H₂O

Open App
2/20/2023, 2:09:53 PM

同情


大きなホールのど真ん中で、その女性は婚約破棄を告げられていた。身に覚えのない罪を挙げられ、思わず、違う、と叫んでも婚約者であるその男は聞く耳も持たなかった。
被害者面をした少女は、男に肩を抱かれながら、いかに女性が酷いことをしてきたのかを告白した。
本来ならその女性がいるはずの場所である男の隣を奪い、はらはらと涙を流す。守ってあげたくなるような、庇護欲を掻き立てるその表情は同情を誘う。
そして、その顔を覆い隠すようにした手の下で、少女はニヤリと笑っていた。
「ああ、泣かないでくれ! かわいそうに、もう大丈夫だから。安心して」
そう慰める男に女性はただただ呆れた顔をしていた。よくも騙したな、なんて怒号も聞こえてきたが、騙されているのは一体どちらなのだろう。
ああ、きっと女性が本当のことを訴えても、涙を流しても、同情なんてかえやしない。だって、そうやって世界に望まれたのだ。彼らがハッピーエンドになるために、彼女は犠牲にならなければいけない。
可哀想に、なんて興味も関心もないのにそんな言葉が出てくる。あーあ、神様よ。君が作りたかったのはこんな世界なのかい?

2/19/2023, 12:32:14 PM

枯葉


枯れて、散りゆく姿も綺麗だなんて、ずるいよなぁ。
君は静かにそう呟いた。終わっていく姿も終わった後ですら美しさのある風景に君は目を細めて、ただ羨ましそうに見ていた。
ひらひらと頭上から落ちてきた枯葉を掴みとって、そっと指を離す。枯葉はゆったりと、ひらひらと舞って地面へと落ちていった。
来年も来れたら来ようね、なんて来る気もないような言葉をかけられる。
うん、そうだね。なんてことないように返事を返せば、君は優しく微笑んだ。終わりが来るよりも先にまたこの季節が巡ってきますように、そう祈りながら微笑み返した。

2/18/2023, 2:27:01 PM

今日にさよなら


夜が来た。静かに空は藍色に染まって、月が優しく照らす。ゆっくりと目を閉じて、今日あったいいことも、いやなこともすべて思い出として、大事にしまっておく。
今日にさよならをして、静かに意識を手放した。
やって来た朝に目を開ければ、そこは見知らぬ部屋だった。サイドテーブルに置かれたノートは開きっぱなしで、そこには自分の字でこう書いてあった。
「おはよう。今日も、私の記憶は明日へ持っていくことはできない。私の記憶は、一日しか保てない」

2/17/2023, 2:56:05 PM

お気に入り


お気に入りの場所があった。自然に囲まれて、何をするわけでもなく、ただぼーっとするその時間が好きだった。
時間がゆっくりと流れて、頬を撫でる風は優しくて、青空をキャンバスにした雲たちは形を変えながら流れていく。
忙しない日々が感覚をどんどんと麻痺させていくから、ひどく落ち着いたこの場所で、置き去りにしてきた心を取り戻す。
何が好きで、何が楽しくて、何が大切なのか。ゆっくりと思い出して、心を満たした。
身も心も充電して、ようやく立ち上がる。
また来るね、そう言い残してあの忙しない日々に戻っていった。

2/16/2023, 1:57:07 PM

誰よりも


誰よりも生きるのが下手くそな人間だと気がついた。
だから、私の思う理想的な生きるをやめてみた。
できないことがあったっていい。やりたくないと投げ出したっていい。嫌だと声を出して、好きを大切にして、ゆっくりと時間をかけて生きてみた。
そうしたら、案外生きていけることを知った。生きるのが下手くそで、泣いてばかりで嘆いてばかりの日々は少しだけ遠い過去になって、ようやくこの世界で息ができた、そんな気がした。
少女は微笑みながらそう言った。
だから、もう少しだけ生きてみるよ。
白衣をまとうその人は少女のことをただ優しく見つめていた。

Next