作品62 もう二度と
心地よい揺れのせいで気づけば寝ていた。いつのまにか目的地のバス停まで、あと2つだ。身体を控えめに伸ばし、軽くストレッチをする。寝起きはどうしても体が思ったように動かない。
1つ、バス停を通り過ぎる。バスの中には自分しかいなかった。スーツケースを手に取り、リュックを背負うとしたところで、カードに残金がなかったことを思い出し、財布から小銭を取り出した。
バスが止まる。立ち上がり、運転手に軽く挨拶をしてから降りた。
空気が、澄んでいる。煙みたいな臭い匂いなんか全くしない。バスが走って行った。もう一度深呼吸を。
何年ぶりの地元だろう。最後に帰ってきたのがまだ高校生だったから、かれこれ6年くらい前か。
うっすらある記憶を頼りに、歩き出す。
しばらくして、中学の頃毎日のように歩いていた小さな分かれ道が見えた。分かれ目にある小さな石の祠には、今も変わらず水と花が供えられてあった。まだあの婆さん生きてるんだな。なんだか少し、ホッとした。
また歩き出す。
しばらくして、小さな商店街が見えた。あそこではよく、学校からの帰り道にアイスだか駄菓子だかを買って友人達と一緒に食べていたな。なんとなく懐かしく思い、寄ってみることにした。
だが、ほぼすべての店にシャッターが降ろされていた。あのアイスのお店は、まだやっていた。けどなんだか少し、寂しくなった。
もう一度歩き出す。
制服を着た数人とすれ違った。思わず足を止めて、振り返って見てしまう。昔の自分たちを見ているようだった。
すぐにまた歩き出す。
どこに向かってるのかは、わからない。多分、昔住んでいた家へ向かっているのだろう。誰も住んでいない、あの家に。
数日前、中学の頃の友人から地元に帰ってくるよう誘われた。どうせ就職すれば会うことは少なくなるんだし、せっかくだから思い出づくりに会おうよと。
深く考えずに、それにのった。
歩き続けていると、昔住んでいた家が見えてきた。その家の前で、立ち止まる。
数年間誰も住んでいないからか、草がぼうぼうに生えてお化け屋敷のようになっていた。胸がひどく、締め付けられたように感じる。
時計を確認する。友人と会う約束の時間までに、まだ時間はあった。
しばらく考えてから、スーツケースとリュックを道に置き、スマホのライトを点けて家の中に入ってみることにした。
玄関の扉を開ける。
その瞬間、あのときの思い出が一気に蘇ってきた。引っ越すときに捨ててしまったからもうないけど、玄関のここのところには、家族の写真が置かれていたな。その場所をなでても、ホコリしか手につかなかった。
小声でただいまと言い、奥に進む。リビングの端の柱には、毎年測っていた身長の線が、まだ残っていた。あの人の優しい字で、その日の日付が書かれている。そこに手を置くと、優しく頭を撫でられたあの感覚と光景が、目の前に広がった。
だめだ。これ以上は見れない。これ以上は、思い出したくない。逃げるように家を出た。
家を出るときにいつも聞こえていたあの人のいってらっしゃいの声は、当然しなかった。
何もしたくなくなって、家の外でうずくまる。何分か経った後に、友人の歩いてくる足音がした。立ち上がり、服についた泥を払う。泣いていたことに気づき、涙を拭い鼻をかんだ。
向こうから友人の声がした。やっぱりここにいたと言う、懐かしい声。久しぶりと笑い合いながら、歩き出す。ちゃんと笑えているかだけが不安だった。
もう、あの頃には戻れない。
空気の綺麗さに気づかなかったあの頃にも。みんなと寄り道し合ったあの頃に。制服を着ながら大人に反抗したあの頃にも。あの人が側に居てくれたあの頃にも。心の底から笑えていたあの頃にも。
子供だったあの時には、もう二度と戻れない。
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あの人=家族(母や父のイメージ)
あの人はもう亡くなっていて、亡くなったことにより主人公は引っ越ししたという設定です。
特にこの物語に意味はないけど、地元を離れてからもう二度とあの頃には戻れないんだなって何度も思うようになって。たまに帰ったときに、街の微かな変わり具合が、おかしなほど強く寂しく感じさせてきて。そういうのを書きたいなと思い、書きました。
自己満足のためだったんで、あまり他人に読ませる気のある文章ではないと思います。
作品61 花の香りと共に
そんな急に花なんて洒落たもの渡されたって、反応に困りますよ。えーと、とりあえずありがとうございます?でいいですか。ワーウレシー。
え?匂い?
あー……すごくいい香りです。
なにこれなんて名前の花?……分かる訳ありませんよ。あたしゃ花なんてたんぽぽと桜ぐらいしか知りません。
かすみ草?
……聞いたことはあるんですが、名前通りの見た目ですね。付けた人はなんて安直な人なんだ。あ、いえ、すごく素敵だと思いますよ!ほら、他の花といっしょにしたら引き立て役になりそうで!
……すみません、正直地味な花だと思いました。
匂い?さっきも言ったじゃないですが。とてもいい香りだと思いますよ。甘くていい匂いです。
……違う?違うって何が?
……臭い?
こんなちっちゃくて可愛らしくて無害そうな花が?臭い?何言ってるんですか。そんなわけ無いでしょ。
……本当に?嘘じゃなくて……?
うっわまじかよ今回も外れかよ!花といえばいい匂いに決まってるでしょ!しかもこいつめっちゃあおってくるし。
ったく、お前って、まじでくそやろ……。あー、あなたって人はほんっと、良い趣味してますよね。いえ何も言ってません。その拳をしまってください。
それで?どうして急に花なんて渡してきたんですか?嗅覚がちゃんと機能していない人に。嫌味ですか?あなたらしいですよね。
花屋さんでいいにおいのする花があったからそのブーケを頼んだら、なぜかそんなに好きじゃない花もついてきて、いい匂いする花の香りと一緒に臭いのがあるの嫌だからついでだし押し付けたって……。クソ野郎だな。あ、ごめんごめんごめん冗談だって冗談。おいまてまて殴るのはやめ
⸺⸺⸺
嗅覚障害者による、とある日の匂い当てゲーム
剽軽な口調のキャラを書きたかっただけなのに、面倒くさくなって台詞だけのやつになりました。一番読みたくないタイプの書き方。
投げやりになったんで題名に全然沿ってません。
ま、いっか。
作品60 秘密の場所
生まれたときから、本に囲まれ過ごしてきた。親の教育方針だ。ゲームはしてはいけない、外で遊びすぎてもいけない、テレビを見てもいいけどアニメはだめ、漫画を見ちゃだめ。全部害になるから。どんなに疑っても、ぼくらは親の言うことを聞かなきゃいけない。
だけど、本だけは害にならないから許そう。
どうせ頭の悪いあいつらは、そういう考えだったのだろう。今思えば、なんてひどい縛りだったんだ。けれど、親が全てだった幼いころのぼくは、言われたとおり、読書だけを唯一の遊びとして育った。
そして、学校で浮いた。
流行りのゲームを知らないやつ。アニメを知らないやつ。漫画を見たことのないやつ。外で遊んでくれないやつ。
そのくせして、本しか読まないで、周りと関わろうとしない、変なやつ。変なやつ。近づくな。同じく変になる。
そうやって避けられ異物扱いされた。そうしてぼくは、人のいる場所に行くと、唯一の逃げ道である本の世界に隠れるようになった。親はそんなぼくを、見て見ぬふりした。
中学卒業を目前とした冬のある日。ぼくの街出身の小説家が芥川賞を取ったというニュースが、少しの間だけだが話題になった。その人と同級生だったという両親はもちろん、街に昔から住んでいる大人、学校の先生はもちろん、その人を初めて知ったはずの学校の人や、本を読まない人たちも、何故かみんなが喜んでいた。
それを見て、理由はわからないけど何となく、気色悪いなと思った。
高校生になると、スマホを買ってもらった。その時初めて、スマホを触った。不慣れでありながらも何とか使い方を覚えようと、暇な時間があるたびスマホをいじるようになった。
そしてある日、それを見つけた。
それを敢えて分けるとしたら、純文学とでもいうのだろうか。それはただの短編小説だった。小説家希望の一般人が書いたものだと、あとで知った。読んでて、日本語の使い方や言い回しに少しだけ違和感があった。僕と同じように読んだ人であろうものからは感想欄で、駄作と評価されていた。実際そうだ。
なのになぜなのだろう。今まで読んだ小説の中で一番心が惹かれた。初めて、心の底から文字が美しいと思った。
その時になってやっと、小説に恋することができた。
そして思ってしまった。
だけどそんなこと、言えない。言うことができない。言ったらきっと、馬鹿にされる。
小説が書きたいだなんて。
子供の恥ずかしい夢って、嘲笑われる。せっかくこの数年間、周りと感覚を合わせようと頑張ってきたのに、すべてが台無しになってしまう。言うな。言ったらだめだ。
そんなの分かってる。
なのに、この気持ちが抑えきれない。抑えたくない。
それならば、いっそのこと。
ぼくの、僕のこれを、くだらないガキの夢だと。一種の若気の至りだと嘲笑ってくれ。好きなように、指を指してくれ。
だからどうか今だけでいいから書くのを許してくれ。
やっと恋したんだ。やっと、この思いに正面から向き合えるんだ。やっと、みんなの望むぼくに反抗できるんだ。
やるだけやって、諦めがついたらやめるから。僕になる場所はひとつだけにするから。
この場所だけが、僕の秘密の場所だ。
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半分実体験、半分フィクション。
許してくれ。
作品59 誰かしら?
一方的に電話が切られる。
「……誰かしら?」
しばらく考えてからやっと、あなただとわかった。
久々にあなたから電話がかかってきた時、一瞬誰だかわからなかった。公衆電話からだったんだもん。でも、声で思い出せた。私と話すときだけ、少し声が上ずっちゃうあなたの癖。最後に会ったときと全然変わってなくて、本当驚いた。
今、どこにいるのだろう。電話はすぐ切られちゃったけど、この街で動いてる公衆電話といえばたった一つしかない。電話を切られてからものの数秒で、居場所はわかった。
きっとそこに向かえば、あなたに会える。
そう思って、タバコの匂いがついたジャンバーとスマホを手に取り、それ以外は何にも持たず、外へ飛び出した。外は少しだけ、寒かった。
数分かかって、目的地に着く。いつもならもっと早くついたのに、今朝降った雪のせいで遅くなってしまった。そのせいか、目当てのあなたはいなかった。まあ、そうよね。こんな時間経ってるんだもん。居たほうがおかしい。
その場にしゃがみこんで、荒くなった息を整える。久々に走ったから、体中が痛い。なんとなく、時間の流れとか、老いみたいなのを感じる。
息を深く吐いて、深く吸う。頭に酸素が行き渡る。何度も何度も繰り返す。心臓を落ち着かせるにはこうしたらいいって、あなたが教えてくれた。
おかしいな。
あなたを思い出す事なんて、今まで全くなかったのに。きっと、声を聞いたからかな。
しばらくしてから立ち上がる。
落ち着いたらなんだか、無性にタバコを吸いたくなってきた。癖でジャンバーのポケットに手を入れる。手探りで探してみるが、見つかったのは予備のライターだけだった。
ああそうだ。タバコ、やめようとしたんだった。ちょうどいいタイミングだったから。だけど、どうしよう。
……今日ぐらい、吸っちゃうか。
いつもは決めたことをちゃんと守るけど、今日だけはなぜか、破ってしまおうと思った。
頭の中で地図を開く。たしか近くにコンビニがあったはず。そこで買おう。
喫煙所は?
あそこしかない。
財布の中身を確認しながら、ゆっくりと、歩き出した。
ドアが自動で開く音。ありがとうございましたーという店員さんの機械的な声。
欲しかったタバコはなかった。当然だ。あのタバコはもうとっくの昔に製造終了していて、買いだめもつい先日無くなったから。だから、やめようとしたんだ。あのタバコ。昔の淡い思い出が詰まってて、好きだったのにな。
少し、寂しくなった。
タバコと一緒に買った、ラスト一個だった肉まんを食べながら、喫煙所に向かう。
この街唯一の喫煙所。
全く、喫煙者には肩身の狭い世の中になったものだ。タバコの値段はどんどん高くなり、吸える場所も限られ、何故か若者からはかっこつけだと嘲笑われ。
ほんと、嫌な世の中だ。これのおかげで生まれる縁があるってことなんて、みんな忘れてしまったのか。あなたと出会ったのも、これがきっかけなのに。なんか、悲しいな。
そうこう考えている間に肉まんはなくなり、気付けば喫煙所についていた。
副流煙だか文句言って作ったくせして、この喫煙所には天井はない。ただ、隔たりだけがある。果たしてこれに意味はあるのだろうかと、見るたび疑問に思う。まぁいいか。さっさと吸って、さっさと帰ろう。
立ち止まって肉まんのゴミをレジ袋に入れ、タバコとライターを手に取り、喫煙所に近づく。
ふと、中から煙の匂いがした。不思議なことに、何度も何度も吸った、もう売ってないはずの、あのタバコの香りに似てる。まだ買い溜め持ってる人がいたんだな。羨ましい。
そういえば、たしかあなたもこのタバコ好きだったな。懐かしい。
もしかして、中にいるのがあなただったりして。
そんなことが脳裏をよぎった。そんなわけ無い。だけど、せっかくだ。試してみよう。
中に入ろうとした足を止めて、一度外のベンチまで出る。スマホを取り出して、電話をかけてみた。
プルルルル、プルルルルとなる、電話の音。一回、二回、三回……。六回目のコールで、その音は途切れた。
『もしもし?』
その声は、電話の向こうからも喫煙所からも聞こえた。驚いて、一瞬声が出なかった。
中にいるのは、紛れもなくあなただ。
何を言おう。とりあえず、同じように返しとくか。
「もしもし。」
電話の向こうから、息を吸う声が聞こえた。驚いて声が出ないと見える。私と同じ反応だ。そんな反応してくれたら、ちょっとだけ嬉しくなっちゃう。
電話をつなげたまま、喫煙所へ入る。そこには一人だけ、スマホを持つ手が震えている人がいた。後ろ姿だけど、間違えるはずがない。
間違いなく、あなただ。
「びっくりした?」
精一杯、声に感情を乗せる。あの時みたいな若々しい声を。
「さっきのお返し。」
あなたが振り返った。
「久しぶり。」
次にあなたが発した言葉は、久しぶり!でも、驚いたよ……でも何でもなく、
「あっつい!」
だった。すっかり短くなったタバコの火が指に伝わったらしい。思わず笑ってしまう。
嗚呼。この空気。この空間。この反応。
懐かしいな。あのときと全く変わらない。
匂いも場所も話し方も、何もかも同じ。
「さて、私は誰かしら?」
ちゃんと、覚えてくれてるかな。
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作品57 君の声がする
より、君目線
メモったやつを載っけてたと思ったけど載っけてなかったぽいので、お題に合うようちょっと書き変えました。分かりにくくなってるかもです。
そもそも論、この話単体では分かりづらいと思います。許してください。
作品58 時間よ止まれ
あんたはとびっきりの不幸の中で。
私達はぬるま湯の幸福の中で。
君は優しい幸福の中で。
それらが重なるほんの一瞬に誰かが言ってる。
時間よ止まれ、と。