作品68 傘の中の秘密
いつからこんな、雨が嫌いになったのだろう。
あの日は確か、台風が来るとかで午前中に学校が終わった。親の迎えを待つ人、スクールバスで帰る人、キッズクラブに行く人。大半は歩いて帰る人だった。僕もそのうちの一人。ただ、僕と同じ道で帰る人はほんの僅かで、それぞれ固まることなく歩いていた。
背中には教科書とタブレットが入った重いランドセル。右手には結局使わなかった体操着。左手には傘を持っていた。
この傘は、少し年の離れた兄が高校生の頃に使ってた傘だ。だから、子供が使うにしては少し大きくて使いづらいし前が見えづらい。だけどその分ランドセルが濡れにくかったから、そこそこ気に入っていた。
帰ってご飯を食べたら何をしようか、なんて思いながら普段通る道を歩く。前には高学年の男の子。後ろにはたしか同学年の女の子。
きっと二人も学校がすぐ終わって、家で何をしようかってワクワクしているんだろうな。心無しか鼻歌が聞こえてきた気がした。
学校から家まで半分といったところでだろうか。前を歩いていた男の子が、十字路のところで止まった。瞬間車が通りすぎる音がする。そして車の走る音が聞こえなくなる。けれど彼はまだ動き始めない。
不思議に思いながらも歩き、僕は彼の真後ろまで来た。彼の足が傘の下から見えるところで止まろうとすると、彼は歩き始めた。それを見て車が来ていないのだなと思い、同じく歩き始める。雨が一層強くなった。音が聞き取りづらくなった。早く帰りたいと思ったその時、彼が走り始めた。
その瞬間、右側が急に眩しくなり、後ろから誰かに押された。急に2つのことが起きたので混乱してしまい、転んでしまった。手が痛い。何をするんだと悪態をつきながら振り返ると、すごいスピードで車が通り過ぎていっていた。そこで僕が轢かれそうになったのを理解する。そして押して助けようとしてくれた人に感謝せねばと視線を動かすと、いると思ったところに人はいなかった。無意識に視線を下にずらす。そこには轢かれた少女がいた。
「……は?」
車が走る音がどんどん遠くなる。前を歩いていた少年が振り向き僕らを見て、近くの家へ駆け込んでいった。救急車呼んでと呼ぶ声が雨に混じって聞こえてくる。体の体温がどんどん低くなっていくのを感じた。気に入っていた傘は車にかすったのか、骨が折れて使えなくなっていた。手がすりむけて血が出ている。なのに痛さを感じない。目の前では見たことないほど生々しい赤が雨と共に水たまりを作っていた。少女は動かない。僕はそれが死んだのか生きているのか見分けがつかない。体が動かない。見たくないのに顔が動かないから目を逸らせない。雨音のみが聞こえる。彼女の血が広がって、地面に転がった僕の傘まで届いた。少女の傘は、傘の機能を果たさない代物になっていた。少女の傘は赤い傘だった。
あの時のことを思い出すと、うまく喋れなくなる。体温も視覚も聴覚も何もかも鮮明に認識していたはずなのに、思い出そうとすると何かがそれを拒否する。
あの後誰かから聞いた。
前を歩いていた少年は、あの日車に轢かれようとしてたらしい。何度も何度もタイミングを見計らい、やっと足を踏み出した瞬間、急に怖くなって走ったらしい。そして彼は死ななかった。
後ろを歩いていた少女は、あの日の翌日に友達と遊びに行く約束をしていたらしい。大好きな赤い服を着て。そして彼女は、
彼女を殺したあの日から、雨が怖い。
所感4 さらさら
さらさら といえば、スピッツの曲。
子守唄みたいな優しさで始まり、サビに入った瞬間気持ちが溢れだしてしまったかのような雰囲気に変わる。初めて聞いたときは静から始まった分、余計サビが強く感じた。それでもずっと優しく切ない歌詞。この素晴らしさを表す言葉を見つけられない。
どうか一度聴いてほしい。
以下は一番好きな歌詞だ。
だから眠りにつくまで
そばにいて欲しいだけさ
見てない時は自由でいい
まだ続くと信じてる
朝が来るって信じてる
悲しみは忘れないまま
所感3 これで最後
ありもしない才能を信じて縋るのはこれで最後。
苦しみを痛みに置き換えるのはこれで最後。
よどんだ過去に溺れるのはこれで最後。
変わる事を諦めるのはこれで最後。
未来を恐れるのはこれで最後。
愛を渡すのはこれで最後。
本当にこれが最後?
を、幾度となく繰り返してる人生だ。
我ながら最高に醜いと思う。醜くて、でも最高に人間らしいものだと。又はそう思いたいだけか。
これから何度、嘘の最後を繰り返すのだろうか。
作品67 空に溶ける
少し大きめな棒付きキャンディー。別名ペロペロキャンディ。そんな小さい頃からの憧れに、かぶりついた。
……ものすごく食べづらい。いくらもごもご口をうごかして頑張っても疲れるばかりで、食べられてる気が全くしない。
1度口から出して見ると、全然形が変わっていなかった。諦めて正しい食べ方を調べる。
なるほど。
どうやら袋の中で砕いてから、小さくなったそれを食べるのが正解らしい。ほうほうと独り言を言いながら飴を袋に戻し、ぐっと力を込める。硬すぎて全く割れない。何度か頑張ったが努力虚しく、諦めてハンマーで叩いた。瞬殺。
何だかやるせないな。なんて呟く。
飴が棒から取れたのを確認してから、割れた飴を近くにあった黒い皿に移した。
黒が砕けた飴が際立たせて、星に塗れた夜空みたいで綺麗だった。
一番大きい欠片をそっと取って光に透かしてみる。思ってたよりあまりキラキラしてなく、期待していたような輝きは見れなかった。何だか少し残念だ。そう思いながら口へと放り投げる。
酸味の強いところに当たったのか、さっきの味と少し変わっていた。口の中で回転させてみると甘さに全振りしたようなところに当たる。少し楽しいな。コロコロ転がしながら味わう。
夜空が、口の中でゆっくりと溶け出した。
所感2 届かない……
食糧庫の上の方に積まれた、魅惑的なお菓子達。ポテチ、じゃがりこ、ポッキー、プリッツ、おっとっと、柿の種、するめ、チョコレート……。どれもこれも美味しそうだ。しかし、一つも食べることができない。この身長じゃ、ジャンプしても椅子の上に上がっても届かないからだ。
そんな感じで、幼少期の頃は親がいなくてはおやつが食べられなかった覚えがある。好きな時に好きなように食べてねと我々に言う割には、良心的とは言えない場所に置く親。
あれは一体、何だったんだ……。
たまに思い出しては無意味に憤る。まあ今更昔の気持ちを出しても遅い。
それより今を見よう。
冷蔵庫からさけるチーズを取り出し、一つ丸かじりすることができる。小腹が空いたらコンビニに行って好きなお菓子を買える。というか夜中にお菓子を作れる。
嗚呼最高じゃァないか!
親と体重計から離れた今しかできない贅沢だ。