作品32 心と心
身震いがした。鳥肌が立った。感動とも嫌悪ともとれる、そんな興奮。心を鷲掴みされただけでなく、揺さぶられたような感覚。それらがどっと、押し寄せてくる。
彼が書いた作品は、そんな物だった。
設定はすごくありきたりな内容。
主人公がただただ不幸な話で、最後は何も報われず、ひとり寂しく死ぬというバットエンド。
ありきたりすぎて、オチが弱い。まあ、素人にしてはいいほうだと思う
ただ一つずば抜けている点は、文章力だ。
嫌に粘りっこいのに、読む手は止まらない。胃もたれしそうなのに、これまでにないほど爽やかな読み心地。幼児でも読めそうだけど、とてつもなく重い文章。客観的なのに感情的。
それはまるで、心と心が紙越しに繋がったような感覚。
こんなの初めてだ。この人がいい。この人に、私の人生を書いてもらいたい。
そう思ったから彼に取材をしてもらった。
出身地、育った場所、好きな食べ物に嫌いな食べ物、恋愛経験、嫌いな人、学歴、習い事、部活、家庭環境、思い出、辛かったこと、楽しかったこと。それ以外にもたくさん聞かれた。
全ては、私の人生の小説を書いてもらうため。これからの人生の台本のため。
私は機械だ。他の機械と違うのは、元人間だったということ。そのため、僅かに感情がある。
機械が人間に逆らうことがないように、我々は人生の台本を人間に作ってもらう義務がある。普通なら主人が作ってくれるのだが、私は特別に、自分の好みで選べることになった。
そうして私だけの台本が渡される。読んでみる。つまらない内容だけど、楽しそうに見えてきた。
これからの人生が楽しみだ。
12/12/2024, 2:36:15 PM