作品64 どんなに離れていても
数年たった今でも思い出せる。あの人との記憶を。どんなに離れていても、あの人を忘れることは絶対にない。
あの人はクラスだけじゃなく、学校中の人気者だった。常に周りにはたくさんの人がいて、いつも笑っていた。頭も良くて、運動も得意で、顔も良くて、スタイルもいい。悪いところを探そうとしたら逆に良いところしか出てこないような、本当に完璧な人だった。
だからあの人が私に話しかけてくれたとき、世界がバグったのかと思った。私なんかがあの人と関わっていいはずがない。そう思う反面、みんなの憧れと近づけたのが嬉しくて、話しかけられる度上がる口角を隠すのに必死だった。多分、あの人にはバレていただろうけど。
一応言っておくが、恋仲だったわけじゃない。ただ、何をしても完璧なあの人に純粋な憧れを抱いていた。本当に馬鹿で笑える。
逆に、あの人が私をどう思っていたかは知らなかった。今となっては知らなければよかったと思ってる。
あの人に抱いていたこの気持ちが反転していったのは、仲良くなってから半年経った頃だっただろうか。
突然、クラスの人に無視され始めた。私は別に陽キャだったわけじゃない。だけどそれなりにクラスの人と仲が良かった。その全員から、無視され始めた。
無視の次は物を隠された。特にひどかったのは体育の時間で、ありがちなジャージは隠されなかったけど、外に行くときだけ靴を隠された。放課後になると下駄箱に戻っているせいで、先生にはいじめじゃなくただのサボりだと思われ、いつも怒鳴られていた。
だけど私は変わらず学校に通った。クラスの人にいじめられるのは辛かったけど、あの人だけは変わらず私に関わってくれていたから、何とかやっていけた。
あの人だけが私の救いだった。
というのはあの人を慕っていたときのただの願望で、実際は違う。
実際はあの人だけが私を無視し始めた。クラスの人は私を哀れんでいたけど、面倒なことには関わりたくないのだろう。救おうとはしなかった。先生も面倒くさがって、相手にしてくれなかった。一人で食べるお弁当は味がしなかった。
靴を隠したのは、あの人のことを恋愛的な意味で好きな人たちが実行していた。命令したのは他でもないあの人。クスクスと笑う声と先生の怒号が、今も耳にこびりついている。
当然戸惑った。私、あの人に何かしちゃったのかな。謝らなくちゃ。そう思ってあの人に何度も話しかけようとした。そのたびに無視された。
数日経つと、クラスのみんなが私を無視するようになった。彼らはいじめようとかそういうつもりは一際なく、あの人がやっていたから仲良くなりたくて一緒にやったらしい。悪意はなく、非日常なあの状況を楽しんでいただけらしい。学校をやめるとき、とどめを刺すかのように先生が私に伝えてきた。話し終わると先生は、やっとめんどくさい問題が無くなったと小声で言い、笑ってさよならを言った。
事の始まりであるあの人にも、クラスの人達にも、先生にも。あいつら全員に殺意を抱いた。
一度、あの人が私についてどう思ってるか喋っていた会話を聞いたことがある。内容はしっかり聞き取れた。そのはずなのに思い出せない。思い出そうとすると、体が冷たくなって動かなくなり息がしづらくなる。周りの音もぼやけて聞こえなくなる。心音だけうるさくなるから、これは夢じゃなく現実なのだと知る。
そして今でも悪夢を見る。あいつらが笑っている夢。息ができなくなって、目が覚める。何年経っても苦しいのはなくならない。あの場所から離れたとこに逃げても、夢は消えない。
数年たった今でも思い出せる。あいつらとの記憶を。どんなに離れていても、あいつらを忘れることは絶対にない。
報いを受けることを、いつも願っている。
苦しくない夢をいつか見れると信じてる。
作品63 フラワー
初めて野生以外の花を見たのは、あの人の葬式だった。
黒い部屋の隅っこに居るのに不思議と目を引く、棺と同じくらい白い花達。白い花に囲まれた少し肌の黒かったあの人の姿は、ひどく恐ろしく、同時にこれまで見た中で一番美しく思えた。
だからなのだろうか。
知らない男性が泣きながら何かのボタンを押し少し時間が経ったあのとき。あの人だったものが真っ白の塊になり、白い花達が燃えてただの真っ黒の炭になったそれらを見てしまったとき。
匂いのせいか。又は死の中に見えた生々しさのせいか。
それとも、美しかったものが反転してこんなものになってしまったせいか。
白くなったあの人と知らない大人たちの前で、私は吐いてしまった。同時にあの美しさとあの人を亡くしたという悲しみが、私の目から涙となりこぼれ落ちた。
あれ以来、白い花を見るのが怖くなっている。
作品62 もう二度と
心地よい揺れのせいで気づけば寝ていた。いつのまにか目的地のバス停まで、あと2つだ。身体を控えめに伸ばし、軽くストレッチをする。寝起きはどうしても体が思ったように動かない。
1つ、バス停を通り過ぎる。バスの中には自分しかいなかった。スーツケースを手に取り、リュックを背負うとしたところで、カードに残金がなかったことを思い出し、財布から小銭を取り出した。
バスが止まる。立ち上がり、運転手に軽く挨拶をしてから降りた。
空気が、澄んでいる。煙みたいな臭い匂いなんか全くしない。バスが走って行った。もう一度深呼吸を。
何年ぶりの地元だろう。最後に帰ってきたのがまだ高校生だったから、かれこれ6年くらい前か。
うっすらある記憶を頼りに、歩き出す。
しばらくして、中学の頃毎日のように歩いていた小さな分かれ道が見えた。分かれ目にある小さな石の祠には、今も変わらず水と花が供えられてあった。まだあの婆さん生きてるんだな。なんだか少し、ホッとした。
また歩き出す。
しばらくして、小さな商店街が見えた。あそこではよく、学校からの帰り道にアイスだか駄菓子だかを買って友人達と一緒に食べていたな。なんとなく懐かしく思い、寄ってみることにした。
だが、ほぼすべての店にシャッターが降ろされていた。あのアイスのお店は、まだやっていた。けどなんだか少し、寂しくなった。
もう一度歩き出す。
制服を着た数人とすれ違った。思わず足を止めて、振り返って見てしまう。昔の自分たちを見ているようだった。
すぐにまた歩き出す。
どこに向かってるのかは、わからない。多分、昔住んでいた家へ向かっているのだろう。誰も住んでいない、あの家に。
数日前、中学の頃の友人から地元に帰ってくるよう誘われた。どうせ就職すれば会うことは少なくなるんだし、せっかくだから思い出づくりに会おうよと。
深く考えずに、それにのった。
歩き続けていると、昔住んでいた家が見えてきた。その家の前で、立ち止まる。
数年間誰も住んでいないからか、草がぼうぼうに生えてお化け屋敷のようになっていた。胸がひどく、締め付けられたように感じる。
時計を確認する。友人と会う約束の時間までに、まだ時間はあった。
しばらく考えてから、スーツケースとリュックを道に置き、スマホのライトを点けて家の中に入ってみることにした。
玄関の扉を開ける。
その瞬間、あのときの思い出が一気に蘇ってきた。引っ越すときに捨ててしまったからもうないけど、玄関のここのところには、家族の写真が置かれていたな。その場所をなでても、ホコリしか手につかなかった。
小声でただいまと言い、奥に進む。リビングの端の柱には、毎年測っていた身長の線が、まだ残っていた。あの人の優しい字で、その日の日付が書かれている。そこに手を置くと、優しく頭を撫でられたあの感覚と光景が、目の前に広がった。
だめだ。これ以上は見れない。これ以上は、思い出したくない。逃げるように家を出た。
家を出るときにいつも聞こえていたあの人のいってらっしゃいの声は、当然しなかった。
何もしたくなくなって、家の外でうずくまる。何分か経った後に、友人の歩いてくる足音がした。立ち上がり、服についた泥を払う。泣いていたことに気づき、涙を拭い鼻をかんだ。
向こうから友人の声がした。やっぱりここにいたと言う、懐かしい声。久しぶりと笑い合いながら、歩き出す。ちゃんと笑えているかだけが不安だった。
もう、あの頃には戻れない。
空気の綺麗さに気づかなかったあの頃にも。みんなと寄り道し合ったあの頃に。制服を着ながら大人に反抗したあの頃にも。あの人が側に居てくれたあの頃にも。心の底から笑えていたあの頃にも。
子供だったあの時には、もう二度と戻れない。
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あの人=家族(母や父のイメージ)
あの人はもう亡くなっていて、亡くなったことにより主人公は引っ越ししたという設定です。
特にこの物語に意味はないけど、地元を離れてからもう二度とあの頃には戻れないんだなって何度も思うようになって。たまに帰ったときに、街の微かな変わり具合が、おかしなほど強く寂しく感じさせてきて。そういうのを書きたいなと思い、書きました。
自己満足のためだったんで、あまり他人に読ませる気のある文章ではないと思います。
作品61 花の香りと共に
そんな急に花なんて洒落たもの渡されたって、反応に困りますよ。えーと、とりあえずありがとうございます?でいいですか。ワーウレシー。
え?匂い?
あー……すごくいい香りです。
なにこれなんて名前の花?……分かる訳ありませんよ。あたしゃ花なんてたんぽぽと桜ぐらいしか知りません。
かすみ草?
……聞いたことはあるんですが、名前通りの見た目ですね。付けた人はなんて安直な人なんだ。あ、いえ、すごく素敵だと思いますよ!ほら、他の花といっしょにしたら引き立て役になりそうで!
……すみません、正直地味な花だと思いました。
匂い?さっきも言ったじゃないですが。とてもいい香りだと思いますよ。甘くていい匂いです。
……違う?違うって何が?
……臭い?
こんなちっちゃくて可愛らしくて無害そうな花が?臭い?何言ってるんですか。そんなわけ無いでしょ。
……本当に?嘘じゃなくて……?
うっわまじかよ今回も外れかよ!花といえばいい匂いに決まってるでしょ!しかもこいつめっちゃあおってくるし。
ったく、お前って、まじでくそやろ……。あー、あなたって人はほんっと、良い趣味してますよね。いえ何も言ってません。その拳をしまってください。
それで?どうして急に花なんて渡してきたんですか?嗅覚がちゃんと機能していない人に。嫌味ですか?あなたらしいですよね。
花屋さんでいいにおいのする花があったからそのブーケを頼んだら、なぜかそんなに好きじゃない花もついてきて、いい匂いする花の香りと一緒に臭いのがあるの嫌だからついでだし押し付けたって……。クソ野郎だな。あ、ごめんごめんごめん冗談だって冗談。おいまてまて殴るのはやめ
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嗅覚障害者による、とある日の匂い当てゲーム
剽軽な口調のキャラを書きたかっただけなのに、面倒くさくなって台詞だけのやつになりました。一番読みたくないタイプの書き方。
投げやりになったんで題名に全然沿ってません。
ま、いっか。
作品60 秘密の場所
生まれたときから、本に囲まれ過ごしてきた。親の教育方針だ。ゲームはしてはいけない、外で遊びすぎてもいけない、テレビを見てもいいけどアニメはだめ、漫画を見ちゃだめ。全部害になるから。どんなに疑っても、ぼくらは親の言うことを聞かなきゃいけない。
だけど、本だけは害にならないから許そう。
どうせ頭の悪いあいつらは、そういう考えだったのだろう。今思えば、なんてひどい縛りだったんだ。けれど、親が全てだった幼いころのぼくは、言われたとおり、読書だけを唯一の遊びとして育った。
そして、学校で浮いた。
流行りのゲームを知らないやつ。アニメを知らないやつ。漫画を見たことのないやつ。外で遊んでくれないやつ。
そのくせして、本しか読まないで、周りと関わろうとしない、変なやつ。変なやつ。近づくな。同じく変になる。
そうやって避けられ異物扱いされた。そうしてぼくは、人のいる場所に行くと、唯一の逃げ道である本の世界に隠れるようになった。親はそんなぼくを、見て見ぬふりした。
中学卒業を目前とした冬のある日。ぼくの街出身の小説家が芥川賞を取ったというニュースが、少しの間だけだが話題になった。その人と同級生だったという両親はもちろん、街に昔から住んでいる大人、学校の先生はもちろん、その人を初めて知ったはずの学校の人や、本を読まない人たちも、何故かみんなが喜んでいた。
それを見て、理由はわからないけど何となく、気色悪いなと思った。
高校生になると、スマホを買ってもらった。その時初めて、スマホを触った。不慣れでありながらも何とか使い方を覚えようと、暇な時間があるたびスマホをいじるようになった。
そしてある日、それを見つけた。
それを敢えて分けるとしたら、純文学とでもいうのだろうか。それはただの短編小説だった。小説家希望の一般人が書いたものだと、あとで知った。読んでて、日本語の使い方や言い回しに少しだけ違和感があった。僕と同じように読んだ人であろうものからは感想欄で、駄作と評価されていた。実際そうだ。
なのになぜなのだろう。今まで読んだ小説の中で一番心が惹かれた。初めて、心の底から文字が美しいと思った。
その時になってやっと、小説に恋することができた。
そして思ってしまった。
だけどそんなこと、言えない。言うことができない。言ったらきっと、馬鹿にされる。
小説が書きたいだなんて。
子供の恥ずかしい夢って、嘲笑われる。せっかくこの数年間、周りと感覚を合わせようと頑張ってきたのに、すべてが台無しになってしまう。言うな。言ったらだめだ。
そんなの分かってる。
なのに、この気持ちが抑えきれない。抑えたくない。
それならば、いっそのこと。
ぼくの、僕のこれを、くだらないガキの夢だと。一種の若気の至りだと嘲笑ってくれ。好きなように、指を指してくれ。
だからどうか今だけでいいから書くのを許してくれ。
やっと恋したんだ。やっと、この思いに正面から向き合えるんだ。やっと、みんなの望むぼくに反抗できるんだ。
やるだけやって、諦めがついたらやめるから。僕になる場所はひとつだけにするから。
この場所だけが、僕の秘密の場所だ。
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半分実体験、半分フィクション。
許してくれ。