俺は休日だ。休みだ。責任者は別にいる。はずなのにリュックがずっと震えている。
考えなくねー……。電源切っとけばよかった。
つか俺じゃなくて出勤してるあの人に聞けよ。
心の中で悪態をついてもぶーぶーうるさいものはうるさい。
「はあー」
せめて誰から電話がきてるのかだけでも見ておくか。そう思って目を開ける。
俺の視界にあるのはでっかい木の枝や葉っぱのはずだった。しかしそこにあったのは人の顔で、俺は心臓が飛び出しそうなぐらい驚いた。
「はあ!?」
「やっと起きた〜」
へらへらと笑うのはマンションのお隣さんちの息子さんだ。瞬間、スマホのバイブが止まる。え? 俺のスマホ鳴らしていたの、君なの?
「おはよーございまーす」
「お、おはよう……?」
というか君、なんでここにいるの? ここ、高校じゃないよね? 学校は? 今日平日だよね?
「あは、おもしれー顔してる」
「えと……」
「昨日体育祭だったんだよ〜。今日はそれの振替〜」
「あー、そう、なるほど……」
上体を起こした俺を端に追いやった息子さんは、そのままレジャーシートに乗り込んできた。んん? 君?
「ヒマ〜って思って外見たら、お兄さん見つけたからさぁ」
「はぁ」
「ついてきてみた!」
にぱ、と笑う息子さんは楽しそうだけど、俺はイマイチ繋がりがわからない。
体育祭の振替休日は分かった。家の窓から俺が見えたのも分かった。平日の、出勤するには少し遅い時間に家を出ている俺を見るのは珍しく思うだろう。それも分かる。だけどそれで俺についてくるのは分からない。
な、何で?
がじがじとストローを噛んでいた息子さんがそれを俺に向ける。もうほとんど残っていない何かのフラペチーノは美味しかったのかな。
「飲む〜?」
「いや、飲まない……」
何が面白いのか息子さんはけらけら笑って寝っ転がった。んん? 添い寝かな? 大人一人で寝るには十分な大きさだったけど、そこにもう一人加わるとちょっと狭いぞ?
かといって彼をレジャーシートから追い出すのもできず、俺はリュックを少しずらして体を倒した。
「お兄さんはお盆どーすんの?」
「どうっていうのは……」
「出かける予定的な?」
「特にはない、かな」
「実家に帰る〜とかも?」
「ないねぇ……」
もうお盆の話? 早くない? まだ5月だよ? なんて考えながら、先週会った両親のことを思い出す。お盆ねぇ。わさわざそういう理由をつけなくても、電車で30分だからすぐ帰れるんだよなぁ。
「じゃあさ、俺と遊ぼーよ」
「んん?」
「お兄さんと遊びたい、俺。ね? いいっしょ?」
「ええ? 俺と?」
「そー!」
ごろり、と体を回して俺を見る息子さんはキラキラした目をしている。どういうこと? 俺のことからかってるとか?
「それか、今日、これから遊ぼ?」
「これから?」
「今日俺ヒマなの」
「うん、そうだね?」
「お兄さんの予定は? 公園で寝て、昼飯とかさ、行くっしょ?」
「行く、ねぇ……」
これは昼飯奢れって話かな?
んんー、と俺は唸る。別に息子さんに奢るのが嫌な訳ではないんだけど、何かこう、意味が分からないんだよな。何がしたいのか分からないというか。何がしたいって、俺と遊びたいって話なんだろうけど、それの理由が分からない。
俺と遊びたいって、何で?
唸りながら目を瞑る。
今日は天気がいいなぁ。風も吹いててちょうどいい。子どもたちも楽しそうに遊んでて、俺は仕事のことを忘れてのんびり過ごしてさ。
「んーふふ、俺も寝るね」
マンションのお隣さんちの息子さんが、レジャーシートでもお隣さんになっているのは何でだろうなぁ。
俺は考えるのを一回やめた。ひとまず寝る。今日の午前中は公園でのんびりしようと決めたのだ。息子さんは俺の答えを待ってくれるみたいだし、もしかしたら途中で飽きて帰るかもしれないし。
とりあえず、起きてから考えよう。そうしよう。
ありがとう
組んだ腕をするりと下ろす。解きはせずに指を絡める。俺を見上げたコイツは、それだけで終わりにしたようだ。
「焼き鳥がいい」
「いいね! 行きたい店があってさぁ」
「駅前のあそこだろ?」
「そう! 新しくできたじゃん? 割とお客さん入ってるみたいで」
「俺も気になってた」
雨が降ってる今日は少し空いているかもしれない。俺は××の肩に自分の肩をぶつける。ついでに体重も少しかける。信号を渡ればすぐに目当ての店だ。
テーブル席だろうか、カウンター席だろうか。
「ありがとな」
「んー? ふふ、幼馴染ですから」
「そういうもんかぁ?」
「腐れ縁ってそういうもんでしょ」
傘を叩く雨音が強くなった。信号が青に変わると、俺も××も何も言わずに大股の早歩きになる。
いちいち言わなくていいのは楽だ。
「メンマあるかなー」
「ほんと好きな、それ」
優しくしないで
「××〜?」
俺を呼ぶ声がする。
返事をしたいけど、したくない。俺がここにいるって知られたくない。公園の遊具の中に隠れているダサい姿を見られたくない。
分かっている。こんなところにいないで、さっさと家に帰った方がいいって。雨も降り出してきた。小雨のうちに帰った方が被害が少ない。
そう思っているうちにだんだんと雨粒は大きくなってきて、結局俺はここから動けなくなった。
いつもそうだ。
分かっているのに動けない。足が固まる。今回だってあんな最低なヤツ、とっとと別れた方がいいと思っていた。周りにもそう言われていたのに、ずるずると関係を続けてしまった。
その結果、他に本命が出来たからと捨てられた。
「あー、もうほら、帰ろうよ」
だというのに、コイツは何で俺を迎えにくるんだ。お前は関係ないのに。いつもそうだ。俺の愚痴を延々と聞いて、最後に「それでも好きなんでしょ?」と笑うのだ。
そうだよ、好きだよ。好きだから別れたくなかったんだよ。
「雨、強くなるよ」
周りがどれだけアイツのことを否定してきても、コイツだけは何も言わなかった。アイツのことを肯定することもなかったけど。
「帰る……」
「ん。立てる?」
差し出された手を掴む。
優しくすんなよ。好きになるだろ。
なんつって。
幼馴染のコイツだけは絶対ない。
「××?」
「なんでもねぇよ。あーあ、酒飲みてぇ」
「いいじゃん、飲も飲も!」
するりと組まれた腕は振り解かない。いつものことだからな。