作品60 秘密の場所
生まれたときから、本に囲まれ過ごしてきた。親の教育方針だ。ゲームはしてはいけない、外で遊びすぎてもいけない、テレビを見てもいいけどアニメはだめ、漫画を見ちゃだめ。全部害になるから。どんなに疑っても、ぼくらは親の言うことを聞かなきゃいけない。
だけど、本だけは害にならないから許そう。
どうせ頭の悪いあいつらは、そういう考えだったのだろう。今思えば、なんてひどい縛りだったんだ。けれど、親が全てだった幼いころのぼくは、言われたとおり、読書だけを唯一の遊びとして育った。
そして、学校で浮いた。
流行りのゲームを知らないやつ。アニメを知らないやつ。漫画を見たことのないやつ。外で遊んでくれないやつ。
そのくせして、本しか読まないで、周りと関わろうとしない、変なやつ。変なやつ。近づくな。同じく変になる。
そうやって避けられ異物扱いされた。そうしてぼくは、人のいる場所に行くと、唯一の逃げ道である本の世界に隠れるようになった。親はそんなぼくを、見て見ぬふりした。
中学卒業を目前とした冬のある日。ぼくの街出身の小説家が芥川賞を取ったというニュースが、少しの間だけだが話題になった。その人と同級生だったという両親はもちろん、街に昔から住んでいる大人、学校の先生はもちろん、その人を初めて知ったはずの学校の人や、本を読まない人たちも、何故かみんなが喜んでいた。
それを見て、理由はわからないけど何となく、気色悪いなと思った。
高校生になると、スマホを買ってもらった。その時初めて、スマホを触った。不慣れでありながらも何とか使い方を覚えようと、暇な時間があるたびスマホをいじるようになった。
そしてある日、それを見つけた。
それを敢えて分けるとしたら、純文学とでもいうのだろうか。それはただの短編小説だった。小説家希望の一般人が書いたものだと、あとで知った。読んでて、日本語の使い方や言い回しに少しだけ違和感があった。僕と同じように読んだ人であろうものからは感想欄で、駄作と評価されていた。実際そうだ。
なのになぜなのだろう。今まで読んだ小説の中で一番心が惹かれた。初めて、心の底から文字が美しいと思った。
その時になってやっと、小説に恋することができた。
そして思ってしまった。
だけどそんなこと、言えない。言うことができない。言ったらきっと、馬鹿にされる。
小説が書きたいだなんて。
子供の恥ずかしい夢って、嘲笑われる。せっかくこの数年間、周りと感覚を合わせようと頑張ってきたのに、すべてが台無しになってしまう。言うな。言ったらだめだ。
そんなの分かってる。
なのに、この気持ちが抑えきれない。抑えたくない。
それならば、いっそのこと。
ぼくの、僕のこれを、くだらないガキの夢だと。一種の若気の至りだと嘲笑ってくれ。好きなように、指を指してくれ。
だからどうか今だけでいいから書くのを許してくれ。
やっと恋したんだ。やっと、この思いに正面から向き合えるんだ。やっと、みんなの望むぼくに反抗できるんだ。
やるだけやって、諦めがついたらやめるから。僕になる場所はひとつだけにするから。
この場所だけが、僕の秘密の場所だ。
⸺⸺⸺
半分実体験、半分フィクション。
許してくれ。
3/8/2025, 2:43:51 PM