作品26 逆さま
急いで階段を駆け上がる。右手で強く握っているスマホには、彼女から送られた一通のメッセージが表示されていた。
『ありがとね』
たったそれだけのメッセージ。それだけなのになぜか、すごく嫌な予感がした。
屋上の扉を押し開ける。柵の向こうには、足を踏み出そうとしていた、あなたがいた。
人の生死が濃く出てくる場面を今まで全然見てこなかったせいなのか、ただ単に睡眠不足のせいなのか、すごく吐きそうになる。
とりあえず、とめなくとゃ。
「何してんの。危ないよ早く戻って来て!」
彼女は、ぼんやりと目付きでこちらを向いただけだった。
「ほら早く!」
深くため息をつかれた。
「……いいんだよこれで」
私の叫びに返ってきたのは、その言葉だけだった。
何がいいの?死んでもいいってこと?なんでそんなこと言うの?なんで。
「なんで……?」
次はしっかりこちらを向いてくれた。気のせいかもしれないが、その目には怒りが宿っていた。
彼女の足が動く。雨が降っていたせいで、滑りやすくなってる。下手に動いだら死んじゃうかも。いや、それが狙いなのか。でもやだよ。それは、ヤダ。お願い動かないで。お願い。死んでほしくないの。死なないで。
「しんじゃ、やだ……」
死のうとしている人に言っちゃだめなのに、言ってしまった。
恐る恐る彼女の目を見ると、たしかな殺意が宿っていた。口が開く。
「取れない責任の言葉を吐くなよ。それがどれだけ苦しめるか知らないくせに。」
深く息を吸う音が、ここまで聞こえた。
「紛い物の救いの言葉をほざいてんじゃねーよ!これ以上お前の気色悪い願いを、あたしに言うな!」
ヒュッと、私の喉から変な音が鳴る。
「ずっと苦しかった!どんだけ頑張ってもすぐお前と比べられて!そのたびにこぼれた希死念慮を否定されて!お前の綺麗事は、あたしの首を絞めてったんだよ!あたしは殺された!お前のその言葉に殺された!お前が、あたしを殺した!」
お前のせいだと叫んだ言葉が、頭の奥で響く。
頭が痛い。私が悪いの?ただ死んでほしくなかっただけなのに。私が悪いの?友達がいなくなってほしくなかっただけなのに。私が悪いの?本当に、それだけで言った言葉なのに。
「わたしがわるいの……?」
ただ、一人にしてほしくなかっただけなのに。私が悪いの?
「一人ぼっちにしてほしくなかっただけなの。」
涙が出てきてしまった。かのじょも、肩を激しく上下させながら泣いていた。
しばらくしてから、彼女は言った
「……分かったよ。」
そして、手を伸ばしてきた。
「ほら。手、握って?」
私の思いが、伝わったんだ!
それが嬉しくて、その手を握る。彼女が落ちてしまわぬように、強く握る。ねえほら、戻ってきてよ。
突然、腕が痛くなった。まるで、強い力でひっぱられたかのように。
「一緒に死ねば、問題ないだろ?一人にならないじゃん。」
手離すなよと言う。えっといった言葉は、届かなかったようだ。
視界が反対になり、真っ逆さまに落ちていく。
最期に見たのは、あなたの顔だった。あなたは笑っていた。けれど、目は笑っていなかった。
私の記憶は、逆さまで終わっている。
12/6/2024, 3:23:51 PM