作品27 部屋の片隅で
物が割れる音がする。叫び声と泣き声が混ざったよくわからない声も聞こえる。それとは別の怒鳴り声。怒鳴ってる声が大きくなるたび、人を叩くような音がする。
いつもの家族の喧嘩だ。珍しいものじゃない。怖いけど、慣れた。
私はいつもどおり部屋の隅っこに逃げて、クマのぬいぐるみを抱きしめればいい。けどたまに、私もそれに巻き込まれるから、ここにいるのことをバレないように小さくなる。
そして手を強く握り合わせて、目をつぶって何度も願う。早く終わりますようにって。
神様、私はこの時間が大っ嫌いだ。だからもうやめて。早く終わらせて。お願いします。
何度も何度も願うから、手に爪が食い込んで血が出てくるようになった。それでも、それは終わらない。クマさんを強く抱きしめる。やっぱり怖いよ。
今日も隅っこで一人、血を流す。
それが、私だ。
作品26 逆さま
急いで階段を駆け上がる。右手で強く握っているスマホには、彼女から送られた一通のメッセージが表示されていた。
『ありがとね』
たったそれだけのメッセージ。それだけなのになぜか、すごく嫌な予感がした。
屋上の扉を押し開ける。柵の向こうには、足を踏み出そうとしていた、あなたがいた。
人の生死が濃く出てくる場面を今まで全然見てこなかったせいなのか、ただ単に睡眠不足のせいなのか、すごく吐きそうになる。
とりあえず、とめなくとゃ。
「何してんの。危ないよ早く戻って来て!」
彼女は、ぼんやりと目付きでこちらを向いただけだった。
「ほら早く!」
深くため息をつかれた。
「……いいんだよこれで」
私の叫びに返ってきたのは、その言葉だけだった。
何がいいの?死んでもいいってこと?なんでそんなこと言うの?なんで。
「なんで……?」
次はしっかりこちらを向いてくれた。気のせいかもしれないが、その目には怒りが宿っていた。
彼女の足が動く。雨が降っていたせいで、滑りやすくなってる。下手に動いだら死んじゃうかも。いや、それが狙いなのか。でもやだよ。それは、ヤダ。お願い動かないで。お願い。死んでほしくないの。死なないで。
「しんじゃ、やだ……」
死のうとしている人に言っちゃだめなのに、言ってしまった。
恐る恐る彼女の目を見ると、たしかな殺意が宿っていた。口が開く。
「取れない責任の言葉を吐くなよ。それがどれだけ苦しめるか知らないくせに。」
深く息を吸う音が、ここまで聞こえた。
「紛い物の救いの言葉をほざいてんじゃねーよ!これ以上お前の気色悪い願いを、あたしに言うな!」
ヒュッと、私の喉から変な音が鳴る。
「ずっと苦しかった!どんだけ頑張ってもすぐお前と比べられて!そのたびにこぼれた希死念慮を否定されて!お前の綺麗事は、あたしの首を絞めてったんだよ!あたしは殺された!お前のその言葉に殺された!お前が、あたしを殺した!」
お前のせいだと叫んだ言葉が、頭の奥で響く。
頭が痛い。私が悪いの?ただ死んでほしくなかっただけなのに。私が悪いの?友達がいなくなってほしくなかっただけなのに。私が悪いの?本当に、それだけで言った言葉なのに。
「わたしがわるいの……?」
ただ、一人にしてほしくなかっただけなのに。私が悪いの?
「一人ぼっちにしてほしくなかっただけなの。」
涙が出てきてしまった。かのじょも、肩を激しく上下させながら泣いていた。
しばらくしてから、彼女は言った
「……分かったよ。」
そして、手を伸ばしてきた。
「ほら。手、握って?」
私の思いが、伝わったんだ!
それが嬉しくて、その手を握る。彼女が落ちてしまわぬように、強く握る。ねえほら、戻ってきてよ。
突然、腕が痛くなった。まるで、強い力でひっぱられたかのように。
「一緒に死ねば、問題ないだろ?一人にならないじゃん。」
手離すなよと言う。えっといった言葉は、届かなかったようだ。
視界が反対になり、真っ逆さまに落ちていく。
最期に見たのは、あなたの顔だった。あなたは笑っていた。けれど、目は笑っていなかった。
私の記憶は、逆さまで終わっている。
作品25 眠れないほど
「じゃあ、また明日ねー。おやすみ。」
日付が変わる少し前、私は友達との通話を切った。ちょうど三時間の通話。今までよりかは短めだ。長く話し過ぎたらこの前みたいに親に怒られちゃう。
私達は、学校で一番と言い切れるほど仲がいい。小さい頃から保育園が一緒で、クラスも一回だけ別々になったくらいで、あとはずっと同じクラス。
さすがに今やってる部活は違うけど、好きな教科も嫌いな教科も、得意な物も苦手な物も、好きな食べ物も嫌いな食べ物も、全部一緒だ。それくらい仲がいい。
だから、二日に一度のペースで毎晩通話してる。いつも終わったあとに幸せを噛み締めようと内容を思い出そうとするが、どんな話をしたかなんて忘れちゃう。
でも、くだらない話をして笑い合えるのが、ものすごく楽しくて嬉しい。
次はどんな話をしようかな、明日は何して遊ぼう、今度またお泊りしたいな。
通話が終わったあとは、次のことばかり考える。楽しくて眠れないくらい、友達のことばかり考える。そして必ず最後に、こう思う。
この関係が大人になっても一生続けばいいな。
今日もしっかり神様に願っておいた。
作品24 夢と現実
机の上に、写真を叩きつける。
「もう許せない。あれで最後って言ったのに、また浮気したな?」
写真に写ってるのは俺の恋人の浮気現場を捉えた写真だ。しかも、写真の枚数分相手が違う。
ぎろりと睨みつける。
「それってさ、別れ話?」
あ、爪欠けてる最悪ーなんて言いながら、こいつは言った。
「そうに決まってるだろ!あのなお前⸺」
怒鳴ろうとしたところで、こいつが頼んだパフェと俺が頼んだコーヒーが運ばれてきた。スタッフが少し迷惑そうな顔でこっちを見る。しまった、静かにしなくては。すみません、と小声で謝る。わーいパフェだーなんて呑気な声が聞こえてきた。
こいつの希望でこのカフェに入ったが、別れ話を持ち込むにはふさわしくない場所だったな。それが狙いなのかどうかは興味ないが。
なるべく声を荒らげないように、なるべく迷惑をかけないように、なるべく円満に、別れよう。
少し声をひそめて喋る。
「俺は前回のときに言ったよな?許すのは今回までだって。」
「言ってたけどさー。だってー。ん!これ美味しー!はいあーん。」
ふざけてるのか?
「いらない。」
「遠慮しないでさー。ほら、パフェ好きでしょ?」
「甘いのは嫌いだ。好きなのはお前の浮気相手だろ。」
「あれ、そうだっけ?うっかりうっかり。」
コーヒーをズズッと音を鳴らして飲む。なんでこんな奴と付き合ってるんだ俺は。
「で、なんだっけ?別れたいんだっけ?」
半分ほど飲み終えたときに、そう聞かれた。
「そうだと最初から言ってる。」
「なんで?」
「お前が浮気ばっかりするからだ。」
「……そっか。」
スプーンがことりと置かれる音がした。食べ終わったようだ。それにあわせてコーヒーを飲み終える。
「分かったよ。じゃ、別れよっか。」
やけにあっさりだな。変にこじれるよりかはいいか。それじゃそういうことでこの話は終わりだな。
伝票を取ろうとしたら、先に取られた。
「何をやってる。さっさとそれを渡せ。」
「いいって。今日ぐらい払うよ。誘ったのこっちだし。」
それもそうかと思い、こいつに払ってもらった。前回もこんな感じだったな。
カランカランとドアが鳴る。
「それじゃ、またね。」
あいつが背を向けた。それに向かって喋る。
「やっと別れられて、せいせいした。」
互いに逆方向の道を歩き出した。
えーと、これで何回目だっけ?確か……六回目?多いなちょっと。
帰り道を歩きながら、独り言を呟く。
つい口元が緩んでしまう。ああ、やっぱり彼は可愛いな。そしてそんな可愛い彼のことを一番に知ってるのは、この世に自分しかいない。
飲み物を飲むときについ音を鳴らしちゃうのも、甘いのが嫌いと言いながら家ではコーヒーに砂糖をたくさん入れてるのも、どんな相手でも食べるスピードを合わせてくれるのも、正当な理由で相手を責めるのが好きなのも、正義感に酔うのが好きなのも。
ひとつひとつがすっごい可愛い。だけどそんな可愛いのは、ぜーんぶ長年付き合ってきた自分しか知らない。
そんな彼が大好きだ。
だから、自分はあえて浮気してる。
彼が大好きな正義感とやらに酔わせてあげるためだ。
彼が気持ちよくなれるならなんだってする。どうでもいいやつとでも寝てやる。だって、それでしか愛情を感じられないんだもん。
浮気を通してでしか愛情を確認できない奴と、正義になれる理由がほしい奴。甘ったるい夢にだけ溺れてたい者同士、現実を見たくない者同士。めちゃくちゃお似合いじゃん。
結局のところ互いに依存しあってるんだよな自分たちは。だから今回も、絶対別れない。
後ろから走る足音が聞こえてくる。かと思えば、突然後ろから抱きしめられる。
「ごめん。やっぱりやだ。別れたくない。」
ほら当たった。やっぱり、彼はこういうのが好きなんだよ。そして。
良かった。まだ、愛されてる。まだ愛されてる夢だ。嫌われてないよかった。
この幸せな夢よ、どうかまだ覚めないで。
やっぱり別れることなんてできない。別れるべきなのに。どうして俺は学ばないんだ。いい加減現実を見ろよ。こんなやつとは別れたほうがいいに決まってる。
「しょうがないなー。いいよ。」
こいつの声が、胸の方から聞こえる。顔を覗き込むと、すごい笑顔だった。いつも、この度いつもこの顔だ。
そんな嬉しそうな顔で笑わないでくれ。その笑顔は浮気したあとじゃなくて、普段から見せてくれよ。
いや違う、別れなくちゃいけないんだ。だけど、離れられない。ああくそ。
この悪夢よ、頼むから早く覚めてくれ。
⸺⸺⸺
昨日夢のお話書いたのに……なんで……。
むしゃくしゃしたからいつも以上に雑です悪しからず。
作品23 さよならは言わないで
大人になってからよく見るようになった夢がある。あなたに会う夢だ。
小さい頃、僕は事件というか、事故というか、変なのに巻き込まれた。あまりあのときのことを思い出さないようにしてたから、細かいことは覚えてない。
ただ、死ぬかけるほど危険なことだったことはたしかだ。実際、父はそれで死んだ。僕を庇ってくれたせいで。何度も何度も謝った。ごめんなさい、僕じゃなくてごめんなさい、死なせてごめんなさいって。
「父さん、本当にごめんなさい。死なせてしまって。僕が今もこうやってのうのうと生きていてしまって。死ぬのが僕じゃなくて、ごめんなさい。」
何度言ったかわからないほど繰り返し言ったその言葉を、あなたに向かって、また繰り返す。
父は静かに首を横に振った。
「生きていてくれて、本当に良かった。」
ただそれだけ言った。それ以上は、少し悲しそうな顔をするだけで喋らなかった。
けれどその言葉で、僕は許されたように感じた。今まで生きてしまった罪が、その言葉でなくなった。
「父さん、僕はずっと……」
言葉を紡ごうとしても、涙がそれを止める。ずっと謝罪無しで喋りたかった。死ぬ前にできなかった会話を、偽物の世界でいいから喋りたかった。別れが来る前に。
「死ぬ前に、別れの挨拶ができなかったのが、ずっと悔しかったんだ。」
絞り出した言葉が、文になる。もう少しで夢から覚めてしまう。その前に、早く言わなくちゃ。
「サヨナラを言ってしまったら父さんが亡くなったのを認めなくちゃいけなくなりそうで、言うのが怖くて言えなかった。」
父が、泣いている。その涙は、僕が泣いているのと同じ理由であるようにと、わずかに祈りをこめる。
そうだよな、やっぱ別れたくないよな。やっと会えて、許されて、こうやって話せたのに。
「だけど今日でその気持ちは最後にしなくちゃいけない。父さん、さようなら。どうかずっと、天国で見守っていてください。」
今日はあなたの命日で、あなたと僕が別れを告げた日。そして、言えなかったさよならをやっと言えた、大切な日。
⸺⸺⸺
作品14 セーター よりその後の話し。
眠くてちゃんと書けない。