作品57 君の声がする
長いコール音のあと、君の声が聞こえた。
何を話そうとしたんだっけな。久々に君の声が聞けた喜びで、頭の中真っ白になっちゃった。
『もしもし?どちら様ですか?』
電話の向こうで、君が訝しげに聞く。語尾だけ少し上がる君の喋り方。全く変わってなくて、嬉しくなる。嗚呼なんて懐かしいんだ。
「失礼。間違えました。」
そう言って、電話を切る。元より、喋ることなんて一つもなかった。声が聞けただけ充分だ。
しばらく受話器を見つめる。あーあ。この一瞬で十円、無駄にしちゃったな。まあ、いっか。君の声が聞けたんだし。
ガラスで囲まれた小さい箱の扉を開ける。
少し歩いてから、この街唯一の喫煙所に入った。胸ポケットからタバコを取り出し、ライターで火をつける。もうそろそろ三年になるのか。なんとなく吸い始めて、気づけば離れられなくなっていたタバコ。
でも今日でやめられる。いつも吸ってるこれはもうすでに、作られていないからだ。
これが買い溜めの最後の一箱。多分だが、この世に存在する最後の一箱。
思えば君と喋るきっかけになったのもこれで、出会った場所もここだったな。
吸ってるタバコの種類が同じ。ただそれだけだったけど、それが妙に特別嬉しく感じて、出会ったばかりの君が愛おしくなるまでに、そんな時間はかからなかった。
煙を軽く吸い、深く吐く。そして鼻から息を吸う。君のタバコの吸い方。今でもつい、真似してしまう。これをすると周りの匂いがよくわかるって、君は教えてくれた。今吸った街の匂いは、少し煙臭かったよ。
これはタバコの匂いなのか。それとも記憶の中の匂いなのか。そんなこと分からないし、どっちでもいい。どちらであろうと、意味はない。
気づくと指に熱さが伝わるほど、タバコは短くなっていた。
最後の一吸いを深く吸う。煙を吐く。そして。
君を想って、息を吸う。
周りの匂いはやっぱり煙臭くて、何となく君の香りに似ていた。
やること全てに、君を感じてしまう。未だに、君の匂いが忘れられないんだ。君の声が忘れられない。君の体が忘れられない。君のことが、忘れられない。
君との思い出は、いくら色褪せても美しすぎる。
ふと、コートのポケットから着信音が聞こえた。確認すると、知らない番号からだった。いつもはでない。だけど、今だけ出てみようと思った。
「もしもし?」
しばらくしてから、同じような言葉が返ってくる。
『もしもし。』
途端に声が出なくなった。
どこからか君の煙の匂いがし、
「びっくりした?さっきのお返し。」
スマホから、そして隣から、
「久しぶり。」
君の声がした。
タバコを持った指先が、熱くなった。
⸺⸺⸺
タバコ吸ったことありません。未成年なので。
タバコ実物で見たことありません。家族誰一人吸ってないので。
いつだかニュースで、なんかの銘柄が製造終了になるってのをみて、タバコ関係書いてみたいなって思ってました。満足也。
2/15/2025, 12:08:41 PM