【流れ星に願いを】
星を見ていた。あまりに良い夜だったからだ。理由なんてただそれだけで、彗星が見える夜だとは知らなかった。知る必要もなかったのだろう。知っていたところで、掛ける願いごとなんてわたしは持ち合わせていなかった。
あなたはどうだったのだろう。不意に流れたひとすじに目を瞠ったあなたは、どうだったのだろう。何か願いごとがあるのなら、あなたと一緒に祈ってみたかった。叶えたい何かがあるのなら、一緒に追いかけてみたかった。あなたは何も言わず、ただ星を眺めていたけれど、その心のうちは。
……あるいは、それこそがわたしの願いだったのかもしれない。流れ星に願うことなく、だからこそ叶わなかった、わたしのちっぽけの願いだったのかもしれないと、ふと、星空を見上げながら、思う。
【ルール】
あなたがくれた写真をアルバムに綴じるのはわたしの趣味であり、そうして綴じた写真はアルバムから出してはいけないと決めていた。指で触れれば触れるほど、写真の中の思い出が汚れていく気がした。アルバムから出してしまえば最後、どこかになくしてしまう気がした。
それが杞憂だったと気付いたのは、今になってようやくだ。封筒に詰め込めるだけ詰め込んだ写真達は、わたしがそうしている限りどこにも消えない。触れたところで、あなたの思い出が汚れるはずもない。くだらないルールを破ってようやく、わたしはあなたがくれたものにもう一度触れる。艶やかな光沢紙にはどんな温度もないけれど、あなたが纏う香りがほんのわずかに残っている気がした。
【今日の心模様】
なんにも上手くいかない日というのがたまにあって、そういう時はひとりのほうが楽だった。ベッドに潜り込んで、体を丸めて、時間が過ぎるのをじっと待つ。その間に寝てしまってもいいし、起きていてもいい。
まるで嵐が過ぎ去るのを待つかのようにじっとしていれば、いつかあなたがやってくる。その頃には、きっと、少しは楽になっているし、ひとりじゃなくてもいいと思えるようになっている。こんな狭い世界ですら上手に振る舞えない事実を飲み込んで、あなたにそっと微笑むことができる。荒れ模様が過ぎ去ればそんなものだ。つまりは、わたしの心なんてしょせん、そんなものだった。
【たとえ間違いだったとしても】
何も間違ってはいないさ、と嘯いたあなたに、わたしは何も答えなかった。ひとことでも言葉を発したら、抱きしめた体が離れていく気がしたからだ。
鼻先をうずめれば澄んだ香りがして、ああ、あなたはこんな香りがするのだと、服の端を強く掴む。手触りの良い生地も、その一枚隔てた先にある肌の温度も、知ろうとすればいつだって知ることができたはずだった。それをしなかったのはわたしの過ちだ。こんな時になってようやくあなたを知ろうとしたわたしの、一番の過ちだった。
何も間違っていない、とあなたは言った。それこそが間違いみたいなあなたの慰めに、わたしは、それでもいいやと小さく泣く。あなたはそう言うけれど、わたしは、もう、何もかも間違っていても、それで良かった。
【雫】
強い雨が窓に打ちつけるような荒天が好きだった。明瞭なはずのガラス越しの景色が歪んで曖昧になる、その様を眺めるのが好きだった。よく飽きないものだとあなたはよく呆れていて、わたしはそんなあなたの声を聞きながら、窓のそばに座り込み、嵐が過ぎ去るのをじっと待っていた。
そういう日々を、思い出す。やってきた嵐に耐える窓ガラスの上を、数えきれないほどの雫が滴っていく。不意に泣きたくなったのは、そうやって眺める景色の寂しさと空しさを知ってしまったからだ。わたしひとりで眺める荒天の世界は物悲しく、いつだって言い表せない不安に満ちている。ぽつり、ひときわ大きな雨粒が床に落ちた。背後からあなたの声は、聞こえない。