かも肉

Open App
2/16/2025, 10:59:31 AM

作品58 時間よ止まれ


あんたはとびっきりの不幸の中で。
私達はぬるま湯の幸福の中で。
君は優しい幸福の中で。

それらが重なるほんの一瞬に誰かが言ってる。
時間よ止まれ、と。

2/15/2025, 12:08:41 PM

作品57 君の声がする


 長いコール音のあと、君の声が聞こえた。
 何を話そうとしたんだっけな。久々に君の声が聞けた喜びで、頭の中真っ白になっちゃった。
『もしもし?どちら様ですか?』
 電話の向こうで、君が訝しげに聞く。語尾だけ少し上がる君の喋り方。全く変わってなくて、嬉しくなる。嗚呼なんて懐かしいんだ。
「失礼。間違えました。」
 そう言って、電話を切る。元より、喋ることなんて一つもなかった。声が聞けただけ充分だ。
 しばらく受話器を見つめる。あーあ。この一瞬で十円、無駄にしちゃったな。まあ、いっか。君の声が聞けたんだし。
 ガラスで囲まれた小さい箱の扉を開ける。
 少し歩いてから、この街唯一の喫煙所に入った。胸ポケットからタバコを取り出し、ライターで火をつける。もうそろそろ三年になるのか。なんとなく吸い始めて、気づけば離れられなくなっていたタバコ。
 でも今日でやめられる。いつも吸ってるこれはもうすでに、作られていないからだ。
 これが買い溜めの最後の一箱。多分だが、この世に存在する最後の一箱。

 思えば君と喋るきっかけになったのもこれで、出会った場所もここだったな。
 吸ってるタバコの種類が同じ。ただそれだけだったけど、それが妙に特別嬉しく感じて、出会ったばかりの君が愛おしくなるまでに、そんな時間はかからなかった。
 煙を軽く吸い、深く吐く。そして鼻から息を吸う。君のタバコの吸い方。今でもつい、真似してしまう。これをすると周りの匂いがよくわかるって、君は教えてくれた。今吸った街の匂いは、少し煙臭かったよ。
 これはタバコの匂いなのか。それとも記憶の中の匂いなのか。そんなこと分からないし、どっちでもいい。どちらであろうと、意味はない。

 気づくと指に熱さが伝わるほど、タバコは短くなっていた。
 最後の一吸いを深く吸う。煙を吐く。そして。
 君を想って、息を吸う。
 周りの匂いはやっぱり煙臭くて、何となく君の香りに似ていた。

 やること全てに、君を感じてしまう。未だに、君の匂いが忘れられないんだ。君の声が忘れられない。君の体が忘れられない。君のことが、忘れられない。
 君との思い出は、いくら色褪せても美しすぎる。

 ふと、コートのポケットから着信音が聞こえた。確認すると、知らない番号からだった。いつもはでない。だけど、今だけ出てみようと思った。
「もしもし?」
 しばらくしてから、同じような言葉が返ってくる。
『もしもし。』
 途端に声が出なくなった。
 どこからか君の煙の匂いがし、
「びっくりした?さっきのお返し。」
 スマホから、そして隣から、

「久しぶり。」

 君の声がした。
 タバコを持った指先が、熱くなった。


⸺⸺⸺
タバコ吸ったことありません。未成年なので。
タバコ実物で見たことありません。家族誰一人吸ってないので。
いつだかニュースで、なんかの銘柄が製造終了になるってのをみて、タバコ関係書いてみたいなって思ってました。満足也。

2/6/2025, 12:17:55 PM

作品56 静かな夜明け


 まだまだ布団とじゃれ合っていたけど、日がそろそろ昇ってしまう。観念して布団から出ていくか。
 そうして、床に足をつけた瞬間、冷たくて悲鳴を上げてしまった。びっくりするほど冷たい。床が氷のようだ。
 しばらくそこに突っ立って、寒さに足を慣らした。慣れたら歩き始める。
 パーカーをパジャマの上から羽織り、キッチンに向かった。
 さて、今日を始める準備をしますか。
 まず、お湯を沸かす。その間にポットに茶葉を入れておく。しばらくしてお湯が沸いたら、空のコップとポットにお湯を注ぎ込む。しばらくポットの中を蒸してから、コップの中に入れたお湯を捨て、そこに茶を注ぐ。
 紅茶の完成だ。やはりこれがなければ、一日は始まらない。
 それをすすりながら、窓へ向かった。ここから見る庭はとても綺麗で、この家を買ったときの決定打になった程だ。今日はどんな景色かな。期待してカーテンを開けた。
 そしてその光景を見て、絶望する。通りで寒いわけだ。
 「はぁ……雪かきしなくちゃな……」
 ちょうど太陽が昇り、屋根から雪の落ちる音がした。
 絶望の一日がはじまる。


⸺⸺⸺
雪かきにはトラクターがいいです
雑なのは毎度おなじみとして、ただ今テスト期間中なので今回は特にお許しを

2/4/2025, 12:36:51 PM

作品55 永遠の花束


 「僕が見た花の中で一番君に似合うと思った花を、君にこの気持ちを伝えるたびプレゼントするよ。」
 あの人から贈られた花と共に、貰ったその言葉。あの人なりの、精一杯の愛の言葉だったらしい。らしからぬ行動だったから、驚いて声が出なかった。
 一輪だけ綺麗に包まれたその花は見たことのない花で、ふっくらとした花びらには真っ青な色が付いていた。南の花のように見える。匂いは、少しだけツンっとしていた。
 あの人の方を見ると、何かして欲しそうな顔をしていた。恐る恐る頭にその花を近づけ、髪飾りのようにする。
 あの人の方を見ると、嬉しそうな顔をしていた。これが正解らしい。
 「……ねえ、どう?」
 沈黙も気まずいのでそう言い彼の目を見ると、あの人は眩しそうに目を細め、
「似合ってるよ。すごく。」
そう言って私を抱きしめた。
 「僕ら永遠に一緒にいようね。」
 その言葉に濁りは感じられなかった。
 それが分かるとなんだか怖くなって、思わず窓の方に目をやる。そこにはカーテンが閉まった窓があった。
 ここに来てからずっと閉まっているカーテン。
 今が夜なのか朝なのか、今日が何日なのか、季節は何なのか。
 私には、それすら知ることを許されない。
 
 記憶にある限り、私が最後に見た花は、そこら辺に生えてる黄色い小さな花だった。名前は知らないが、色合いが好きで、見つけるたびについ足を止めていた。
 この記憶だけは、彼には汚されたくない。
 そして願う。
 もし叶うなら、もう一度あの花を、あの場所で見たい。

 あの日から毎日毎日繰り返される、”永遠に一緒”という言葉。その度に花を渡される。数を重ねるごとに本数は増えていき、立派な花束になっていった。それに比例して、私と花の記憶が汚されていく。
 今日もらった花は、黄色い小さな花。それは私の好きな花で、私が最後に外で見たあの花と全く同じものだった。
 とうとうこれもか。
 花を眺める。その瞬間、嫌な考えが頭に浮かんだ。
 まさかと思い、顔を上げあの人を見る。その顔は気持ち悪いほど、笑っていた。それを見てこの考えが間違いではないと分かり、絶望する。

 あの人に話しかけられた日から。
 腕を強く掴まれた日から。
 この家に閉じ込められた日から。
 愛してると言われ汚された日から。
 すべてを諦めた日から。
 今日で、
 「おめでとう。僕と結ばれて今日で一年だよ。」
 これからも永遠に一緒だからねと言ったその声が、耳にこびりついて離れなかった。

1/26/2025, 12:44:25 AM

作品54 終わらない物語


 はっと目が覚める。
 僅かな期待を込め、辺りを見渡す。悲しいことに、そこには見知った景色が広がっていた。
 まだ寝ていたい。そう強い意志を持って寝転んだままでいるが、それでも体は勝手に起き上がる。やはり抗えないのか。

 戦はまだ続いていた。何人もの兵が、俺の目の前を通り過ぎていく。すぐ近くで一人の兵が、矢に射抜かれ倒れていた。おそらく矢尻に毒でも塗られていたのだろうか。ひどく喘ぎ苦しんでいる。
 しばらくそれを眺めていると、その兵が喋りかけてきた。
「おい、お前。おれを、楽に、させてくれ。」
 その声はとても小さく、弱々しかった。
 流石にためらうが、それをすることに慣れてしまった体は勝手に動き、男の首を刀をあてる。小声で南無阿弥陀仏と唱え、刀を動かした。途端に血が吹き出し、男の肌がどんどん薄くなっていく。
 血が流れていくのを、俺はただ眺めていた。

 本当は血が苦手だった。魚を捌くときですら薄目じゃないと耐えられない。妹によく馬鹿にされるほど。
 それなのに、この戦のせいで血に慣れてきた。きっとこれから先、前みたいに馬鹿にされることはないのだろうな。
 それでも、死に慣れてしまうのが、ささやかな幸せを感じられなくなるのが、それが、とてつもなく、怖い。

 そう考えている間も足は勝手に動き、どんどん前へ進んでいた。もう少しで先に進んでいた隊と合流してする。いやだ合流したくない。まだ死にたくない。
 だなんて、きっと今ここにいるみんなが、丸っきり同じことを考えているのだろうな。この運命からは逃げられないのに。
 しばらく歩き続けていると突然、後ろから名前を呼ばれた。振り返って見ると、相手は俺の幼馴染であり、俺の唯一の親友だった。
 ようっと、挨拶を交わし合う。彼の腕には、血がベッタリとついていた。
「大丈夫か?その血。」
「ああ?ああこれか。……全部返り血だ。」
 苦々しい顔をして言う彼を見て、きっとさっきの俺と同じようなことを、たくさんのしたのだなとわかる。
「そうか……」
「……あと、どれくらい続くのかな。何人殺せばいいのかな。」

 あと数時間だ。あと、五人だ。そしてまた繰り返す。

 「なあ、俺達、絶対帰ろうな。」

 絶対帰れない。戦から抜け出すことはできない。

 なぜなら。
 これから俺達は、まだ息があった敵の兵たちに襲われ、ボロボロになるまで切られ、そこから何とか生きて逃げるが、逃げた先では俺達の裏切り者がいて、俺らはそいつに目をつけられるからだ。
 端的に言うと、このあと俺達は死ぬ。
 だから今すぐ逃げなくてはいけない。
 この場から今すぐ。それなのに、体は決まった動きしかしない。このことを伝えなければいけない。それなのに、口は同じことしか喋れない。
 何度同じ光景を見ているのだろう。何度同じことを言うのだろう。なんで同じことしか言えないのだろう。
 何も変えられない悔しさが、俺を苦しませる。
 それでも。どんなに悔しさで泣きそうになっても、俺の表情は前回と変わらないまま、彼と喋っている。あと数歩歩けば、敵の兵に襲われるところに行く。そして傷つき、死に、またこれを繰り返す。
 そう。繰り返すのだ。何度も何度も、俺はこの場面を、死ぬ瞬間を、何度も繰り返している。止めようとしても、何も変わらない。変えられない。
 きっとここは小説の中だ。そうとしか考えられない。だからきっと、同じことを何度も何度も繰り返してるんだ。
 くそったれ。なんで俺達なんだよ。
 それでも足は歩みを止めさせてくれない。

 そしてまた、前回と同じことが起きる。切られ、刺され、殴られ、逃げ、捕まえられ。
 体が痛い。いや熱いのか。何もわからない。頭がガンガン鳴っている。重い。息が苦しい。汗が止まらない。寒い。まあ、いわば満身創痍ってやつだ。
 その状態で、裏切り者に見せしめにされ、無駄に苦しむ。
 あーあ。ぱっと死ねれば、こんな苦しい死に方しないのにな。
 早くこの物語が終われば、もう死なないのにな。
 それでもこの物語は、終わらない。誰も終わらせてくれない。終わりたい。
 早く、最後の章を書いてくれ。もう何でもいいから、俺達を楽にさせてくれ。
 そう願って今回もまた、手に握っている刀で首を切った。
 そしてまた、



⸺⸺⸺
書き終えられてない物語の中で永遠に苦しむ者。

Next