大地に寝転び目を閉じる
100均で買ってきたレジャーシートを広げて寝転ぶ。さやさやと揺れる葉が辺りに影を作り、遠くを走り回る子どもの声が良い子守唄になる。リュックを枕にすれば貴重品が盗まれる心配もない。
はー、最高。素晴らしい休日の過ごし方だよな。
鳴り止まないスマホさえなければ。
正直気になる。ずっと気になる。なんでこんなに鳴ってるのか意味が分からないぐらい鳴っている。しかし今日の俺は休日だ。休みだ。責任者は別にいる。はずなのにリュックがずっと震えている。
考えなくねー……。電源切っとけばよかった。
つか俺じゃなくて出勤してるあの人に聞けよ。
心の中で悪態をついてもぶーぶーうるさいものはうるさい。
「はあー」
せめて誰から電話がきてるのかだけでも見ておくか。そう思って目を開ける。
俺の視界にあるのはでっかい木の枝や葉っぱのはずだった。しかしそこにあったのは人の顔で、俺は心臓が飛び出しそうなぐらい驚いた。
「はあ!?」
「やっと起きた〜」
へらへらと笑うのはマンションのお隣さんちの息子さんだ。瞬間、スマホのバイブが止まる。え? 俺のスマホ鳴らしていたの、君なの?
「おはよーございまーす」
「お、おはよう……?」
というか君、なんでここにいるの? ここ、高校じゃないよね? 学校は? 今日平日だよね?
「あは、おもしれー顔してる」
「えと……」
「昨日体育祭だったんだよ〜。今日はそれの振替〜」
「あー、そう、なるほど……」
上体を起こした俺を端に追いやった息子さんは、そのままレジャーシートに乗り込んできた。んん? 君?
「ヒマ〜って思って外見たら、お兄さん見つけたからさぁ」
「はぁ」
「ついてきてみた!」
にぱ、と笑う息子さんは楽しそうだけど、俺はイマイチ繋がりがわからない。
体育祭の振替休日は分かった。家の窓から俺が見えたのも分かった。平日の、出勤するには少し遅い時間に家を出ている俺を見るのは珍しく思うだろう。それも分かる。だけどそれで俺についてくるのは分からない。
な、何で?
がじがじとストローを噛んでいた息子さんがそれを俺に向ける。もうほとんど残っていない何かのフラペチーノは美味しかったのかな。
「飲む〜?」
「いや、飲まない……」
何が面白いのか息子さんはけらけら笑って寝っ転がった。んん? 添い寝かな? 大人一人で寝るには十分な大きさだったけど、そこにもう一人加わるとちょっと狭いぞ?
かといって彼をレジャーシートから追い出すのもできず、俺はリュックを少しずらして体を倒した。
「お兄さんはお盆どーすんの?」
「どうっていうのは……」
「出かける予定的な?」
「特にはない、かな」
「実家に帰る〜とかも?」
「ないねぇ……」
もうお盆の話? 早くない? まだ5月だよ? なんて考えながら、先週会った両親のことを思い出す。お盆ねぇ。わさわざそういう理由をつけなくても、電車で30分だからすぐ帰れるんだよなぁ。
「じゃあさ、俺と遊ぼーよ」
「んん?」
「お兄さんと遊びたい、俺。ね? いいっしょ?」
「ええ? 俺と?」
「そー!」
ごろり、と体を回して俺を見る息子さんはキラキラした目をしている。どういうこと? 俺のことからかってるとか?
「それか、今日、これから遊ぼ?」
「これから?」
「今日俺ヒマなの」
「うん、そうだね?」
「お兄さんの予定は? 公園で寝て、昼飯とかさ、行くっしょ?」
「行く、ねぇ……」
これは昼飯奢れって話かな?
んんー、と俺は唸る。別に息子さんに奢るのが嫌な訳ではないんだけど、何かこう、意味が分からないんだよな。何がしたいのか分からないというか。何がしたいって、俺と遊びたいって話なんだろうけど、それの理由が分からない。
俺と遊びたいって、何で?
唸りながら目を瞑る。
今日は天気がいいなぁ。風も吹いててちょうどいい。子どもたちも楽しそうに遊んでて、俺は仕事のことを忘れてのんびり過ごしてさ。
「んーふふ、俺も寝るね」
マンションのお隣さんちの息子さんが、レジャーシートでもお隣さんになっているのは何でだろうなぁ。
俺は考えるのを一回やめた。ひとまず寝る。今日の午前中は公園でのんびりしようと決めたのだ。息子さんは俺の答えを待ってくれるみたいだし、もしかしたら途中で飽きて帰るかもしれないし。
とりあえず、起きてから考えよう。そうしよう。
5/4/2023, 1:52:52 PM