作品50 あの夢のつづきを
ただ、信号を待っていただけなのに。なのになんで人が死んでるんだ?
正夢。
人が息絶えてくのを見て、真っ先にその言葉を思い出した。昨晩なんの夢を見た?人が死ぬ夢。死んだ人は誰?今目の前で倒れている人。死に方は?全く同じ。
情報量が多すぎる。冷静になれない。電話。通報しなくちゃ。救急車。
そう思っているのに、夢のことばかり考えてしまって、体が動かない。
夢だったらここで、私より死体に近いあの人が吐き、私の後ろに立っている人の子供が泣き出す。それに気づいた周りの人が動けなくなっている私を押しのけて、どこかへ電話している。
まさか流石に起こらないでしょと思った次の瞬間、前の人が吐いた。子供の泣き声。腕に感じる大人の力強さ。
夢が今、目の前で起きている。嘘でしょ。
何かが出てきそうになった口をおさえる。どうすればいいのかわからない。トイレに行かなくちゃ。ここから逃げなくちゃ。そう思ったその瞬間、気を失った。
そしてまた夢を見てしまう。見知らぬ誰かが死ぬ夢。真夜中の飛び降り自殺。幸いにも場所は知らないところだ。所詮は夢だし、仮に正夢になるとしても、見ることはなさそうだ。安堵したところで目が覚めた。
ベンチの上。気絶してしまった私を騒ぎを聞いて駆けつけてくれたこの人が、近くにあった公園で介抱してくれていたらしい。
体調はどうかと聞かれ、もう平気ですと返す。
正夢なんてもの存在しない。さっきのは偶然だ。そう思えば幾分か、気が楽になった。白いワンピースがよく似合うその人に、一言お礼をしようと顔を見た。
その瞬間、消えたはずの気持ちの悪さがぶり返す。
さっき夢で見た人と、同じ人だった。
何も気づかれないよう、悟られないよう、顔を隠してお礼を言う。
そこから何があったのか、しばらく話した。内容は記憶にない。話しの終盤、すぐそこが家なのと言って、その人は住宅街にあるマンションを指差していた。嫌な予感がしつつも、その先を見る。
そこは、私が夢で見たところと同じ場所だった。
数週間後、先日会ったあの女の人が、自宅のマンションから飛び降りた。なぜ知っているのかというと、見てしまったからだ。
わかっていたのに。だから行かないようにしてたのに。外に出ないようにしてたのに。
あの日、部屋にこもりきっていた私に、たまには散歩しなさいと親が怒った。人の死に際なんて見たくないからと当然拒んだが、力づくで外に出されてしまい、あのマンションの前を通ってしまった。
どうか今日じゃありませんようにと、息を止めながら前を通り過ぎたあの瞬間。
……人が潰れる音。何とも言い表せない、音がした。今でも鮮明に思い出してしまう。
あれ以降、外には出ていない。知っている場所を増やさないためだ。極力寝ないようにもしている。最後に見た夢は、よくあるただの夢だった。
そうだ。所詮はただの夢だ。なんの根拠もない。それを正夢というだなんて、馬鹿げている。
けれど。
私が最後に見た、人が死ぬ夢。そこで死んでいたのは私の親だった。
ロープが首に巻き付いてあって、足がブラブラ浮いていた。顔は怖くて見れていない。
それでもわかる。あれは、私の親だ。
気のせいだろうか。数日前から部屋の外が妙に静かだ。まるで人がいないかのように。たしかに親と暮らしているはずだ。
なのになぜ?
もうこれ以上は考えたくない。もう見たくない。これ以上、あの夢の続きなんて。人にも会いたくない。
寝ちゃだめだ。そうだとわかっているのに、睡魔が私を襲う。
これ以上は、もう嫌だ。苦しすぎる。どうすれば、見ないで済むのか。
そう考えていると、何かが目に止まる。その視線の先には、先端が輪っかになっているロープがあった。
何も考えられず、考えたくなくて、そのロープを手に取る。輪っかに頭を通した。ロープが置かれていたこの机を踏み台にしよう。机を勢い良く蹴った。
親が死んだあの夢。あの夢には実は、秘密と続きがある。
その一。秘密とは何か。
今まで見た人の死には、必ず視線のどこかに私の手が写っていた。そこから私がどこに立っているかなどを想像できていた。
けれど、親が死んだあの夢。あれに手は写っていなかった。つまり、私は死んだ瞬間にはいなかったのだ。
だから、親が死ぬ夢ではなく、死んだ夢だった。
その二。続きとは。
あのあと、私が死ぬ夢も見ていた。けれど死因は見えていない。場所もわからない。分かったのは。いや、正しく言おう。
私が夢で感じたのは、息苦しさと、頭が膨れあがる感覚と、体の腫れるような重さと、どんなに足掻いても空振る足の感覚。
一度、それに似たのを体験したことがある。気づかないようにしていたけど、やはりそうだった。
私の死因は首吊りによる窒息死、首吊り自殺だ。今、それと全く同じ苦しみを感じている。
ここまで言って、気づいてしまった。
ロープがおいてあった場所。あそこは普段、親が私にご飯を渡すときに、食事を置いている場所だ。最後にあった日も、ここに置いていくねと言っていた。思えばあのあと、食器が持って行かれたときには既にロープはあった。
なぜロープを置いた?
唯一、私が人が死ぬ夢を見るということを話したのは誰だ?
そもそもあの女の人が死んだ日、わざわざ夜中に散歩をさせたのは誰だ?
部屋の外に人がいないように感じではなく、本当に人はいなかったのでは?
私を殺したのは、追い詰めたのは誰だ?
あの人はどこに?
消えゆく意識の中で、どこからかあの人の声が聞こえた気がした。
⸺⸺⸺
あの、物騒なこといっぱい書いてるけど、違うんです。やめて。通報?とかああいうのしないで。ほらあれ。人が魅了されるのは死だってよく言うから、それで書いているだけで。ごめんなさい本当に許してください。
いや本当に、後半消されるんじゃないかって怯えながら書いて、投稿しました。
何年くらいか前に殺戮にいたる病を読んでしまってから、どこからがアウトなのかわからなくなっているんですよ。
一応言っときますけど、自身が文を書くとき、死を美化しているつもりでも貶しているつもりでも、どちらでもないです。
あくまでこれは作り物なんで。
死の神聖化を仄めかすつもりなんて一切ないです。ほんとに。
毎度のことながら字のミスはお許しを。
作品49 星のかけら
いつからこうしているんだろう。どれくらいの時間、あなたを待っているのだろう。あお向きに寝転がりながら、私はあなたを待っていた。
早く夢を見て。
一度、まぶたを閉じる。次開いたらあなたが隣にいることを願って。そういうことを、何度も何度もしている。どうか次こそは。
恐る恐る目を開けると、あなたは腕組みをしながら私の枕元に座っていた。嗚呼やっと。やっと会えた。愛しいあなたに。
これでやっと、別れを告げられる。
この気持ちを悟られないよう静かな声で、もう死にますと言った。あなたは驚いたように私の顔を眺めた。
とうてい死にそうには見えない、とでも思っているのでしょうね。けれど、死んでしまうのですよ。
そこで、もう死にますと、今度ははっきり言った。そしたらあなたはどこか納得したような表情になり、そして真上から覗き込むように、もう死ぬのかねときいた。
あなたの瞳をまっすぐと見つめ返し、死にますともと返す。あなたの顔がよく見えた。
あなたは枕のそばに口を近づけ、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまたたき返してきた。でも、死ぬんですもの、しかたがないわ。静かな声でそう返した。少し眠くなってきてしまった。
もっとあなたと話したい。まだ、話していたい。あなたの顔をずっと近くで見ていたい。けれどそれはもう、叶わない。
あなたとずっと一緒にいたいのに。
しばらくして、あなたにこう言った。
「死んだら埋めてください。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちてくる星の破片を墓標に置いてください。」
そうして墓のそばで待っていて。いつかきっと会いに行くから。そう伝えた。
あなたは、いつ会いに来るかねと尋ねた。あなたは果たして、日が何度も何度も沈むのと落ちるのを繰り返すような、そんな長い時間、ずっと待っていてくれるのだろうか。
そう問うと、黙って頷いてくれた。嬉しくて、静かな声の調子を一段張り上げる。
「百年、私の墓のそばに座って待っていてください。」
きっと会いに来ますから。どうか、お願いと。祈りを込めた。
あなたはただ待っていると答えた。
あなたの顔をじっと見る。ちゃんと見てるはずなのに、なぜだかぼやけて見える。これは嬉しいからなのか別れが悲しいからなのか。涙が止まらなかった。
唯一ちゃんとわかるのは、死んでもずっと一緒にいると、そう誓ってくれるのが嬉しいということ。
何も悔いは無い。目を閉じる。涙が頬へ垂れた。
ぼんやりと、湿った土の匂いがした。そして柔らかい土を、そっとかけられる。かけられるたび、どこかがキラキラ光っているように感じた。
私の上に土。そして土の上に何か暖かいものが置かれたように感じる。きっと、星の破片だ。
きっとあの人がしているのね。あの人が、私との約束を守ろうとしている。
それだけで、どんな罪も許せそうだ。
ねえ?
あなたへ。
私の無理な申し出に、否定もせず受け入れてくれて、とても嬉しかったです。
約束通りの方法で私を埋めてくれて。とても優しく扱ってくれて。何も見えなくても、あなただとわかりましたよ。
もし、あなたがもう一つの約束通り百年待っていてくれるなら、それは私達の愛が証明されたということになります。
いつになるか、その時が本当にくるのか。それはまだ分かりませんが、来ると信じています。そしてその時には、百合となってあなたに会いにいきます。
私だと、気づいてくれますか?
接吻してくれますか?
変わらず愛してくれますか?
ずっとあいしていて、いいですか。
⸺⸺⸺
夏目漱石『夢十夜』 第一夜 女目線?
いいのかなこれで……。
星のかけらつったらこれか、スピッツの惑星のかけらしかない。
作品48 君と一緒に
《1》
とある日の放課後、私は彼女の家に遊びに行った。そのときにあったお話。覚えていることだけ話す。
「どうしたらあの人と一緒になれるかな」
「え、なになに?好きな人でもできたん?」
なんの前触れもなく発せられた、友人の恋愛相談としかとれないその発言に、思わずそう聞き返してしまった。
「別に好きってわけじゃないけど。いや好きなのかなこれ。……わかんない」
あやふやな言い方をする彼女を、問い詰める。
「相手は?部活は何してる?何組?てかそもそも何年?」
面白い噂が無く、日々退屈していた私にとって、彼女のその発言は、十分に興味をそそられた。
「多分知らない人だと思う」
「ならいいよ名前なんて。それでそれで?」
「えっとね。同じ学年だけど他組の人でね、部活は確か運動系って言ってた。バスケだっけな」
頭の中でイメージをたてていこうとしたが、情報が少なすぎて全くできなかった。
「どんな人?」
「背が高くて、力があって、好きなことには真っ直ぐな人。とっても優しいの」
ベタ褒めだ。
「どういうところを好きになったの?」
「だから好きかどうかわからないって……」
「強いて言うなら!」
「えー。……秘密」
いたずらっぽく彼女は笑った。そんなこと言われたら、もっと気になってしまう。さらに聞こうとしたけど、流石にここまでにしといてやろう。
「えっと何だっけ?どうしたら一緒になれるかだっけ?」
「うん」
「それは付き合いたいってこと?」
「……まあ、そういうことかな」
「そりゃあ告るしかないじゃん!」
「そんな仲じゃないし……」
恥ずかしそうにして、手に持っていたぬいぐるみを抱きしめる彼女。
ええい焦れったい。こうなったら私が君たちの恋のキューピッドになってやろう。
「よおし。私に任せなさい!」
「よろしくお願いします!」
急に元気になった彼女を見て、ますますやる気が出てきた。
「まず連絡先!」
「インスタ交換してます!」
「つぎに会話!」
「寝落ち通話するくらいまでならいけました!」
「え!?」
「え??」
「そ、それじゃ実際に遊びに行く!」
「映画館一緒に行きました!」
「もう付き合っちゃいなよ……」
秒でキューピッドの役目は消えてしまった。というより、そもそも必要なかったようだ。
やけくそに、彼女が用意してくれていたジュースを一気に飲み干す。なにこれ何味だ。
「私の出る幕はなかったようで」
「そんなこと言わないで……」
「私に何しろってんのよ……」
「教えてほしくて」
「何を」
「どうしたらあの人ともっと仲良くなれるかを」
「知らないよぉ」
「そこをどうか!お願い!」
「うーん……。何かしてくれるならいいよ」
「え……。そうだ!そのジュース何味か教えてあげる!」
なんと微妙な。いやでも、気になる……。
「……しゃーなしだ。教えたげる」
「ありがと!」
と言ったところで、特に何もないし、思いつかなかった。無理やり頭をフル回転させる。昔見た恋愛系の映画、小説、漫画、心理学。
うう。頭を使うとなんだか眠くなる。馬鹿の定めだ。それでも頑張って、思い出せるだけ思い出そうとする。
「うーん。……秘密の共有とか?」
やっとこさで言葉を絞り出す。反応を見たくて顔を覗き込むと、彼女は嬉しそうな表情をしていた。
「いいねそれ!」
「よかったー」
次は役目を果たせた。
「どんな秘密にしようかな。何がいいと思う?」
「それはご自身で考えてくださいまし」
そう言いながら床に寝転ぶ。
「大丈夫?」
「だいじょぶー。馬鹿が頭を使いすぎると、眠くなっちゃうんだよね」
「そっか」
「あとで起こしてー」
「んー」
うとうとしていると、ふと、私が考える条件として彼女が出してきた物の答えが気になった。
「そういえばさ。あのジュースってなに味なの」
「普通のオレンジジュース」
なんだ。つまんないの。
「あと睡眠薬の味もしたかもね」
「へー。……え?」
「ねえねえ。私、いい事思いついた」
急にいやな予感がした。
「お願いがあるんだけど」
「まってこわいやだ」
「あの人とする秘密作りに協力してくれる?」
彼女が机の引き出しから何かを取り出し、それをこちらに見せる。予感が当たってしまった。
「ねえやだ。やだやだやだ」
「もちろんいいって言ってくれるよね!」
「ちょっとまってわた」
「本当に優しい!いつもありがと!」
私の話を聞け。そう言おうとしたはずなのに、眠くて舌が回らない。そもそもなにをいおうとしたっけ。あれ。ねむくておもいだせない。
「安心して!ここまでしてくれたんだから、私、あの人と付き合えるよう頑張るよ!」
なにかいってる。ききとれない。ねむい。やばいきがする。にげなきゃ。
「まだ起きてるー?」
やばい。
「はやく寝てね」
にげなきゃ。
「そろそろかな」
ねむけが。
「それじゃ」
こわい。
「さよなら。おやすみ」
あたまがまわらなくなった。
ここまでしか覚えていない。私はどうなったんだろう。それはもう、わからない。
どんなに知りたいと願っても。
《2》
目標を一度決めたらそれを達成しないと気がすまないという、悪い性格だった。それは恋愛でも同じ。目標達成のためならなんでもできる。法に触れることでも何でも。
こうやってあの子の行動パターンや性格などを考えて、それに沿った準備をするのは、むしろ楽しかった。
さあ、ラストスパートだ。
やること全てを無事済ませたのをもう一度確認し、あの人にメッセージを送る。
『どうしよう』
『わたし』
『ひところしちゃった』
すぐ既読がついた。メッセージを打ち込んでいるのが見える。返事が来る前に、もう一度メッセージを送る。
『たすけて』
こう言えばあの人が助けてくれるのはすぐわかる。
しばらくすると返信が来た。
『僕がどうにかする』
『どうにかって?』
期待を込めて、次にくる言葉を待つ。
『 』
笑みがこぼれてしまった。
証拠隠滅。死体破棄。共犯者。とびっきりの秘密の共有。
これであの人とずっと一緒になれるだろう。
あの子だったものに話しかける。
本当にありがとう。絶対あなたの死を無駄にはしないよ。
《3》
突然彼女から来たメッセージ。当然動揺した。犯罪者、死体、殺人、疑問、警察、法律。色んな言葉が、しばらく僕の頭の中を埋め尽くした。
でも待って。もし僕が彼女を助けたら、それって、一緒になれるんじゃない?
期待を込め、返信を送る。
『僕がどうにかする』
『どうにかって?』
罪を被るよと送ろうとして、指を止める。それじゃあ一緒にはなれない。なるには共犯になんなきゃ。そのためには?
死体遺棄。
指をもう一度動かした。
『隠そう』
取り返しのつかないことをした気がするのに、笑みがこぼれてしまう。なぜだろう。これで一生、君と一緒になれるからかな。
⸺⸺⸺
どこで人が変わってるかわかるように《》で番号書いてます。もっといい書き方あるかもだけどわからない。
薬どこで手に入れたんだよとか、そんなやばい思考なるわけないだろとか色々あるけど、創作物は粗だらけのほうがちょうどいいってことでご勘弁。
作品47 幸せとは
「家に帰れば電気が点いている。家に帰れば迎えてくれる人がいる。家に帰れば心の底から安らぎを感じることができる。それってすごい幸せなことなんだよ。
なんて、聞き飽きた。
何度も何度も言われてきた。友人からも同級生からも先生からも大人からも。みんな口を揃えて言う。
“幸せって、家族だよ”
気色悪い。
家族が幸せの証なら、僕ん家はどうする。
帰るとき家に電気が点いているなら、親が帰ってきてるという恐怖。迎えてくれる人は、僕を痛めつける物を持っているという事実。安らぎなんて感じられるわけがない。
母は常に叫び声を上げ、父は僕と姉に暴力を振るう。兄は僕らを灰皿にする。弟たちは押し入れで震えてる。
これが、本当に幸せか?
なあ、幸せってなんだよ。分かる形で僕に教えてくれよ。僕にも感じられるようなさ。
いや、幸せなんて、きっと僕には一生無縁だ。少なくとも、あの家を離れられるようになるまでは。
もし、僕の家族の本当の事を知っても家族は幸せの証だ!なんてほざくのなら、幸せなんてほしくないと思う。そんなのいらない。
心の底から消えてしまえと願うよ。」
僕の思う幸せの形を目の前の彼に語ると、こう返って来てしまった。前に座っているのは、同い年にしては背が低くやせ細ってて、髪は無造作に切られ、服で見えないところは常に痣だらけの、痛々しい見た目をした、一人の男だ。
そんな彼が僕に伝えてくれた言葉。
なるほど。たしかにそんなの幸せじゃない。それどころか、それを家族とよべるのか?よべないに決まってる。
じゃあ、幸せってなんだろう。彼にも得られる可能性のある幸せ。
頭の中で、一つ一つ案を出していく。
食事は?それは彼の見た目からして分かる通り、得られる可能性は少なさそうだ。健康は?そもそも食事を満足に取れてないなら、到底無理だ。自由は?僕ら学生には無縁の言葉だな。即却下。互いに信じられる人間関係は?それなら、この僕が、彼に与えられる!
「わかった。訂正しよう。
僕が思う幸せの形。それは良質な人間関係だ。」
「……詳しく言ってみろ。」
「そもそも僕が幸せの形に家族をあげたのは、僕にとって家族は安定したものだからだ。
つまり、僕は安定を幸せとよんでいる。
ならば、安定したものであればそれは、幸せとよべるのではないか?
よって、僕は良質な人間関係が幸せだと思う。」
筋が通っているか否かなんて、この際関係ない。
「確かにな。だが、それも僕には無縁だ。」
「いいや。」
「無縁に決まってるだろ。」
「そんなわけない。僕がそれをあげるからね。」
少し面食らった顔をしている彼をみて、心苦しくなる。ああ本当に、自分は幸せとは無縁だと思っているのか。
前に座っているこの人に、本当の幸せを教えたい。
作品46 日の出
秒針の音が、やけにうるさく感じる。寝返りをうとうとするが、布の擦れる音が耳障りだからできない。
男は思う。眠れない。今日も眠れないのか、と。
真っ暗の部屋の中で、男は目を瞑っていた。その顔は、誰がどう見ても、寝ているようにしか見えない。
しかし、男は起きている。
変に冴えた頭で、男は自問自答をする。最後に眠れたのはいつだったか。その問いに対する解を導き出すのにはいつも、時間がかかる。やっとのことで思い出せても、それは遠い昔の思い出のみ。それくらい、男は寝ることができなかった。
何が俺をこんなにも苦しめているのか。
それは不眠症だ。
男を眠らせなくさせている原因を一言でいうとするなら、それが一番適しているだろう。しかしそれは、適しているというだけで、原因の原因は別にある。
台所から水の落ちる音。外から車の走行音。どこからか赤子の泣き声。胸のあたりから鳴る心臓の音。
すべてが男にとって、うるさくてたまらなかった。
そう。男は耳がいいのだ。そしてそれが、不眠症の原因だ。
耳がいい。そして夜はとても静かだ。その静寂の中では、どんなにやめようとしても、耳が勝手に研ぎ澄まされてしまう。それ故、周りの音に耐えきれず、男はこうして不眠症になってしまったのだ。
布の擦れる音を我慢して、男が寝返りをうった。そうすれば眠れると信じているかのように。
けれど、音は今も鳴っている。男を取り巻く、全てから。
こうして男は今夜も一人、苦しんでいる。その今夜というものはもう何時間も前に、昨夜に変わっていた。
また眠ることができず、夜が消えていく。
また、朝が来てしまった。
今日も寝ることを諦めた男は、少し寒いベランダで、特に何もせず、ただぼーっとしていた。空が明るくなったのに気づき、これからのぼってくるであろう朝日を見ようとする。
東の空は、赤く、とても輝いていた。
嗚呼なんで、こんなに朝は綺麗なのだろう。今日こそは、日の出を見れたら。
日が昇る。
この瞬間だけ、世界は静かだ。
その瞬間だけ、男は束の間眠ることができる。果たしてそれは幸せか不幸か。
男は日の出を見たことがない。
いつか日の出を見たい。
何度願ったその願いも、朝の静かさにかき消されて、消えていった。
⸺⸺⸺
あけましておめでとうございます!!!!!
意地でも正月関係を書きたくなかった結果、不眠症の話になりました。
さて、今年はどんな1年になるのでしょうか。
昨年のように、地震に苦しめられる始まり方はしなくて、心から安心しています。
あれを経験したら、そんなに代わり映えのない、安心安全な年くらいがちょうどいいなと思いますね。
まあ自分のことは置いといて。
ここまで読んでくれたあなたへ。
心豊かな、苦しみが限りなく少ない、少しでも幸福に溢れた1年に、なりますように。
誰がどう言おうと、わたくしかも肉がしっかり願っています!