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2/25/2023, 2:52:47 PM

物憂げな空


曇りときどき雨。天気予報にはそう書いてあって、空を見上げれば、たしかに分厚い灰色の雲に覆われていた。
どんよりとしたそれはどこか物憂げで、なんとなくこちらの気分も下がってしまう。
「晴れるよ」
思わずため息をつけば、隣を歩く君はいつもと変わらぬ声色でそう言った。
その言葉に、もう一度空を見上げてみても晴れそうな様子はなく、むしろ雨が降りそうにしか見えなかった。
訝しげにそちらを見れば、君は西の空を指差した。その指の示す先を見ていると、雲の隙間から一本の光が降りそそぐ。その光の柱は徐々に増えていき、地上を照らす。
「ね、晴れたでしょ」
そう言って笑う君のもとにも光が降りそそぎ、その笑顔を照らしていた。

2/24/2023, 2:02:06 PM

小さな命


子どもは純粋だと誰かが言った。その命を守らねば、と大人たちは子どもの前に立ちはだかり危険から遠ざけようとする。
でも、その子どもよりも小さい命も確かにあって、子どもは純粋がゆえにその命を終わらせてしまうときもあるんだ。
命はすべての生き物に平等に与えられて、死は突然やってくる。きっと誰も心の準備なんてできていないのに、その死は急にやってくるんだ。
ほら、君が今踏んだそのアリだってその死が来るなんて思ってもなかっただろうね。でも君は素知らぬ顔でまた歩き出すんだ。
小さな命が今日も空にかえって行って、その命を奪った僕らが今日もこの世界で生きているんだ。息をしているんだ。

2/23/2023, 1:51:21 PM

Love you


「愛してる」
軽く告げられた言葉につられて、そちらを向けば、普段と何ら変わらない彼がいた。眠そうにあくびをしながら、コーヒーをねだる彼はいそいそとこたつの中へと入っていった。
愛情なんて、そんな優しいものは入っていないことはわかっていたけれど、まだその言葉に期待してしまう。
ゆっくりとコーヒーを入れ、いつも通り砂糖を一つ、その黒の中へと落とす。愛も砂糖と同じように目に見えてから溶けてしまえばいいのに。
「カッート!」
そんな思考を巡らせていれば、監督からのその一言で思わず顔を上げる。演技に集中しなければ、そう思うのに視界の端にうつる元恋人の存在がそれを邪魔する。
ああ、あのとき聞いていた愛しているよりも何倍も薄っぺらくて、想いすらもこもっていないのに。その響きだけがあのときと全く同じだから。
まだ、その愛の言葉に期待している自分がいた。

2/22/2023, 2:11:45 PM

太陽のような


その世界は嘘でできていた。見上げた先にある青空は青で塗られた天井で、時折降る雨はホースから水やりをするかのように降ってきて、太陽のような眩しい光は、ただの光だった。あたたかさなんてないけれど、その世界ではそれが太陽だった。
そこに住まう人たちはみんな笑顔で、楽しそうにしていた。もちろん、それ自体が嘘なのかもしれないけれど。
ただ、そこで暮らした日々を嘘にはしたくなかった。君と出会ったことも、仲良くなったことも、喧嘩したことも、決して嘘なんかではなくて。
だから、世界が終わった日に見上げた本物の快晴が美しくて、豪快に笑う君が手を差しのべてくれて、何故だか涙が出たんだ。嘘ばかりの世界だったけれど、あの日々は紛れもなく本物だったから。

2/21/2023, 1:08:09 PM

0からの


とある一点からゆっくりと下に弧を描いて、また始まりへと戻る。永遠を思わせるそれをそっとなぞると、0は笑ってこう言った。
君にも0をあげよう。その名の通り、何もない。知識も、欲も、常識も、感情も、何もないそれを君にあげよう。
だから、君の好きなようにしていいよ。どんな奇抜な発想だって、0には大歓迎さ。常識なんて誰かが決めた枠に収まらなくたっていい。誰も思いつかないような、不可能だと思えるような考えだって君ならきっと可能に変えられる。
それは0からの贈り物だった。何もないそれを受け取って、自分なりにいろんなことをした。
時にはそれが1になって、1000になって。
時にそれはマイナスになって、また0へと戻っていった。
何もなかったそれは、いつしかいっぱいの思い出に満たされてゆっくりと眠りにつく。
目が覚めて、おかえり、と0の声が聞こえた。そして、いってらっしゃい、と笑った。
そうやってまた、0は私に命をくれた。

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