天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、
「……なんか暗いね」
「曇ってるからね」
長い沈黙の末に僕の口から出てきた話題は天気で、気まずい雰囲気がさらに重たくなった。
「あー、なんか寒い? なら、暖房でも」
「いいよ、つけなくて。寒くない」
君は遮るようにそう言って、今まで前を向いていた顔がやっとこちらに向く。
先延ばしにしたい僕と、早く終わらせたい君。それなのに、この言葉を告げるのが僕の方だなんて。
「別れよう」
そう視線を逸らしながら言えば、君は少しの沈黙の後で、うん、と小さく頷いた。
ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。
あと、どれだけ走ればいいんだろう。
浅くなる呼吸に、疲れきった足はもつれて、もう無理だと思うのに、それが後ろにいることを知っているから、逃げるように走り続けた。
でも、逃げ道がどこにもないことも、よくわかっていた。だって、逃げ込んだ先は巨大な搭だったから。上って、上って、上った先は行き止まりだと知っているから。
それなのに、最後まで抵抗したかった。抗っていたかった。逃げ続けたその先で、それでもそれに負けたくはなかった。
でも、それが言うんだ。
「でも、影は実体より大きくなれるでしょ?」
それに飲み込まれてしまう前に、そっと窓から足を踏み外した。
「ごめんね」
「ごめんね」
そう綴られた置き手紙一つで、許せたら、どれだけよかったか。
その一言で、この傷が癒せたら、どれだけよかったか。
ぽっかりと空いた心も、じわじわと実感して泣き出す心も、その言葉で埋められたら、よかったのに。
まだ許すことはできなくて、まだ癒えることもなくて、他のものを詰め込んだ心でさえ、まだその隙間が埋まらないまま。
半袖
少し前を歩く君をぼんやりと眺めていた。
歩く度に揺れ動くスカートの裾が何だか楽しげで、半袖から伸びる細くて白い腕が何故だか眩しかった。
君は振り返ってこちらを向き、微笑む。暑さよりもまだ爽やかさが勝る中で君がこちらに手を差し出した。
ああ、夏がまたやって来る。
天国と地獄
天には、天国と呼ばれる場所があった。
地には、地獄と呼ばれる場所があった。
その間に、神様は天国と地獄が混ざったような世界を作った。平和すぎる天国と、残酷すぎる地獄を混ぜれば、ちょうどよくなる、と。
そうして出来上がった場所に、神様は人間を作った。人間はみな、光と闇を持つ生き物だった。
神様は語る。天使や悪魔はその欲望に忠実だ、と。それに比べて人間は矛盾を抱えて、実に面白い、と。
だからこそ、愛しいのだ、と神様は語った。