澄んだ瞳
その人は黒い羽を持っていた。
黒々と艶やかに光るその羽は見る者を魅了する。しかし、同時に忌み嫌われていた。
「天使なのに、羽が黒いだなんて……」
「あんなの堕天使と同じじゃないの」
そんな言葉が投げかけられる中、その人はまるでその言葉たちが聞こえていないかのように構わず歩き続ける。
教会に辿り着くと、その人は他の者と同じように神に祈りを捧げた。誰よりも長く、祈り続け、やっと目を開ける。
まぶたに隠されていた澄んだ瞳からは、涙が一筋こぼれ落ち、そのまま羽へと落ちていった。
涙が落ちたその何センチにも満たないくらいの丸が、一瞬だけ白く輝く。元の羽の色はとても美しいのに、まるで色が侵食していくかのように、黒へと戻っていく。
ああ、たとえ羽が黒くても、その人はたしかに天使なのだと改めて思った。それと同時に、羽が黒いから、と見た目で判断してしまう愚かな自分のことを恥じたのだった。
嵐が来ようとも
「ずっと、ここで待っているから」
そんな、些細な約束を守るように、彼女はその場所で待ち続けた。
晴れの日も、雨の日も。たとえ嵐が来ようとも、彼女はそこで待っていた。
何年も、何十年も経って、待ち人はようやく現れた。生まれ変わった彼はあまりにも若く、待ち続けた彼女は年老いていた。
それでも、再び出会えたことに、二人は喜びで涙を流す。
「遅くなって、ごめんね。待っていてくれて、ありがとう」
そんな彼の言葉に、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
お祭り
夏は、嫌いだ。
額を伝う汗も、耳障りな蝉の鳴き声も、汗ではりつくTシャツも。不快で、暑苦しくて、それでいてどこか背筋が凍るような、そんな季節が嫌いだった。
それなのに、他のみんなは楽しそうに夏を満喫している。海にプール、お祭りだってそうだ。
家族に連れられて行ったお祭りは人混みがすごくて、すぐはぐれてしまった。キョロキョロと辺りを見回して探すが、人が邪魔で見当たらなかった。
ふと、視線を感じてそちらを向けば、そこには女の子が立っていた。夏らしい海を思わせるような浴衣に、キツネのような、ネコのようなお面をつけた十歳くらいの背の低い女の子。
お面のくりぬかれたその穴からは、視線を感じるのに、瞳が見えなくてゾッとした。その向こう側に闇が広がっているようなそれに、嫌な汗が背中を伝う。
リィン、と鈴の音がどこかで鳴って、その子は人混みの中へと消えていく。
ああ、だから夏は嫌いだ。
神様が舞い降りてきて、こう言った。
願いにしては大きく、祈りにしてはあまりにも厚かましいようなそれはいっそ許しを乞うようだった。
絶望にうちひしがれて、地面に膝をつきながら見上げたその先に、光が見えた。
神様が舞い降りてきて、こう言った。
「君にあげたものだから、君の好きにしていいよ」
生きるのも、死ぬのも。どんな道に進んで、何をしようが、これは君の人生だから。
だから、いつかまた戻ってきたら、君の話をたくさん聞かせてよ。
誰かのためになるならば
誰かのためになるならば、私は言葉を紡ぎ続けていたい。
その言葉が誰かのためになるならば、私のためになるならば、記し続けよう。
いつの日か、この言葉が再び誰かの目に触れるとき、そのときにきっとこの言葉は、君に向けたものになる。