かも肉

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9/2/2025, 10:14:14 AM

作品74 ページをめくる



 片付けしている最中にノートを見つけた。あなたを感じたくてページをめくる。筆算練習、ぐにゃぐにゃな漢字、家庭学習……。全部に赤ペンで大きな花丸が書かれていた。
 それはもう二度と、書いてあげることができない物だ。そしてもう、頑張りを褒めることも、分からないところを隣で教えてあげることもできない。
 私にはもう、あなたの物にあなたの名前を書くことすらできない。

8/30/2025, 12:33:54 PM

作品73 ふたり



 昔の夢を見た。
 昔と言っても小学とかそこら辺のとき。当時、放課後のスクールバスが来るまでのほんの十分間、遊具やらグラウンドやらで僕らはよく遊んでいた。特に人気だったのはブランコ。次に回るジャングルジム。そしてシーソー。どれも人数に制限があるせいで、なかなか遊べない。
 だから、友人と他クラスの知らない人達で、誰が鬼なのかわからない鬼ごっこをよくしていた。滑り台に乗るのはずるいとか、遊具の中に入ったらタイムとか、子供のデタラメルールにあふれていた。今思えばすごく騒がしかったな。すごく楽しかったな。
 その光景を大人の僕が混ざれず見ていると、知らない子供に背中を叩かれ振り向いた。
「一緒に遊ぼ!」
誘われた。誘われた!その喜びでいっぱいで、
「うん!」
迷うことなく返した。
 そうして、僕は夢の中で子供になった。
 その子と一緒に、迫ってくる鬼から逃げ回る。その子は雲梯の上に登って、僕はすべり台の上に登った。鬼をしている子供が、子供特有のあの声でずるい!と笑いながら怒っていた。
 数分経ってバスが来た。一回も鬼にならずに済んだとみんなが自慢しあって、各々ランドセルを取りに行っていた。その子も草の上に転がったランドセルを拾い上げる。
「帰っちゃうの?」
終わりたくなくて、つい聞いてしまった。
「帰らないと。バス来てるし。」
「バス組なの?」
「違うけど。そっちはバス組でしょ。なら帰らないと。あと二分したら出発しちゃうよ。」
「違うよ。歩き組だよ。」
 互いをバス組だと勘違いしていたことが妙に面白くて、笑い合う。チャイムがなったのを合図に、バスが出発した。
「一緒に帰ろ。」
手が差し出された。帰りたくないと言いそうになり、迷惑をかけてしまうと思って、頷いた。
 二人で手をつなぐ。腕がひかれていく。手が小さかった。子供の手だと思った。止めようとしていた足が、その子の笑顔のせいで歩み始めた。なぜか目の前のその子がキラキラして見えて、なんとなく思った。
 あの子に似ているな。いや違う、あの子だ。
 それで、これが夢だとわかった。
 そのせいで、目が覚めてしまった。
 起きたのは草むらの上とかじゃなくて、ベッドの上。ぼんやりと天井を見ていると、少し寒いことに気づいた。体を見ると裸。服を着ながらふと視線を隣に移すと、知らんやつが裸で寝ていた。乱れたシーツと散らかった下着。少し臭い部屋。
 あーあ、やっちゃったか。
 そう思いながらタバコを吸いにベランダへ行く。ライターがうまくつかなくて、少しいらついた。やっと点いた。
 ため息とともに、口から煙を出す。上へ上へと登って行った。そして窓ガラス越しに、ベッドの上に転がった人を見る。どう見ても、あの子ではない。
 灰皿でタバコの火を消しながら、そんなクソみたいなのを考えていることに気づいて、笑いが込み上げてきた。未練たらたらすぎるだろ。少しして涙も出てくる。あーあほんと醜い。
 耐えきれなくなって、しゃがみこんでしまった。初めて僕に、愛情に似た何かを感じさせてくれたあの子。あの時の気持ちをまた感じたくて、今日みたいな最低なことたくさんしてるのに、今も感じらられずにいる。ほんっと醜すぎて笑える。笑えるのに、涙は止まらない。
 しばらくすると窓の開く音がして、顔を上げるより先に抱きしめられた。大人の手。男より小さいけど、大人の大きい手。微塵もキラキラしていない。
「大丈夫……?」
 心配そうに聞く声に、何も答えず抱きしめ返した。慣れない手つきで頭を撫でられる。慰めの優しい言葉もかけられた。それでさらに涙が出てくる。きっと彼女のこの行為に愛なんてなくて、ただ慈悲の心から来ているんだろうな。
 今日も昨日もいつまでも、僕は愛ではない物をくれる人達とふたりで過ごす。
 顔を上げると愛のないキスをされ、微笑まれた。吐き気がした。

7/30/2025, 12:22:32 PM

作品72 熱い鼓動


 はいどうぞと差し出され、おそるおそる触る。思っていたよりも重くて、思っていたとおり柔らかい。手の中で大人しく固まっていたそれは、次第によちよち歩き始めた。右、左、右、左。足にあわせて長い尻尾も少し揺れる。今だけ、私の小さな手のひらが、私より小さな生き物にとっての世界になっている。
 「可愛いでしょ。」
 飼い主のである友人が、この光景を愛おしむかのように言った。
 「うん。すごく。」
 「この子何か分かってる?」
 「ハムスター?」
 「違うよ……。」
 そう言って友人は、ゲージの中から更に一匹、ハムスターではないらしい小さな生き物を手のひらに載せた。3匹飼っているらしい。
 「ネズミ?」
 「んーんー。」
 「じゃあ何さ。」
 「チンチラ。」
 「何それ初めて聞いた。」
 「まじ!?」
 いきなりの大声に、私もチンチラもビクッとする。友人が、ごめんごめんと謝る。目線的に、多分だが私にではなくチンチラに。
 「……チンチラって可愛いね。」
 「でしょ。」
 皮肉は効かなかった。
 少し優しく、手のひらを握る。中で小さな生き物がかすかに動いた。かすかに鼓動が伝わる。嗚呼こんなに小さくても、生きてるんだな。
 手がゆっくり、あたたかくなった。

7/11/2025, 3:28:42 PM

作品71 心だけ、逃避行



 母の泣き叫ぶ声。それを宥めようとする父の声。弟の泣き声。皿の割れる音。壁を叩くような鈍い音。部屋の外から聞こえる数々の騒音。
 耳を塞いでも、音が大きいせいで振動がひどい。逃げられない。
 でも、イヤホンさえすればこんな世界から離れられる。違う世界に行ける。そう思っても再生ボタンを押そうとする手は震えていた。気づかないふりしてボタンを強く押す。ほぼ叫んでいるような激しい曲が流れ始めた。
 誰かこの音漏れを怒って。
 体はまだ震えている。コップに入った水もまだ揺れている。ノイズは鳴り止まない。

7/10/2025, 3:17:42 PM

作品70 冒険


 夏休みの度に、自転車で海へ行く。
 行き方は適当。荷物も適当。へんてこな歌を歌ったり、間違って人ん家の道路に入って怒られたり、よく分かんないところで写真を撮り合ったり。暑い!なんて笑い合いながら、コンビニで買ったアイスを分け合ったり。
 靴を脱ぐことすら忘れて海に飛び込む。服の重さすらも面白くて、笑った拍子で海水が口の中に入る。泳げないから、波が足をくすぐるたびに軽く怯える。着替えを忘れて絶望する。それを誰かが笑う。暗くなったら持ってきた花火で遊ぶ。
 帰りは誰もそう言ってないのに歩き。自転車が荷物になるけど、この時間をみんな伸ばしたがる。
 ゆっくり歩くから帰るのは門限過ぎ。怒られたくねーとか帰りたくねーとか言って、だけど誰も僕らを置いていかない。そして来年また来ることを約束する。次は着替え持ってこようと誰かが僕をいじる。また笑い声。
 満月まであと少しの薄い月。たまに流れるほうき星。しょうもないことで笑ってる誰かの声。自転車から伝わる道の凹凸。僕らが通ったからか少し立派になった獣道。数匹飛んでくる蛍。蛙や虫の鳴き声。整備された道。電灯についた蛾。微かに聞こえる風鈴の音。どっかの家からはしゃぎ声。段々、家に近づいてきた。
 今年の冒険が終わる。いつか捨てる貝殻を握りしめた。

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