作品32 心と心
身震いがした。鳥肌が立った。感動とも嫌悪ともとれる、そんな興奮。心を鷲掴みされただけでなく、揺さぶられたような感覚。それらがどっと、押し寄せてくる。
彼が書いた作品は、そんな物だった。
設定はすごくありきたりな内容。
主人公がただただ不幸な話で、最後は何も報われず、ひとり寂しく死ぬというバットエンド。
ありきたりすぎて、オチが弱い。まあ、素人にしてはいいほうだと思う
ただ一つずば抜けている点は、文章力だ。
嫌に粘りっこいのに、読む手は止まらない。胃もたれしそうなのに、これまでにないほど爽やかな読み心地。幼児でも読めそうだけど、とてつもなく重い文章。客観的なのに感情的。
それはまるで、心と心が紙越しに繋がったような感覚。
こんなの初めてだ。この人がいい。この人に、私の人生を書いてもらいたい。
そう思ったから彼に取材をしてもらった。
出身地、育った場所、好きな食べ物に嫌いな食べ物、恋愛経験、嫌いな人、学歴、習い事、部活、家庭環境、思い出、辛かったこと、楽しかったこと。それ以外にもたくさん聞かれた。
全ては、私の人生の小説を書いてもらうため。これからの人生の台本のため。
私は機械だ。他の機械と違うのは、元人間だったということ。そのため、僅かに感情がある。
機械が人間に逆らうことがないように、我々は人生の台本を人間に作ってもらう義務がある。普通なら主人が作ってくれるのだが、私は特別に、自分の好みで選べることになった。
そうして私だけの台本が渡される。読んでみる。つまらない内容だけど、楽しそうに見えてきた。
これからの人生が楽しみだ。
作品31 何でもないフリ
風の強い秋の日。祖母のお葬式にでた。
そんなに会ったことがなかったからあまり悲しくなかった。泣けなかった。
そしたら親戚のおばさんに、無理に何でもないフリしなくていいと言われた。
だから悲しそうなふりをした。泣くことはやっぱりできなかった。棺にお花を入れるときだけ、ちょっとだけ怖かった。
葬式のあと、叔父が一人一人に手紙を渡していった。名前が書かれているのを読むと祖母の字だった。叔父曰く、祖母がみんなに向けて書いたらしかった。
家に帰ってから、自分の部屋に篭もる。
そっと便箋をあけ、丁寧に四つ折りされた手紙を取り出す。ふわっと金木犀の香りがした。祖母の、大好きな匂い。
手紙を開くと、イチョウの絵があった。祖母と祖父の、大事な想い出らしい。昔、一緒に寝たときに教えてもらった。祖父は、生まれるずっと昔に死んでるから面識はない。
縦書きで書かれたそれを読みはじめる。
まず最初に、
『無理に悲しいフリしなくていいよ』
そう書かれていた。少ししか会ってない孫のことをよく知っているもんだ。
その先には、生まれた時のこと、小学校に入学した時のこと、ある年の正月、昔はよく遊びに行った夏休み、最後にあった冬休みの思い出が、たくさん書かれていた。
読み終えてから、大事にされていたんだなと気づく。
それでもやっぱり泣けない。悲しくなったけど、泣けない。もっと。もっと泣けるようになるまで、たくさん会えばよかったな。
そうしてやっと涙がこぼれた。
それは後悔の涙だった。
ここは、天国?川の向こうにあの人が見える。
待っていてくれたんだ。約束を、守っていてくれたんだ。
もうちょっと待ってて。すぐそっちに渡るから。
ほら。両手いっぱいにイチョウを持ってきたよ。わたしも約束、忘れてなかったからね。
⸺⸺⸺
作品4 秋風 と
作品8 たくさんの想い出 の
二人が夫婦だったバージョン
最後の謎の行は、亡くなった祖母(またはわたし)のシーンです
作品30 仲間
「ゲームセット」
「「ありがとうございました!ありがとうございました!ありがとうございました!」」
一つ目は相手に、二つ目は審判に、三つ目は観客方に。何度繰り返したかわからない連続感謝。
こんなに連続で言うことは多分もうないんだろうな。だってさっきのが最後の試合だったから。
高校生になったら勉強に専念するという家の決まり。けど、それまでならなんでも自由にしていていい。
特にやりたいことのない私は、なんとなく兄弟みんながやっていた卓球を選んだ。
そしてハマった。
全然強くないけど、ドライブが上手く行ったときとか回転をかけたサーブが効いたとき、スマッシュを思いっきり決めたとき。全部がすごい楽しかった。
楽しかったせいで思う。やめたくなかったなと。
敗者は審判をやる。他のスポーツもそうなのかは、よく知らない。椅子に腰掛け、得点板をゼロにあわせる。
ダブルスの審判になってしまった。
ダブルスは正直苦手だ。自分の思い通りに動けないし、相手のことまで考えられないから。だから、できる人はすごいと思う。
練習を少しだけさせ、先攻後攻を決めさせる。先攻のチームにボールを渡し、試合を開始させる。
「第1セットラブオールプレイ。」
「「お願いします!お願いします!お願いします!」」
「デュースです。」
第5セット。このセットを取った方が勝ちだ。どちらも強い。それでいてどちらも同じ強さ。
正直見ていてすごい面白い。
左利きと右利きのチームに、二人とも両利きのチーム。どちらかといえば、前者が勝ちそうだ。けど、わからない。それが面白い。
左利きがサーブを出す。横回転のように見える。そしてそれに引っかかる。
終わっちゃったか。
「ゲームセット。」
「「ありがとうございました!ありがとうございました!ありがとうございました!」」
最後にいいものを見させてもらった。
結果を書いた紙を、負けたチームに持っていく。これで私の仕事は終わりだ。
未来ある若者よ。これからも私の分も頑張ってくれたまえ。
ベンチに戻る途中にふと考える。もし私にダブルスをやる意志があったら、今ごろ違ってたのかな。
勝っても負けても互いに慰めあえて。悔しさは倍増しそうだけど、楽しさも倍増しそう。
いいな。
もっとやりたかった。
⸺⸺⸺
ダブルス=仲間ってことです。
締め方がわからない。
作品29 手を繋いで
あと一歩のとこまで来た。なんとなく顔を上げてみる。やけに夜景が綺麗だ。さっきまで雨が降ってせいか、いつもよりキラキラして見える。いい景色だ。
ここに来るまで、いろんなことがあった。学校を卒業してすぐ勤めた会社はブラックで、3年付き合った彼氏には浮気され、金を貸してあげた奴はどっかに消えて、そんなところに身内の不幸が重なって。全部思い出したらきりがない。まあ、それくらい大変だったということだ。
そんな苦労も、あと一歩できれいさっぱり無くなる。さあ、足を踏み出せ。
と、思ったら、後ろからドアを勢い良く開ける音が聞こえた。振り返ると、なぜかあの子がいた。
「なんでここに……」
そう言いかけて気づく。
屋上に来る前に送ったあのメッセージのせいか。死ぬ前に感謝でも伝えようと思ったのは失敗だったな。面倒くさいことになった。
「何してんの。危ないよ早く戻って来て!」
今にも吐きそうな顔で彼女が叫ぶ。その目元には、真っ黒なクマがある。そういや、ずっと眠れてないって、この前言ってたな。体調不良か。この会社じゃ、そう珍しくない。
「ほらはやく!」
また叫ぶ。なんて耳障りな声なのだろう。
深くため息をついて答えた。
「……いいんだよこれで」
少しの間、沈黙が流れた。どこからか救急車のサイレンが聞こえる。あの色、好きなんだよな。もしかしたら乗れるかも。
そんなことを考えていると、彼女がようやく喋りだした。
「なんで……?」
……は?“なんで”だって?それは何についてだよ。私が死のうとしてること?その理由?なんで会社の屋上なのか?どれについてだよ。
どうせこいつのことだ。なんで死ぬのーとかだろ。頭の中どれだけ幸せなんだよ。
いや違うか。私みたいな目にあったことなんてないんだな。または鈍いのか。どれにしろ苛つく。
まっすぐ視線を向ける。そして目で語る。死ねる間際まで私を苛つかせるんだなお前は。
ま、いいや。あとちょっとだけ動けば落ちれるんだし。じゃね。ばいばーい。
「しんじゃ、やだ……」
ささやき声と言えるくらい小さな声が、私を無理やり引き止めた。
その言葉。お前もその言葉を言うのか。
ゆっくり振り返って見ると、彼女はしまったという顔をしていた。
さっき感じていた怒りとは比べ物にならないほどの、よくわからない禍々しい気持ちが、腹の底から湧いてくる。
殺意だ。
それを持っていることを気づかれないように慎重に言う。
「取れない責任の言葉を吐くなよ。それがどれだけ苦しめるか知らないくせに。紛い物の救いの言葉をほざいてんじゃねーよ!これ以上お前の気色悪い願いを、あたしに言うな!」
無理だ耐えられない。でも、どうせ死ぬんだ。言ってやれ。彼女がどんなに苦しそうな顔しても、言ってやれ。
「ずっと苦しかった!どんだけ頑張ってもすぐお前と比べられて!そのたびに吐いた希死念慮を否定されて!お前の綺麗事は、あたしの首を絞めてってたんだよ!あたしは殺された!お前のその言葉に殺された!お前が、あたしを殺したんだ!」
言ってやったぞ。わたしを追い詰めたのはお前だと。お前が全部悪いんだと。
自分の感情をここまで出したのは、いつぶりだろう。呼吸が荒くなる。頭に血が上りすぎて、まともな判断ができなくなる。
「わたしがわるいの……?」
ああ、そうだよ。
「一人ぼっちにしてほしくなかっただけなの。」
先にしたのはそっちじゃん。
顔を見ると、彼女は涙を流していた。
よく耳を凝らさないと聞こえないほど小さな声で、彼女は言った。
「一人にしてほしくなかったの。」
ああ、そうか。私はずっと、この言葉が欲しかったのか。手に入れたけど、もう、遅い。
せめてその言葉をくれたあなたを、一人にはしない。
彼女が泣き止むのを待ってから、
「分かったよ。」
そう言って、手を伸ばした。
「ほら。手、握って?」
喜んだ顔して手を強く繋いでくれた。そして小さい力で、腕が引っ張られる。そう急かすなよ。
腕をぐんっと、引っ張ってあげた。その反動で抱きしめ、耳元で囁く。
「一緒に死ねば、問題ないだろ?一人にならないじゃん。」
手離すなよと言う。かすかに戸惑いの声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。
星空が足元に広がる。
一生一人じゃなくなることになって、きっと喜んでるだろうな。彼女の方を見て微笑んだ。でも笑い返してくれなかった。
あれ?もしかして、間違えた?
それに気づいても、もう取り返しはつかない。どうしよう。間違えた。え、なんで。何が違ったんだ。どこから間違えた。今知っても手遅れか。もうどうにもできない。ならせめて、笑おう。
無理やり口角を上げる。ねえ、私今笑えてる?
それを聞く前に、体が熱くなった。
⸺⸺⸺
作品26 逆さま より相手の目線。
うまく書けないです。
作品28 ありがとう、ごめんね
感謝の言葉がほしいわけじゃない。謝罪の言葉がほしいわけじゃない。
僕から悲しみを奪ってほしかっただけ。ただ、それだけなんだ。
欲を言えば、僕の目の前で死なないでほしかった。ありがとうなんてそんな、気色悪い言葉を残さないでほしかった。ごめんねなんて呪いの言葉を吐かないでほしかった。ひとりぼっちにしないでほしかった。
一緒にいた時間に感謝を述べるくらいなら。
一緒にいる時間を思い出にしてしまうのを謝るくらいなら。
ねえ、お願いだから置いてかないでよ。
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多分亡くなる系の話書く人いると思うので、置いてかれた人目線でいきます。
いい感じに合う人がいたらいいのだけどね。