かも肉

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3/2/2025, 11:04:38 AM

作品59 誰かしら?



 一方的に電話が切られる。
「……誰かしら?」
 しばらく考えてからやっと、あなただとわかった。

 久々にあなたから電話がかかってきた時、一瞬誰だかわからなかった。公衆電話からだったんだもん。でも、声で思い出せた。私と話すときだけ、少し声が上ずっちゃうあなたの癖。最後に会ったときと全然変わってなくて、本当驚いた。
 今、どこにいるのだろう。電話はすぐ切られちゃったけど、この街で動いてる公衆電話といえばたった一つしかない。電話を切られてからものの数秒で、居場所はわかった。
 きっとそこに向かえば、あなたに会える。
 そう思って、タバコの匂いがついたジャンバーとスマホを手に取り、それ以外は何にも持たず、外へ飛び出した。外は少しだけ、寒かった。

 数分かかって、目的地に着く。いつもならもっと早くついたのに、今朝降った雪のせいで遅くなってしまった。そのせいか、目当てのあなたはいなかった。まあ、そうよね。こんな時間経ってるんだもん。居たほうがおかしい。
 その場にしゃがみこんで、荒くなった息を整える。久々に走ったから、体中が痛い。なんとなく、時間の流れとか、老いみたいなのを感じる。
 息を深く吐いて、深く吸う。頭に酸素が行き渡る。何度も何度も繰り返す。心臓を落ち着かせるにはこうしたらいいって、あなたが教えてくれた。
 おかしいな。
 あなたを思い出す事なんて、今まで全くなかったのに。きっと、声を聞いたからかな。
 しばらくしてから立ち上がる。
 落ち着いたらなんだか、無性にタバコを吸いたくなってきた。癖でジャンバーのポケットに手を入れる。手探りで探してみるが、見つかったのは予備のライターだけだった。
 ああそうだ。タバコ、やめようとしたんだった。ちょうどいいタイミングだったから。だけど、どうしよう。
 ……今日ぐらい、吸っちゃうか。
 いつもは決めたことをちゃんと守るけど、今日だけはなぜか、破ってしまおうと思った。
 頭の中で地図を開く。たしか近くにコンビニがあったはず。そこで買おう。
 喫煙所は?
 あそこしかない。
 財布の中身を確認しながら、ゆっくりと、歩き出した。

 ドアが自動で開く音。ありがとうございましたーという店員さんの機械的な声。
 欲しかったタバコはなかった。当然だ。あのタバコはもうとっくの昔に製造終了していて、買いだめもつい先日無くなったから。だから、やめようとしたんだ。あのタバコ。昔の淡い思い出が詰まってて、好きだったのにな。
 少し、寂しくなった。

 タバコと一緒に買った、ラスト一個だった肉まんを食べながら、喫煙所に向かう。
 この街唯一の喫煙所。
 全く、喫煙者には肩身の狭い世の中になったものだ。タバコの値段はどんどん高くなり、吸える場所も限られ、何故か若者からはかっこつけだと嘲笑われ。
 ほんと、嫌な世の中だ。これのおかげで生まれる縁があるってことなんて、みんな忘れてしまったのか。あなたと出会ったのも、これがきっかけなのに。なんか、悲しいな。
 そうこう考えている間に肉まんはなくなり、気付けば喫煙所についていた。
 副流煙だか文句言って作ったくせして、この喫煙所には天井はない。ただ、隔たりだけがある。果たしてこれに意味はあるのだろうかと、見るたび疑問に思う。まぁいいか。さっさと吸って、さっさと帰ろう。
 立ち止まって肉まんのゴミをレジ袋に入れ、タバコとライターを手に取り、喫煙所に近づく。
 ふと、中から煙の匂いがした。不思議なことに、何度も何度も吸った、もう売ってないはずの、あのタバコの香りに似てる。まだ買い溜め持ってる人がいたんだな。羨ましい。
 そういえば、たしかあなたもこのタバコ好きだったな。懐かしい。
 もしかして、中にいるのがあなただったりして。
 そんなことが脳裏をよぎった。そんなわけ無い。だけど、せっかくだ。試してみよう。
 中に入ろうとした足を止めて、一度外のベンチまで出る。スマホを取り出して、電話をかけてみた。
 プルルルル、プルルルルとなる、電話の音。一回、二回、三回……。六回目のコールで、その音は途切れた。

 『もしもし?』
 その声は、電話の向こうからも喫煙所からも聞こえた。驚いて、一瞬声が出なかった。
 中にいるのは、紛れもなくあなただ。
 何を言おう。とりあえず、同じように返しとくか。
 「もしもし。」
 電話の向こうから、息を吸う声が聞こえた。驚いて声が出ないと見える。私と同じ反応だ。そんな反応してくれたら、ちょっとだけ嬉しくなっちゃう。
 電話をつなげたまま、喫煙所へ入る。そこには一人だけ、スマホを持つ手が震えている人がいた。後ろ姿だけど、間違えるはずがない。
 間違いなく、あなただ。
 「びっくりした?」
 精一杯、声に感情を乗せる。あの時みたいな若々しい声を。
 「さっきのお返し。」
 あなたが振り返った。
 「久しぶり。」

 次にあなたが発した言葉は、久しぶり!でも、驚いたよ……でも何でもなく、
「あっつい!」
だった。すっかり短くなったタバコの火が指に伝わったらしい。思わず笑ってしまう。
 嗚呼。この空気。この空間。この反応。
 懐かしいな。あのときと全く変わらない。
 匂いも場所も話し方も、何もかも同じ。

 「さて、私は誰かしら?」
 ちゃんと、覚えてくれてるかな。

⸺⸺⸺
作品57 君の声がする
より、君目線

メモったやつを載っけてたと思ったけど載っけてなかったぽいので、お題に合うようちょっと書き変えました。分かりにくくなってるかもです。
そもそも論、この話単体では分かりづらいと思います。許してください。

2/16/2025, 10:59:31 AM

作品58 時間よ止まれ


あんたはとびっきりの不幸の中で。
私達はぬるま湯の幸福の中で。
君は優しい幸福の中で。

それらが重なるほんの一瞬に誰かが言ってる。
時間よ止まれ、と。

2/15/2025, 12:08:41 PM

作品57 君の声がする


 長いコール音のあと、君の声が聞こえた。
 何を話そうとしたんだっけな。久々に君の声が聞けた喜びで、頭の中真っ白になっちゃった。
『もしもし?どちら様ですか?』
 電話の向こうで、君が訝しげに聞く。語尾だけ少し上がる君の喋り方。全く変わってなくて、嬉しくなる。嗚呼なんて懐かしいんだ。
「失礼。間違えました。」
 そう言って、電話を切る。元より、喋ることなんて一つもなかった。声が聞けただけ充分だ。
 しばらく受話器を見つめる。あーあ。この一瞬で十円、無駄にしちゃったな。まあ、いっか。君の声が聞けたんだし。
 ガラスで囲まれた小さい箱の扉を開ける。
 少し歩いてから、この街唯一の喫煙所に入った。胸ポケットからタバコを取り出し、ライターで火をつける。もうそろそろ三年になるのか。なんとなく吸い始めて、気づけば離れられなくなっていたタバコ。
 でも今日でやめられる。いつも吸ってるこれはもうすでに、作られていないからだ。
 これが買い溜めの最後の一箱。多分だが、この世に存在する最後の一箱。

 思えば君と喋るきっかけになったのもこれで、出会った場所もここだったな。
 吸ってるタバコの種類が同じ。ただそれだけだったけど、それが妙に特別嬉しく感じて、出会ったばかりの君が愛おしくなるまでに、そんな時間はかからなかった。
 煙を軽く吸い、深く吐く。そして鼻から息を吸う。君のタバコの吸い方。今でもつい、真似してしまう。これをすると周りの匂いがよくわかるって、君は教えてくれた。今吸った街の匂いは、少し煙臭かったよ。
 これはタバコの匂いなのか。それとも記憶の中の匂いなのか。そんなこと分からないし、どっちでもいい。どちらであろうと、意味はない。

 気づくと指に熱さが伝わるほど、タバコは短くなっていた。
 最後の一吸いを深く吸う。煙を吐く。そして。
 君を想って、息を吸う。
 周りの匂いはやっぱり煙臭くて、何となく君の香りに似ていた。

 やること全てに、君を感じてしまう。未だに、君の匂いが忘れられないんだ。君の声が忘れられない。君の体が忘れられない。君のことが、忘れられない。
 君との思い出は、いくら色褪せても美しすぎる。

 ふと、コートのポケットから着信音が聞こえた。確認すると、知らない番号からだった。いつもはでない。だけど、今だけ出てみようと思った。
「もしもし?」
 しばらくしてから、同じような言葉が返ってくる。
『もしもし。』
 途端に声が出なくなった。
 どこからか君の煙の匂いがし、
「びっくりした?さっきのお返し。」
 スマホから、そして隣から、

「久しぶり。」

 君の声がした。
 タバコを持った指先が、熱くなった。


⸺⸺⸺
タバコ吸ったことありません。未成年なので。
タバコ実物で見たことありません。家族誰一人吸ってないので。
いつだかニュースで、なんかの銘柄が製造終了になるってのをみて、タバコ関係書いてみたいなって思ってました。満足也。

2/6/2025, 12:17:55 PM

作品56 静かな夜明け


 まだまだ布団とじゃれ合っていたけど、日がそろそろ昇ってしまう。観念して布団から出ていくか。
 そうして、床に足をつけた瞬間、冷たくて悲鳴を上げてしまった。びっくりするほど冷たい。床が氷のようだ。
 しばらくそこに突っ立って、寒さに足を慣らした。慣れたら歩き始める。
 パーカーをパジャマの上から羽織り、キッチンに向かった。
 さて、今日を始める準備をしますか。
 まず、お湯を沸かす。その間にポットに茶葉を入れておく。しばらくしてお湯が沸いたら、空のコップとポットにお湯を注ぎ込む。しばらくポットの中を蒸してから、コップの中に入れたお湯を捨て、そこに茶を注ぐ。
 紅茶の完成だ。やはりこれがなければ、一日は始まらない。
 それをすすりながら、窓へ向かった。ここから見る庭はとても綺麗で、この家を買ったときの決定打になった程だ。今日はどんな景色かな。期待してカーテンを開けた。
 そしてその光景を見て、絶望する。通りで寒いわけだ。
 「はぁ……雪かきしなくちゃな……」
 ちょうど太陽が昇り、屋根から雪の落ちる音がした。
 絶望の一日がはじまる。


⸺⸺⸺
雪かきにはトラクターがいいです
雑なのは毎度おなじみとして、ただ今テスト期間中なので今回は特にお許しを

2/4/2025, 12:36:51 PM

作品55 永遠の花束


 「僕が見た花の中で一番君に似合うと思った花を、君にこの気持ちを伝えるたびプレゼントするよ。」
 あの人から贈られた花と共に、貰ったその言葉。あの人なりの、精一杯の愛の言葉だったらしい。らしからぬ行動だったから、驚いて声が出なかった。
 一輪だけ綺麗に包まれたその花は見たことのない花で、ふっくらとした花びらには真っ青な色が付いていた。南の花のように見える。匂いは、少しだけツンっとしていた。
 あの人の方を見ると、何かして欲しそうな顔をしていた。恐る恐る頭にその花を近づけ、髪飾りのようにする。
 あの人の方を見ると、嬉しそうな顔をしていた。これが正解らしい。
 「……ねえ、どう?」
 沈黙も気まずいのでそう言い彼の目を見ると、あの人は眩しそうに目を細め、
「似合ってるよ。すごく。」
そう言って私を抱きしめた。
 「僕ら永遠に一緒にいようね。」
 その言葉に濁りは感じられなかった。
 それが分かるとなんだか怖くなって、思わず窓の方に目をやる。そこにはカーテンが閉まった窓があった。
 ここに来てからずっと閉まっているカーテン。
 今が夜なのか朝なのか、今日が何日なのか、季節は何なのか。
 私には、それすら知ることを許されない。
 
 記憶にある限り、私が最後に見た花は、そこら辺に生えてる黄色い小さな花だった。名前は知らないが、色合いが好きで、見つけるたびについ足を止めていた。
 この記憶だけは、彼には汚されたくない。
 そして願う。
 もし叶うなら、もう一度あの花を、あの場所で見たい。

 あの日から毎日毎日繰り返される、”永遠に一緒”という言葉。その度に花を渡される。数を重ねるごとに本数は増えていき、立派な花束になっていった。それに比例して、私と花の記憶が汚されていく。
 今日もらった花は、黄色い小さな花。それは私の好きな花で、私が最後に外で見たあの花と全く同じものだった。
 とうとうこれもか。
 花を眺める。その瞬間、嫌な考えが頭に浮かんだ。
 まさかと思い、顔を上げあの人を見る。その顔は気持ち悪いほど、笑っていた。それを見てこの考えが間違いではないと分かり、絶望する。

 あの人に話しかけられた日から。
 腕を強く掴まれた日から。
 この家に閉じ込められた日から。
 愛してると言われ汚された日から。
 すべてを諦めた日から。
 今日で、
 「おめでとう。僕と結ばれて今日で一年だよ。」
 これからも永遠に一緒だからねと言ったその声が、耳にこびりついて離れなかった。

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