十一日目 たとえ間違いだったとしても
ぼくは、間ちがって生まれてきたそうです。本当は生まれてくるはずじゃなくて、ちゃんとぼくが生まれないように、がんばったのに、生まれてきちゃったそうです。
弟の部屋を片付けていると、こんな紙が出てきた。それは、もう何年も昔のもので、弟が小学生の頃の宿題だった。ところどころ涙で濡れて、よれている。本当に酷な話だ。
弟の人生は、間違いから始まった。避妊は完璧だったらしい。しかし妊娠してしまったとのこと。発覚した頃には、既に堕ろすことができない程成長していた。ならばと親が望んだのはやはり女の子だった。しかし生まれてきたのは男の子で、両親は大きく肩を落とした。
親にはあまり愛されていなかった。しかし数年前、学生時代から付き合っていた彼女と結婚し、遠くの街へ出ていった。私も弟をちゃんと愛していた。
彼の人生がたとえ間違いだったとしても、私達は決して間違いとは思わない。
十日目 雫
街の喧騒をいつしか離れ、すれ違い様に傘を閉じる。湿った空気に包まれながら、何となしにベンチへ腰掛ける。猫の鳴く声、人の足音、風に揺れる木々、降車する人々。
ぼんやりと、何かを待っているような気になる。
足元の小さな水面が揺れるのを見て、ふと顔を上げると、屋根からまた一つ、雫が落ちようとしていた。
九日目 何もいらない
今年も彼女は、一日中僕を連れ回す。こんな言い方では聞こえが悪いかもしれない。しかしそれは、彼女が僕を想っての行動である。
彼女が毎年同じ日にこうして僕を連れ回すのは、とあるデートから始まった。というのも、その日は僕の誕生日で、彼女が「誕生日プレゼントは貴方に直接選んでもらいたい」と言ったからだった。しかし僕は、こともあろうに「何もいらない」と答えた。その言葉が彼女の気に障り、意地でも祝ってやる、と夜まで様々な店に連れ回された。
それから来る年も来る年も、「何もいらない」という僕の誕生日に、どうにかして祝ってやろうと必死になりながらも試行錯誤しているのだ。
本当に、"君意外"、僕は何もいらないというのに。
そう思いながら、今日も必死な彼女の顔を愛おしくみつめる。
八日目 もしも未来を見れるなら
君はどうする、そう訪ねたのは彼だった。
あの時、私はなんて答えたのだろう。あまりに判然としない記憶は、まるで夢のようだ。帯びていたはずの現実味も、今はもう微かにしか残っていない。思い出そう、思い出そうとする度に思い出せなくなり、段々と焦燥を駆り立てられるようになってくる。
当時私が答えた言葉はやはり分からないが、どうせくだらないことを言ったのだろう。それを聞いて彼は声を上げて笑って、そんな彼の姿を見て私も嬉しくなったことをハッキリと覚えている。
もう何十年も昔のことだと言うのに、何度も反芻してしまっている。来世もまた、彼とそうやって過ごすことができるのだろうか。
もし未来を見れるなら、私はそんな素敵な未来が見たい。
七日目 永遠なんて、ないけれど
綺麗に晴れた青空、心地よく吹く風、無邪気に笑っている友達の明るい笑い声。僕は、今の人生が楽しい。楽しくて楽しくて仕方がない。
こんな日常がこれからもずっと続けばいい、そう思っている。このまま時が止まってしまえばいいのに、なんて思うくらいに今この瞬間瞬間を愛おしく感じている。
いつか大人になってしまう時が来ることは忘れて、今はこの愛おしさを噛み締めていたい。